第7話 時は流れて
神味亭がオープンしてから3年、今でもランチタイムの行列が絶えることはない。そしてセルシアはと言うと――
「旦那様、今お腹を蹴られました」
「そうか、元気そうで嬉しいよ」
何と彼女は身籠もっているのだ。もちろん俺の子である。
「家でゆっくりしてていいんだよ」
「嫌です。旦那様のお傍にいたいんです。この子もそう言ってます」
エルフってのはお腹の子供とも会話が出来るのかよ。なんてことあるわけないか。
彼女は自分のお腹を抱えるようにして、今でも俺たちと店に通っている。とは言ってもさすがに厨房に立たせるわけにはいかないので、俺の近くに椅子を置いて座っているだけだった。そしてさらにもう1人、同じように椅子に座っている女の子がいる。
「ロムイさん、少し味付けが薄いみたいですよ」
「お、じゃもうちょっと塩を振るか」
そう、フェニムもロムイの子を身籠もっているのだ。2人は1年ほど前に結婚し、皆の祝福を受けている。そんな彼らをいつまでも3畳間に別々に住ませるのは気の毒だったので、新たに家族向けの宿舎を建てたのだ。というわけで今では宿舎も3棟が並んでいる。ちなみに新しい宿舎は平屋建て6戸で、1戸当たり4畳半の部屋が2つと手洗い、簡易的な水場まで完備していた。
「来月にはキノシンとアネルマも結婚か」
「美男美女の組み合わせですね」
「客の中には泣いてる者も多いと聞いたよ」
「トメノさんは早く2人の子供が見たいって言ってました」
セルシアは自分のお腹を愛おしそうに撫でている。
「あの人にとっては孫も同然なんだろうな」
「私はまさか旦那様のお子を宿す日がくるなんて、夢にも思ってませんでしたけど」
普通は奴隷が主の子を身籠もった場合、僅かな手当てを渡されて追い出されるそうだ。産まれてくる子に家を継がせるわけにはいかないという理由らしいが、そのせいで多くの奴隷女性が命を落とすという。全く痛ましい限りである。
ところで、セルシアとフェニムが抜けた厨房の穴は、この人が埋めていた。
「アキラ、タレの味を見てくれ」
「うん、大丈夫ですね」
どこからどう見ても戦士にしか見えない、自称料理人のケントリアスさんである。ギルドからミラド学園への給食の配達を請け負っていたが、週2回の仕事だけでは食っていけないと言うので仕方なしに雇ったのだ。
というのも実は彼には長く付き合っている恋人がいて、その彼女から結婚を迫られていたのである。相手の女性は曲がったことが大嫌いな性格で、以前彼が俺に迷惑をかけたことを謝りにきたほどだ。そして今回も、ここで働かせてほしいと言ってきたのは彼女だった。
「銀貨50枚など払えんぞ」
「もちろんです!」
「いや、メリア……」
メリアというのが、ケントリアスさんの彼女の名前である。
「そんなことばかり言ってるから仕事がもらえないのよ! もっと現実を見なさい!」
家賃が払えなくなったケントリアスさんはすでに住む場所を追われ、彼女の家に居候していたそうだ。しかしその彼女も、6畳間が1つしかない狭い家に両親と住んでいるという。そんなところにこの大男が転がり込んでは、邪魔で仕方なかっただろう。
「それなら2人でここの新しい宿舎に住み込むというのはどうだ?」
「宿舎に、ですか?」
「ああ。ケントリアスさんには厨房を、メリアさんには別の仕事をしてもらうことになる。給金は他の皆と同じで週に銀貨10枚だ」
「あ、アキラ、それはあんまりじゃ……」
「アナタは黙って! でも彼の言う通り、その金額ではとても暮らしが立ち行きません」
彼女の疑問はもっともである。だから俺はここで暮らすことのメリットを話した。
まず、住み込みで働けば毎日風呂に入れるし、3食の賄いが食べられるから食事の心配もない。さらに必要な衣類はこちらで買い揃えることにしているため、これで衣食住は満たされるというわけだ。つまり贅沢をせず慎ましく暮らせば、金はほとんど使わなくて済むのである。
「何も娯楽を全て諦めろと言うつもりもないしな」
旅行に行きたいだとか欲しい物があるが高価だとか、そういうのは相談に乗るし余程のことがなければ叶えているつもりだ。現に今は毎週市場の方から御用聞きが来てくれるため、そこで皆思い思いに欲しい物を挙げて、翌週届くのを楽しみに待っているのである。
「もちろん、俺に了承を得る必要はあるが、下着やちょっとした衣類なら却下したことはないぞ」
「それでしたら何の問題もありませんね」
「し、しかし……」
「ここで働かせて頂けるのなら、何もギルドから危険な依頼を受ける必要はないでしょ。剣と鎧の新調は諦めなさい」
「アキラ、あのな……」
「おーなーさん、この人の言うことは聞いて頂かなくて構いませんから」
「元より、剣や鎧など了承するつもりはない」
「アキラ……」
これがケントリアスさんとメリアさんが住み込みで働くようになった経緯である。ちなみに彼女にはラクリエルたちの監督をしてもらっており、以前にも増して全ての建物とその周囲がきれいになっていた。
それと大事なことがもう1つ、ミルエナとワグー、ノエルンについてだが――
「しかし平民の身分で4人も妻を娶るとは、アキラも隅に置けないな」
「セルシアがそうしてほしいと言ってくれたんですよ」
セルシアなりに葛藤はあったと思う。だが、自分と似た辛い過去を持つ彼女たちが幸せになれるならと決断したそうだ。もちろん、こっちの世界では一夫多妻が認められている。
ただ、さすがにネネルまでというわけにはいかなかった。ネネル自身も遠慮したし、俺も母娘共々妻にする気にはなれなかったからである。そのネネルだが、どうやら客の獣人男性といい仲になっているようだった。
そんなわけで俺たちとこの店、それにここで働く者たちの生活は順風満帆といったところだろう。
次回エピローグで、本作は完結となります。
あと少しですが、最後までよろしくお願い致します。
 




