第5話 デートが決まった
「旦那様、この血は何ですか?」
「へ?」
しまった。怪我だけ治して、服のことはすっかり忘れてたよ。帰宅した途端に飛びついてきたセルシアが、肩に残った血の跡を目ざとく見つけたのである。てかこれ、かなり目立つよな。穴も空いてるし。
「いや、これは……」
「まさか、お怪我をなさったんじゃ……」
「ちょ、ちょっと転んだだけだよ」
「何かの歯形のようにも見えますけど?」
「そんなことよりさ、これ、お土産」
話を逸らそうと彼女に見せたのは、食べきれなかったピラーギル、つまり焼き魚だった。もっとたくさんあったが、ケントリアスさんとギャレット子爵の屋敷に行った時に、使用人さんたちが食べたそうにしてたので分けてきたのである。そんなわけで俺が持ち帰ったのは、セルシアと一緒に食べるための2匹のみだった。
「これは?」
「今日の収穫。先に食べてみたけど美味かったから、セルシアちゃんと一緒に食べようと思って」
「そうですか……」
あれ、あんまり嬉しそうじゃないぞ。もしかして魚は苦手なのかな。
「旦那様、お聞きしてもよろしいですか?」
「うん?」
なんか、ダメって言いたくなる雰囲気だよ。
「その歯形のようなものと、こちらのお魚さんのお口の形が似ているように思えるのは、気のせいでしょうか?」
「え? いや、それは……」
「旦那様のお力、法力というのをお使いになられたのですね?」
「あ、あれ? 何のことかなぁ」
「お惚けにならないで下さい。何匹お食べになられたのですか?」
「はい?」
「先に食べたと仰いましたよね?」
「うん……」
「これを旦那様は、何匹お食べになられたのかお教え下さい」
「だ、だから……」
すると突然彼女の目から涙がこぼれる。また泣かせてしまったのか、俺。
「旦那様は、どんな気持ちで私がお帰りをお待ちしてたか、お分かりになりますか?」
「……」
「お怪我をされていたらどうしよう、魔物に食べられてしまったらどうしようと、そればかりを考えていたんですよ」
「ごめん……」
「お帰りになられた時には本当に嬉しくて、よかったと思ったのに……お怪我をされていたなんて……!」
「セルシアちゃん……」
「痛かったですよね……?」
言いながら、今はすっかり治っている俺の肩を、彼女は愛おしむように優しく撫でてくれる。そうか、そういうことなのか。これがもし逆の立場だったらどうだろう。
彼女が万が一誰かに傷つけられたりしたら、俺はいても立ってもいられないと思う。痛みを負わされた彼女を憐れみ、涙だって流すだろう。そしてもちろん、そんな目に遭わせた奴を許しはしないし、護れなかった自分を恨むに違いない。
俺と彼女の違いは、ちょっとした力があるかないかだけなのだ。
「ごめん。もうセルシアちゃんを悲しませるようなことはしないから」
「本当ですか?」
「うん」
「約束ですよ」
「分かった。だからもう泣かないで」
俺の言葉で、彼女は涙目のまま微笑んでくれた。そして――
「では、せっかく旦那様が持ってきて下さったのですから、お魚を頂きましょう」
その日、食卓には彼女の手料理の他に、俺が焼いた魚が乗っていた。何だか新婚みたいでいいね〜。
「ギルドに、ですか?」
「うん、一緒にどうかな」
食後のひととき、寝る前まで俺たちはこうして会話しながら過ごす。彼女と話していると楽しいし、時間を忘れてしまうこともしょっちゅうだ。
「私なんかがご一緒してもよろしいのですか?」
「もちろん」
「でも私は……」
言いながらうつむき、セルシアが耳を押さえる。ケントリアスさんやパミラさんのように理解がある人もいるが、やはりエルフ族は偏見の目で見られることも多いのだろう。ケントリアスさんからは、あまり人目に晒さない方がいいと言われたし、彼女自身も人前に出るのは怖いようだ。現にここにきてから、彼女は一歩も外に出たことがない。
「心配しなくてもいいよ。ほら、これ」
そう言って俺が彼女に差し出したのは、大きなフード付きのダッフルコートだった。フードにファーがあしらわれた白に近いベージュで、似合うに違いないと思って通販で購入したものである。
「あの、これは……?」
「着てごらん」
やはり俺の目に狂いはなかったよ。膝下まで丈があるから下がミニスカートでも大丈夫だし、何よりよく似合っていて可愛い。
「暖かいです!」
「フードを被ってみて」
「これですか?」
「鏡、見てくれば?」
「はいっ!」
トコトコと駆け足で居間の隅に置いてある姿見の前に行き、色んな角度で自分の姿を眺めている。彼女に新しい服をあげると、初めて着た時はだいたいああして確認しているみたいだ。
「すごい、すごいです、旦那様!」
「耳、隠れちゃったでしょ?」
「はいっ! これなら旦那様が恥ずかしい思いをなさらなくて済みます!」
「俺は別にセルシアちゃんがエルフでも、恥ずかしいなんて思ったことはないよ」
むしろ彼女が気にしているようだからポチったようなものだしね。それなりのお値段はしたけど、彼女のために使う分にはこれっぽっちも惜しいとは思わない。
「気に入った?」
「はいっ!」
「それはよかった」
こうして明日、俺と彼女は出会ってから初めてのデートをすることに決まった。あれ、でも考えてみたら、そもそも女の子とデートするなんて、生まれて初めてのことじゃないか。そう思うと急に緊張してきたが、相手がセルシアならきっと楽しいに違いない。
明日が楽しみだ。俺が彼女に微笑むと、彼女も嬉しそうな笑顔を返してくれるのだった。
――セルシア日記――
何ということでしょう。私の嫌な予感が当たってしまいました。
旦那様がお怪我をなさったのです。すぐにお魚さんに噛みつかれたんだと分かりました。
旦那様は痛かったはずなのに、私に心配させまいとしてご自分で治されたんです。
旦那様が可哀想で、思わず泣いてしまいました。
でも、もう危ないことはしないと約束して下さいました。私のような奴隷身分のエルフに、旦那様はいつもそうして優しく接して下さいます。
それから、旦那様はまた私が喜ぶことをして下さいました。
とっても素敵なコートを与えて下さったのです。その上、明日は旦那様とお出かけすることになりました。
旦那様、あまり私を喜ばせ過ぎますと、ずっとお側にいて離れてあげませんよ。




