第4話 真空だと魚も食えなくなるらしい
大半のピラーギルは、焼き魚の香ばしい匂いを漂わせていた。だが、中心にいた主はまだ生きており、その大きな口の中に何匹かのピラーギルが逃げ込んでいたのである。それとは別に俺の肩に噛みついてきたヤツは、炎から上空に逃れた1匹だった。
「いってえっ!」
「やめろ! 噛みちぎられるぞ!」
魚を引き離そうとした俺に、ケントリアスさんが叫ぶ。そして彼は剣を構え、ピラーギルめがけて一気に振り抜いた。お陰で魚は真っ二つになったが、危ねえってば。少し間違えたら、俺も斬られてたじゃないか。
「いてぇ……」
「大丈夫か?」
「ちっきしょー」
仕方なしに早九字を切り、傷ついた肩を治す。
「何でもアリなんだな」
「空飛ぶ魚がいるくらいですから」
「しかしお前さんの法力とやらも、主には効かなかったみたいだぞ。どうする?」
主もさすがに無傷ではないように見えたが、すでに燃え盛る炎からは逃れ出ていた。焼き殺せないなら雷撃か真空パックしかないが、空腹感がハンパない。この状態で、もう一度法力なんか使えるのだろうか。しかし何もしなければ、俺もケントリアスさんも奴らの餌食になるのは必至である。
「ケントリアスさん」
「何だ?」
「あの主って、美味いんですか?」
「食ったことがないから分からん。話に聞いていただけで、見るのも初めてだ」
「そうですか」
さて、どうしたものか。電撃で黒焦げにしてやってもいいが、俺がこんな目に遭う原因を作ったケントリアスさんに、生で食わせるのもいいかも知れない。美味ければそれでよし、マズければお仕置きになる。
主の他は雑魚が10匹程度だ。もうどうでもいいから、早く食わせろ。だが、俺が再び手刀を構えると、突然奴らは慌てたように踵を返し、一目散に逃げ出したのである。まあ、魔物とはいえ生物だ。命の危機を感じれば逃げようとするのは当然だろう。だが逃さん。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
雑魚も含めた主を見えない結界で覆い、中を真空状態にするイメージだ。効果はテキメン、奴らが苦しみもがいていたのもわずか20秒足らずだった。おそらく体内にあった空気が流出し、体液が沸騰したのだろう。
「おい、一体何をしたんだよ?」
しばらくして奴らの許に駆け寄り、主の死骸を見たケントリアスさんが力なく呟いた。ピラーギルたちは主も含めて一様に泡を吹いており、体は歪に波打っていたのである。彼は剣で主の体に切れ目を入れて、お手上げというポーズを取って見せた。
「ダメだ、こりゃ食えたもんじゃねえな」
「え?」
「見てみろ。身が血だらけだ。洗って済むようなもんじゃない」
「あれま」
普通に真空パックのように、鮮度バツグンになるのかと思ったが、そうではなかったようだ。袋に入れて空気を抜くのとは訳が違ったらしい。
しかしそんなことより今は焼き魚だ。2度も法力を使ったせいで、空腹が限界値を突破していたのである。猛烈な勢いで焼けたピラーギルを食いまくる俺を冷めた目で眺めながら、ケントリアスさんは深いため息をついていた。
「どうするんだよ、依頼……」
「あ……」
魚の魔物は予想に反してかなり美味だった。脂がのってるし身はホクホクしてて、食感はタラのような弾力もある。出来れば醤油か塩が欲しかったが、ない物ねだりしても仕方がない。自称料理人のケントリアスさんも、狩りの時に調味料は持ち歩かないとこのとだった。それでも500匹くらいは平らげたんじゃないかな。だけど腹が膨らまないのは不思議である。
もちろん、セルシアが作ってくれた弁当も美味しくいただいた。
それはそれとして、ピラーギルが死んだ後もプカプカ浮いているのには肝を潰したよ。ケントリアスさんに聞くと、奴らの魔力は死んでもすぐには消えないので、数日間はそんな感じだという。だから、100匹の運搬も2人いれば十分なのだそうだ。
持ち運びが楽なので、残った焼き魚はお持ち帰りすることにした。というのも、依頼遂行のためには別の群を探さなければならないからだ。その時に万が一また大きな群に出くわした場合は、俺の法力が必要になる。ただ、食い物がないと困るので食糧を確保したというわけだ。
それから俺たちは何とか手頃な群を見つけて、必要数のピラーギルを手に入れた。
にしても、経験てのは大事だね。瞬間冷凍で簡単に片が付いたよ。しかもこれなら持ち帰っても鮮度は落ちない。
「生きたまま瞬間的に冷凍した場合、解凍すると息を吹き返しますけど、どうします?」
「なら、アイスピックで急所を潰しておけば問題ないだろうよ」
その作業に俺も付き合わされることになり、ようやく家に帰った時、セルシアから熱烈な抱きつき攻撃を食らったのだった。
あ〜、気持ちよかった。
――セルシア日記――
旦那様が帰ってきて下さいました。
遅いので心配で心配で、外で音がする度に玄関へ。そんなことを繰り返していたら、ちゃんと帰ってきて下さったのです。
でも、変です。旦那様、何かございましたか?




