第1話 お魚さん
ケントリアスさんのお陰で無事、ギルドに登録を済ませた俺は、パミラさんから今後のことについての説明を受けた。
それによると、まず第1にギルドでは仕事の斡旋をしているとのことだった。雇用主を紹介し、条件の折り合いがつけば就職ということになるらしい。
なお、仕事が原因で怪我をした場合は、治療費などを雇用主が全額負担するというから、至れり尽くせりだ。給料は王国に納めるべき税金や手数料を天引きした後、毎月月末にギルドから支払われる。
ちなみに王国とは、この町を含めた大陸の南側半分を治めるリチャード王国のことだ。国王はリチャード・サルバストル・クリューベル・ハイマンという、長ったらしい名前だった。剣を交差させた上部にドラゴンを刻み、盾を模した形が紋章だという。そんなバッジを付けている人や、紋章が付いた馬車を見たら、すぐに道を空けるようにと教えられた。
やだやだ。俺、権力を笠に着た連中って虫唾が走るんだよね。見かけたらガン無視してやろうかな。
そして第2は依頼の取り次ぎである。ギルドに寄せられた様々な依頼を仲介し、完遂出来たら予め提示されていた報酬を支払ってもらえる。手数料は依頼主から受け取っているので、受け手が払う必要はないとのことだ。
また、登録者にランクのようなものは存在せず、依頼は自由に選ぶことが出来る。ただし、危険な依頼を受けて怪我をしたり、最悪命を落としたとしても、ギルドでは一切保障してくれないそうだ。
共通の特典としては、登録証を提示すれば1階のレストランの飲食代が1割引きになる。ケントリアスさん曰く、そこそこ美味いとのことだったので、そのうちセルシアを連れてきてみるのもいいかも知れない。
そうそう、登録には銀貨1枚が必要だったが、それもケントリアスさんが出してくれた。報酬を受け取ったら返すと言ったのだが、セルシアを助けたことへの礼だから返さなくていいと言われたよ。
ああそれと、ラノベなんかでよくある、水晶玉とかに手をかざして能力を測るお約束はなかった。自分のステータスにはめちゃめちゃ興味があったので、ワクワクを返せって感じだよ。
「ということで、明日は朝からピラーギルを捕まえに行ってくるね」
何だかんだでギルドで時間を食ってしまったので、帰宅した頃には夕食の時間になっていた。セルシアは出がけに言っていた通り、支度を済ませて待っていてくれたよ。ただ、かなり不安だったようで、扉を開けた瞬間に抱きつかれたけどね。
「早速お仕事なんですか?」
「うん」
「ピラーギルって、お魚さんなんですね?」
「弱っちい魔物らしいよ」
「ま、魔物……!?」
急に絶句して、彼女の顔が青ざめる。
「いけません! 旦那様にもしものことがあったら私……私……!」
「そんなに心配しなくてもいいと思うよ。このくらいの大きさだって言ってたし、俺は戦わずに荷物運びするだけだから」
「魔物がいるのは結界の外なんですよ。どんな危険があるか分かりません!」
「聞いてる。でも結界からそんなに離れないし、森の方に行かなければ強い魔物は出てこないから大丈夫なんだって」
だが、それでも彼女の表情は変わらない。
「旦那様は、魔物の恐ろしさをご存じないのですか?」
「よくは知らない」
「彼らに言葉は通じません。それに、人が食べるために動物を狩るのと同様に、魔物も人を狩ります」
そりゃまた気分がよろしくない。彼女の話を聞いてしまうとやめたくなるよ。だけどもう約束しちゃったしなあ。何より、1日も早く首輪をプレゼントしてあげたいんだ。
「ま、まあ、一緒に行く人は戦士みたいな人だし、きっと大丈夫だって」
「旦那様は……」
「うん?」
「旦那様は、どうしても行かれるのですね?」
「うん。約束だからね」
「でしたら、お願いがございます」
「言ってごらん?」
「必ず、必ず無事に帰ってきて下さい!」
「あはは、もちろんそのつもりだよ」
「笑いごとではございません!」
珍しく本気で怒っている様子だ。こんな彼女は初めてである。
「ご、ごめん」
「旦那様にもしものことがあったら……」
「いや、大丈夫だってば」
「もしものことがあったら、私も後を追いますから!」
「はい?」
こりゃ、間違っても死んでしまうわけにはいかないぞ。
「お怪我をされたら、私も同じようにこの身を傷つけます!」
「いやいや、そこまでは……」
「ですから必ず……必ず無事に帰ってきて下さい……」
「セルシアちゃん……」
感無量だよ。俺、彼女にこんなに思われてたんだ。ここは悲しませないためにも、無傷で帰還する必要があるよな。怪我しても法力で何とかなるだろうなんて、甘い考えは捨てるべきだと思う。
でもあれ、もしかして法力を使えば、ピラーギルなんて雑魚っぽい魔物くらい、一瞬でやっつけられるんじゃないか。
水棲生物なら、水を沸騰させてやれれば一撃で大漁だろう。でもケントリアスさんは料理するって言ってたから、茹で上げちゃうのはマズいか。
それなら水面に雷撃かまして、感電させるって方法もあるよね。そんなことが可能なのかどうかは分からないけど、試してみる価値はありそうだ。
そうはいっても、セルシアの言葉を聞き流すわけにはいかない。雑魚とはいえ、相手は魔物である。川で魚を釣るのとは訳が違うのだ。気をつけるに越したことはないだろう。
そうして翌朝、セルシアが作ってくれた弁当を持って、俺はケントリアスさんとの待ち合わせ場所に向かうのだった。
――セルシア日記――
旦那様は今日、ギルドに登録を済ませてきたそうです。そして明日は早速お仕事。
お金がいるって仰っていたので、本当は喜ばなくてはいけないことは分かってます。でも、とっても心配なんです。嫌な予感もします。
だって旦那様ってば、魔物を捕まえに行くなんて仰るんですよ。気が気ではありません。
旦那様にもしものことがあったら、私は迷わず後を追うでしょう。旦那様お1人で寂しい思いをして頂きたくないからです。
神様、どうか私の大切な旦那様を、お護り下さい。




