第7話 ギルマスは女性だったんだけど
「人間様と同じ場所で、害獣なんかにメシを食わせてんじゃねえよ!」
「聞いたぜ兄さん、貴族様じゃねえんだってな」
「それがどうした!」
3人のならず者たちは、傍若無人に俺とセルシアのテーブルに近づいてくる。中には突き飛ばされた客やウエイトレスさんもいた。コイツらこそ、害獣じゃないか。
俺はセルシアを背後に庇うように立ち上がる。
「彼女はアンタたちから俺が買い取ったんだ。文句はないだろ?」
「それが大有りなんだよ。せっかくメシを食おうとやってきたら、臭くて汚い害獣がいるときたもんだ。これじゃ不味くて食えねえんだよ!」
「皆さ〜ん、そこの女は害獣ですよ〜。こんなところでメシ食ってていいんですかぁ〜」
「何だって!」
「おい、この店は獣にも食わせるのか!?」
客のうち何人かが立ち上がり、セルシアに憎々しげな視線を浴びせる。だが、大半は様子を窺っているだけだ。そんな中、ウエイトレスさんたちは事態を収めようともせずに、何故か壁際に整列を始めていた。
「言いがかりはよせ! 彼女だって俺たちと何も変わらない!」
「兄さんよぉ、早く目を覚ました方がいいぜ。アンタも騙されてるんだ」
「わ、私は旦那様を騙してなんかいません!」
根拠のないことを言われ、彼女も黙っていられなかったようだ。
「旦那様ぁ? 旦那様だってよ!」
「笑わせるんじゃねえ、このメス豚が!」
「痛いっ!」
男の1人が投げつけた調味料のビンが、彼女に当たって床に転がる。ビンは幸いにして厚めのコートに弾かれたようだが、あと少しずれていたら、確実に顔を直撃していただろう。許せん!
「セルシアちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈夫です……」
「おい、お前たち! ここじゃ他のお客さんに迷惑がかかる。表に出ろ!」
「セルシアちゃん、だってさ」
「いいね〜。兄さん、俺らとやるってか?」
「兄さん、負けたら大切な奴隷がどうなるか分かってんのかい?」
言いながらヘラヘラと笑う男たちに、ふつふつと殺意が湧き上がってくる。
「やめといた方がいいと思うぜ」
その時、聞き慣れた声が彼らの背後から聞こえた。目をこらすと、青い鎧姿で背中に大剣と大盾を担いだ、ケントリアスさんが立っていたのである。
「ラクリエルよぉ、お前たちが束になってかかっても、その兄さんにゃ勝てねえぜ」
「な、なにっ!」
「500匹以上いたピラーギルの大群を、一瞬でこんがり焼いちまう魔法使いだ。俺がこの目で見たんだから間違いねえ。悪いことは言わないから、さっさと出ていきな!」
「ま、魔法使い……だと?」
「ふんっ! 相手が魔法使いじゃ分が悪い。エルフも触媒かなんかにするんだろうよ。帰るぞ!」
3人は、一度こちらを睨んでから背を向ける。だが、俺の怒りが収まるはずはなかった。セルシアを罵倒し、物まで投げつけたのだ。生かしておく理由などどこにもない。
「待てっ!」
「ああん?」
「この場で消し炭にしてやる。臨!」
「よせ! やめろ!」
俺の手刀を抜く仕草を見て、ケントリアスさんが慌てて叫ぶ。ところが、彼がこちらに駆け寄ってこようとしたところで、階段の方から女の人の声が聞こえた。
「はいは〜い、そこまでにしてもらおうかしら」
現れたのは、白いシャツと黒いタイトスカートを身につけた、スラッとした長身の女性だった。ニーソと赤いハイヒールまで履いているが、どう見てもこちらの世界のものとは思えない。そんなことを考えて呆気に取られている間にも、彼女は優雅な動きで階段を降りてくる。そして、緑色の長い髪をなびかせながらレストランの中央付近で立ち止まり、俺に親しげな笑みを向けて言った。
「貴方がアキラ・カムイね?」
「は? ええ、そうですけど」
「確かに、どことなく面影があるわね」
面影? もしかしてじいちゃんの知り合いだろうか。だとすると彼女の出で立ちにも説明がつく。じいちゃんから貰ったのか奪ったのか、今の時点では判断出来ないけど。
「自己紹介するわね。私はニーナ・カムイ、このギルド、ラーカンドルのマスターよ」
「はい?」
カムイって、俺と同じじゃねえか。ただの偶然だろうか。いや、それよりもっと驚いたことがある。彼女の耳が、セルシアほどではないが横に細長いのだ。もしかしてこの人もエルフなのか。だが、続く言葉に俺は、さらに混乱させられるのだった。
「父はどうしてるかしら?」




