第2話 ピラーギルの大群
この人、どこからどう見ても戦士にしか見えないんだよね。
青い鎧に、それと同じ色の大盾。周囲は白く縁取られていてちょっとカッコいい。それから大剣の柄にも、青い宝石のようなものが埋め込まれている。ケントリアスさんに聞くと、腕力を増強させる魔法がかけられていると教えてくれた。
「コイツがねえと、俺みたいなしがない料理人は、こんな大きな剣を振れないのさ」
いやいや、見た目絶対戦士だから。にしても、魔法ねえ。時々期待を裏切られたりするけど、概ねファンタジー世界そのものだよな。
そんなことを考えながら彼について歩いていると、巨大な鉄製っぽい門が見えてきた。高さでいうと5階建ての建物くらいある。人の力ではビクともしないだろう。
ケントリアスさん曰く、あの門は滅多なことでは開閉されないのだと言う。開くのは他国の国王が来た時や、魔物の討伐などで軍が出入りする時くらいだそうだ。加えて、門は結界の要にもなっているらしい。人の出入りは、その脇の検問所を通った先にある小さな扉を使う。
「よう、クルクレア。今日も美人だねえ」
「おはよう、ケントリアス。狩りかい?」
彼が親しげに声をかけたのは、肩までのブロンドヘアが綺麗な、凛々しい感じの女性兵士だった。俺としてはあまり好みではない容姿なので、きっとそこそこの美人なんだろうと思う。年齢としては、30歳手前といったところだろうか。
「ピラーギルを100匹ほどね」
「ああ、ギャレット子爵家お嬢様の誕生会か」
「そう。あそこは金払いもいいし、俺にとっちゃお得意様も同然だからよ」
そこでクルクレアさんが俺の方に目を向ける。
「彼は?」
「初めまして、アキラと申します」
名前だけ伝えればいいよね。
「少年は荷物持ちか何かかい?」
「あ、はい。そうです」
「一応決まりなんで、身分証かギルドの登録証を見せてもらっていいかな?」
「はい、どうぞ」
俺が昨日貰ったばかりの登録証を渡すと、彼女は少しの間それを眺めてから、すぐに返してくれた。
「そうだケントリアス、実は妙な報告があってな」
「うん? 妙な報告?」
「西へ少し行ったところに狩り場があるだろう?」
「これからそこに行こうと思ってるんだが」
「遠見が、時々黒っぽい煙のようなものが見えるって言うんだ」
「見間違いじゃないのか? 望遠鏡にゴミが付いてるとかよ」
「だといいんだが……」
「はん! 俺たちから高い税金巻き上げてるんだ。きっちり磨けって伝えておきな」
「相変わらず手厳しいな、ケントリアスは」
そんな会話の後、俺たちは扉から町の外に出た。周囲には畑仕事をしている人たちが見える。
王国は全体が高い壁に囲まれていて、魔物の類が入り込むことが出来ないほどの、強力な結界に護られている。さらに結界は壁の外にまで及んでおり、付近に畑が広がっているのもそのためだった。ただし、結界の力は壁から離れるほどに弱まるという。また、あの大きな門が開くと、そこだけ結界にぽっかりと穴が開くらしい。
「結界はな、ほとんど劣化しない青色魔石の効果なんだ」
「青色魔石?」
「魔石屋で売ってるようなヤツは混じり気があって、効果が弱いし長持ちもしない」
魔石屋か。そんな店があるんだ。
「だが結界に使われる魔石は天然物の純度100%。運良く森で見つけたら、王国がビックリするような高値で買い取ってくれる代物だ」
「そうなんですか?」
「国王様やお姫様は、首からぶら下げて歩いてるらしいぜ」
砕いても、大きさ相応に効果の範囲が狭くなるだけで、小指の爪半分ほどの物でも、屋敷1軒分くらいは余裕で結界するそうだ。拳大の物を想像したが、それなら指輪やネックレスなどのアクセサリーにするのも可能だろう。
「まあ、一般人には見つけるなんてまず無理だろうな。第一、森に入ったら帰ってこれねえだろうし」
「残念です」
「今までも命知らずが何人も探しに行ったが、無事に戻った奴は1人もいねえ。変な欲は出さねえこった」
「あはは、言われなくてもそのつもりですよ」
さて、30分くらいは歩いただろうか。10分ほどのところで畑を見なくなったので、その頃からすでに結界の外に出ていたのだろう。ここまで魔物とは出会わなかったが、見たことのない動植物には何度か出くわした。
それらの中で俺が興味深いと思ったのは、イノシシ草と呼ばれる植物である。ソイツは夜になると動き出し、エサとなるイノシシを見つけると体当たりをかまして気絶させる。人には無害だが、非常に獰猛な植物らしい。おい、植物なんだよな。イノシシがいるってのも驚いたけど、動物が植物のエサになるなんてことは想像出来なかったよ。
「あれ、何ですかね?」
「シッ! 静かに!」
ケントリアスさんに押されて、2人で木の影に身を隠す。かなり距離はあると思うが、前方に何やら黒っぽいものが見えたのだ。さっきクルクレアさんが言ってたのは、あれのことではないだろうか。ちょうど蜂の大群が集まって飛んでいる、という感じである。
「ピラーギルの群だ」
「はい?」
「まずいな。あの数、100や200じゃきかないぞ」
「いやいや、ピラーギルって魚じゃないんですか?」
「魚だよ。決まってるじゃないか」
「でもあれ、飛んでますよね?」
「何を言ってるのか分からんが、ピラーギルは浮遊魚だぞ」
「ふ、浮遊魚ぉ?」
「バカっ! デカい声を出すな!」
聞いてないよ。あれじゃ、雷撃で穏便に感電させるなんて出来るわけないじゃないか。この場で焼き魚になってしまうよ。
それにしても、ただの魚が魔物と言われる所以はこれだったのか。あの時パミラさんが言おうとしていたのも、このことだったんじゃないかな。だとしたら、それを黙らせた目の前の戦士、もとい、自称料理人はとんだ食わせ者だぞ。
だが、そんな悠長なことを言ってる場合ではなさそうだ。
「気づかれた。逃げるぞ!」
いきなり走り出したケントリアスさんの背中を、俺は仕方なく追いかけるしかなかった。
セルシア日記は不定期です。
次回は第4話です。
 




