第8話 じいちゃんの武勇伝
「ち、父?」
「ええ。貴方から見たらお祖父様になるけど」
「はあ!?」
待て待て、じいちゃんが父だって? まさかじいちゃん、ばあちゃんが死んだあと、こっちで子作りしてたってか。てことはこのニーナさんが、俺の叔母さんになるんだよな。こんな若くて綺麗な人が親戚ってのはウエルカムだが、衝撃度がスマホを水没させちゃったレベルだぞ。
いや、しかし今はそれより大切なことがある。ラクリエルとかいうならず者たちの始末だ。
「貴様ら、生きて帰れると思うなよ」
「よせって!」
様子を見ていた3人に向けて再び手刀を抜こうとした俺の腕を、隣に来ていたケントリアスさんが掴む。
「あんな悪党連中でも、殺しちまったら罪人になるのはお前さんだぞ」
「ですけど……」
「アキラが捕まったら、残された嬢ちゃんはどうなると思ってるんだ?」
「それは……」
「おいおい、黙って聞いてりゃ随分なこと言ってくれるじゃねえか」
言葉と共に、男の1人が腰に差した剣を抜いた。それを見た残りの2人も、同様に剣を抜いて構える。レストランの客たちは悲鳴を上げて後退り、その中には先ほどセルシアを獣扱いした奴もいた。
「君たち、私のギルドで剣を抜くとはいい度胸ね」
「へっ! ギルマスだか何だか知らねえが、エルフのクセに生意気だぞ!」
「私はハーフエルフよ。いいから今すぐ、その剣を収めなさい。さもないと……」
なるほど。ハーフエルフだから、セルシアより耳が短いのか。
それはそうと、彼女の言葉で壁際に整列していたウエイトレスさん達が、一斉に3人を取り囲んでいた。見るとその手には、どこから取り出したのか短剣が握られている。
「小娘が何人かかってこようと、俺らの敵じゃねえぜ」
「分かってないわね。うちの従業員は皆、王国軍で戦闘訓練を受けているのよ」
「何だとっ!」
「当たり前じゃない。登録にくる人の中には荒くれ者だっているんだから」
ケントリアスさんとか、最初の時に見た大槌を持った人なんかのことだと思う。
「そして私はゼンゾウの娘よ。名前くらいは聞いたことがあるんじゃないかしら?」
「ぜ、ゼンゾウの……娘……?」
「分かったらさっさと剣を収める!」
やっぱりこの人、俺の叔母さんだったのか。何を隠そうゼンゾウとは、漢字で善蔵と書くじいちゃんの名だ。話の展開から別人ということもなさそうだし、なんだかフクザツな気分だよ。
それにしてもじいちゃんの名前、轟いちゃってるぞ。さっきまで威勢のよかったならず者たちの顔が、気の毒に思えるほど青ざめているのだ。そんなの見せられたら、殺意も失せてしまうよ。
「いい? 今後この子たちにちょっかい出したら、うちのギルドが全力で貴方たちを潰すから。覚えておきなさい」
「ちえっ! わぁったよ!」
「ならさっさと出ていく! そして2度とここには来ないように!」
「けっ! 誰がこんなところ、来てやるもんか!」
負け惜しみを言いながら、3人はそそくさと尻尾を巻いて出ていった。
「セルシアちゃん、痛みは?」
「大丈夫です」
俺はまだ少し震えているセルシアを、そっと抱きしめた。それでようやく安心したのか、彼女の頬を涙が伝う。
「仲がいいわね」
「大事な使用人ですから」
「使用人?」
「ええ。ね?」
「はい!」
セルシアに微笑みかけると、彼女も嬉しそうに首を縦に振った。
「そう。ところで貴方と貴方!」
ニーナさんがセルシアを獣扱いした客に鋭い視線を送る。
「うちは種族で差別はせず、誰にでも料理を出すの。そしてこのエルフちゃんは、将来の私の姪っ子よ」
はい?
「それを獣呼ばわりするなんて許せないわ」
ちょっと待って。その前なんて言った?
「お代はいいから貴方たちも出ていきなさい。もちろん、今後の出入りも禁止よ」
気まずそうに出ていく客を見送ると、今度は残った客たちに笑顔を振りまく。
「お騒がせしたわね。今日は皆さん、お代はいいのでゆっくり料理を楽しんでいって」
「おお! ギルマスさん、酒もいいか?」
「どうぞ。好きなだけ飲んで、食べてちょうだい」
「ヒャッホー!」
「ラーカンドル最高!」
それからニーナさんは、再び俺たちにニッコリと微笑む。
「さて、これでいいわね」
いや、待ってってば。
「あの、さっきの姪っ子って……?」
「あら、その彼女……セルシアちゃんだっけ? お嫁さんにしてあげるんじゃないの?」
「はぁ!?」
「えっ! お嫁さん……?」
俺とセルシアは、抱き合ったまま互いを見つめて絶句したが、急に恥ずかしくなってしまい慌てて離れた。
「子作りはまだなの?」
「こ、子作りって!」
「何をそんなに慌ててるのかしら。父と母、貴方のお祖父様と私の母は、出会ったその日から始めたらしいわよ」
じいちゃん、何やってんだよ。
「そして私が産まれた」
「はぁ……」
「貴方たちも早く始めた方がいいわよ」
「何をですかっ!?」
「子作りに決まってるじゃない。エルフ族はなかなか妊娠しないんだから。それに使用人として雇ったなら、するのは当たり前のことでしょ」
当たり前なのか。思わずエッチな妄想に入ってから何気なくセルシアを見ると、彼女は真っ赤になってうつむいてしまった。いやいや、違うって。そうじゃないから。
この後俺は、彼女とはそういう間柄ではないと説明したが、納得してもらった頃にはヘトヘトになっていた。ただ、セルシアががっかりした表情になったのにはちょっと驚いたよ。鈍感系主人公になる気はないが、まさかね。彼女が俺に恋愛感情を抱いているなんて、あるわけないよね。
そんな思いで改めて彼女に目を向けると、ふいっと顔を逸らされてしまった。やっぱりないかぁ。とほほ。