第6話 魚を捕まえに行くことになったみたいだ
「あれ? 兄さん、もしかしてこないだの人じゃねえか?」
こちらに寄ってきたのは戦士風の男だった。彼が俺の顔を覗き込みながら声をかけてきたのである。誰だろう。向こうはこちらを知っているような口ぶりだが、全く覚えがない。
「ケントリアスさん、この方をご存じなのですか?」
「ほら、前に話しただろ。ラクリエルとマゴベラ、あとサノムトルから奴隷エルフを買い取った人だよ」
そうか、この人はあの時の見物人の中にいたんだ。
「俺はケントリアス・マーバイン、見ての通りの料理人だ」
「はじめまし……りょ、料理人?」
戦士じゃねえのかよ。
「ああ、こんな態だからな。兄さんの国じゃどうかは知らねえが、この国の料理人ってのは食材を狩るところから始めるから、皆こんな感じだぜ」
「ケントリアスさんの魔物料理は美味しいんですよ」
「あっはっは! パミラちゃん、嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」
魔物料理なんて食いたくねえ。てか魔物までいるんだ。まあ、ドラゴンがいると聞いた時点で予想はしてたけど。
ところで受付のお姉さんはパミラさんというのか。覚えておこう。
「で、あのエルフの嬢ちゃんはどうした?」
「嬢ちゃん?」
「あれ? 女の子じゃなかったのか?」
「いえ、女の子でしたよ。ただ、エルフは害獣と言われていると聞いたもので」
「ああ、確かにそう呼ぶ奴は多いな」
「アキラ様、ケントリアスさんは以前、森で魔物と戦って負傷した時に、エルフ族に助けられた過去をお持ちなんです」
「なるほど。でもそれなら何故あの時、彼女を助けようとしなかったんですか?」
それは恩知らずというヤツだぞ。そんな俺の気持ちを察したのか、彼は申し訳なさそうに頭を掻きながら言う。
「助けたかったさ。けどアイツらは嬢ちゃんを奴隷商から買ってきたんだ。だから手出し出来なかったんだよ」
そう言えば、あの男たちもそんなこと言ってたっけ。買ったんだから彼女をどうしようと、自分たちの自由だと。
「ラクリエルたち3人は本当に嬢ちゃんを殺す気だったから、兄さんが助けたのを見てホッとしたんだぜ」
奴隷身分の人が、虫けらのように殺されるのは珍しいことではないそうだ。ましてそれがエルフだった場合、多くの人間が同情すらしないという。また、無闇に奴隷を殺して罰せられるのは奴隷商だけであり、彼らから正規に買い取った者が殺しても、裁かれることはないそうだ。
ただ、死体の処理には大金がかかるため、追い出すことはあっても殺すというのは少ないらしい。それにしても、何という酷い世界だろう。
「それで、嬢ちゃんはどうしたんだ?」
「彼女ならうちで家政婦やってもらってます」
「雇ったのか! 元気にしてるのか?」
「もちろん、元気ですよ」
ケントリアスさんも受付嬢のパミラさんも、驚いた表情を隠そうとはしなかった。害獣とまで言われるエルフを雇ったというのは、それだけ信じ難い行為なのだろう。
「拷問なんか、してねえよな?」
「まさか! そんな可哀想なことしませんよ」
彼女の耳にしたあれは、拷問とは言わないよね。
「よかった。よし、気に入った!」
いきなりケントリアスさんは俺の肩に腕を回してきた。なんて馬鹿力だ、痛いよ。あと、俺はノンケだからな。
「パミラちゃん、俺が兄さんの身元保証人になってやるよ。問題ないだろ?」
マジか、それはありがたい。ちょっとくらい痛いのは我慢しよう。
「ケントリアスさんがですか? 確かに問題はありませんが……」
「俺は兄さんの家も知ってるしな。あれ、ところで兄さんは貴族様なのか?」
「いえ、違いますけど」
「だよな。それを聞いて安心したぜ」
「もしかして貴族嫌いですか?」
戦士っぽい人が貴族嫌いってのは、ラノベの世界ではお約束みたいなもんだし。
「いやいや、金持ち貴族様は大好きだぜ。何てったって金払いがいいからよ」
いちいち予想を裏切る人だな。
「よし! 俺とパーティー組もうぜ」
「はい?」
「実はこの依頼を受けたいんだ」
彼が掲示板から剥がしてきたと思われる"求人票"には、ピラニアに似た魚の絵が描かれていた。しかし文字の方はまったく読めない。
「コイツはピラーギルって魔物だ。知ってるか?」
「いえ、知りませんけど」
ピラニアかブルーギルか、どっちかにしてくれ。
「人間の指なんか簡単に食いちぎる凶暴なヤツなんだが、食うとめちゃくちゃ美味い!」
「そ、そうなんですか……」
「で、依頼はコイツの料理だ」
「はあ……」
「100匹のな」
「ひゃ、100匹ですか?」
「ああ。1匹1匹の大きさはこれくらいなんだが」
だいたい20cmくらいのようだ。
「100匹だと、さすがに俺1人じゃ運べねえ」
「つまり荷物持ちをやれ、と?」
「そうだ。倒して捕まえるのは俺がやるから、兄さんに危険はねえよ」
「でもケントリアスさん、ピラーギルは……」
何か言おうとしたパミラさんを、彼は手を振って制している。何だろう、気になるぞ。嫌な予感もするし。
「報酬は俺が8で兄さんが2だ。荷物持ちだけで金貨2枚なんだから、悪い話じゃねえだろ?」
「1つ聞いていいですか?」
「おうよ! 何でも聞いてくれ」
「その金貨2枚って、どれくらいの価値があるんです?」
一瞬、変な空気が流れた。ケントリアスさんとパミラさんが、そんなことも知らないのかという目を向けてくる。
「あ、いえ。俺はまだこの国に来て間もないもんですから」
「あ? ああ、そうか。そうだな、2枚あれば1カ月は余裕で暮らせるぞ」
とすると日本円換算で、1枚10万円くらいなんだ。
「ちなみに金貨1枚は銀貨100枚と同じだが、両替するには1割必要だ。だから報酬は初めから銀貨で貰った方がいい」
銀貨1枚は1000円か。てことはアイツら、セルシアを奴隷商から5000円で買って、俺に100万円で売りつけようとしやがったんだ。今度会ったら八つ裂きにしてやりたいよ。
しかしまあ、それだけあれば、ひとまず彼女に首輪くらいは買ってあげられるかな。
「分かりました。パーティー組みましょう」
ところがまさかあんなことになるなんて、その時の俺は夢にも思っていなかった。




