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真顔の美少女


少女はむくりと起き上がり、長い睫毛をパチパチと羽ばたかせた。


「……ここは……どこです?」


驚きもせず、真顔でテントの中を見渡す少女。

アレンは湖の精霊のように美しい少女に、只々見惚れた。


「姫ぇっ!」


堰を切ったように泣き出したオルアが、少女に飛びついた。


「オルア、ここはどこです?」


「…ふぇええ…」


「……また泣き虫」

少女は、オルアの頭を撫でながら現状を冷静に説明できる人……もとい、鳥を探した。

少女の傍に腹ペコ状態のファゼルがヨタヨタと近寄ってきた。


「ファゼル、ここは……」


「姫!さっそく腹ごしらえしようぜ!」


「別に腹は空いていない、だから腹ごしらえの必要はない、現状をせつめ…」


「腹が減っては戦ができない!肉肉!肉食いたい肉!」


口喧しい腹ペコのファゼルが、ギャアギャアと喚き立てている。

テントの中が騒音に満たされた。


「うるさい」


「ふぎゃん!」


少女はファゼルの頭頂にチョップを打ち込み、黙らせた。

少女はアレンの脇にいるノールを見つめた。


「ノール、状況説明を」


「最初から私に聞くべきでしたね」


「反省する、説明して欲しい」


テントの入り口から風が吹き込んだ。

少女の艶めかしい髪が、躍るようにゆらゆら揺れた。

少女の視界にすら入っていないアレンは、ウズウズしながら犬耳をパタつかせた。

王子としては忙しなくてみっともない所作だ。

アレンは、少女と話をしたがっていた。


「我々は……」


撫でるような風で青い立髪がヒラヒラとなびき、賢い頭を少し下げて嘴を開いた。

ノールは横目でアレンを見て、喋る事を一旦やめた。

クルルッと小さく鳴いた後、再び嘴を開いた。


「そちらにいらっしゃる、アレン王子に助けられました」


「王子?」


少女はようやく、アレンを見た。


「私です!私!私が王子です!」


アレンは鼻息を荒げて手を挙げた。


少女はアレンを軽く触れるように見て「そう…」と抑揚の無い声を漏らした。

その後に、少女は視線をノールに戻した。


「あの牛神は倒せなかったわね…敗因は何かな?」


「姫……あの……言葉だけでもお礼を……」


ノールは少女のあまりにも冷たい態度に、たじろいだような声を漏らした。

素っ気ない態度を取られて、アレンは肩をがっくりと落とした。

ここで食い下がってはいけない!とアレンは思い、ズイッと前に出た。


「僕の名前はアレン!貴女のお名前は?」


「ん?シュリア……敗因はなんだ……連携は取れていたのに」


少女の水晶玉のような澄んだ瞳は、アレンの方へと向けられない。

片手間に答えたような、そんな返事だった。

アレンにとっては、異性にこのような冷たい態度を取られる事は初めてであった。


「ゆっくりと休んでいてください、恩人よ」


アレンは頭を下げたまま俯いて、テントから出た。


「王子……?」


「行こうザウ」


「……?」


犬耳は萎んだように垂れ下がった半泣きの王子は、ザウに呼び止められた。


「テントの中で元気を落としたようですね?どうしました?」


「何でもない…何ともないさ…さぁ!皆の為に動くぞザウ!」


「??はい…」


傷心したアレンはザウを連れて、街の避難所の様子を見て回った。

民の声を聞き、励まして回った。

街の避難所の全てを回りきる前に、日が暮れて、各所で焚き火が灯された。




「夜か……」


テントの中にいたシュリアは、ギターを抱えていた。

所々傷ついてしまったギターを布で磨くように、丹念に拭いていた。

6本の弦を指先でなぞるように触りながら、テントの入り口に近づき、隙間から外を見た。

避難民達が集い、歌を歌って夜会を開いている。

笑っている人は一人もいない。

それでも歌う事で、不安や恐怖を忘れようとしていた。

それが彼女の視界に入り込んだ。


「……悲しい歌声……」


シュリアは表情を一つも変えずに、ギターの弦を調整しだした。



テントの天井からランタンぶら下げられ、中に収まった魔法石が光を放っている。

三羽の鳶は、肩を寄せ合ってゴニョゴニョと会話をしている。

時折、テントの入り口にいるシュリアに視線を向けている。


ノールはヒソヒソと囁いた。

「姫の"人"に対する態度……前々から気になってたんですが……どう思いますかド愚弟達」


ファゼルは問いかけを鼻で笑い、嘴を開いた。


「格下相手には丁度いいんじゃね?それよりお前の高過ぎる自尊心の高さの方が問題だろ」


「私の自尊心は高くないっ…ナルシストでもないっ……オルアはどう思う?」


問いを投げられ、オルアはギターの弦を調整しているシュリアの背中を見た。


「僕…僕は…うーん…」


オルアどもりながら、答えを捻り出した。


「姫はね、人との触れ合い経験不足なだけだと思う…」


「改善はできると思います?」


オルアは何度も頷いた。


「思う…仕方ないよ、姫は父様に拾われてからずっと…ずっと鳥達に囲まれて生きてきたんだよ?」


「そうですね…」


「笑顔の作り方を知らないし、泣き顔の見せ方も知らない…心と表情がうまく連動してないんだ、きっと」


ファゼルは首を左右にコキコキ傾げた。


「心と表情が連動してないって何だ?俺様に分かるように説明しろ」


「繊細な事を阿保鳶に分かるように?それは無理」


「きぇええ!!」


オルアとファゼルは喧嘩をし始めた。

ノールは愚弟に呆れてシュリアに話しかけようとした。

が、テント内にシュリアの姿は無かった。


「姫?!」



アレンは焚き火に手をかざしながら、避難民達の歌う声を聞いていた。

ザウはアレンの傍に座り、アレンと同じように歌声を聞いていた。

二人は一言も喋らずに、突貫工事で作ったような賑やかな空気と、楽しそうにきこえるような歌声に聞き入っていた。

二人に近づく人物がいた。

アレンは足音に気づき、振り向いた。


その人物はヨーゼン王だった。


「皆、立ち直る為に前向きだな…」


「父上…はい」


「私はまだまだ未熟だ、思い知らされたよ…」


ヨーゼン王はアレンの横に座り、息子を抱き寄せた。


「お前は…私より強いな」


「父上…」


「弱気になった私を許してくれ、息子よ」


「はい、父上…」


二人の会話を聞いていたザウは、静かに微笑んだ。


その時、アレンの耳にギターの音色が入り込んだ。

アレンは耳をひくつかせて、周囲を見渡した。

楽器を演奏している人はどこにもいない。


「ギターの音…シュリアの演奏?」


「…のようですね、王子」


耳のいいザウが頷いたのだから、間違いはないようだ。


「ちょっと散歩してくるよ」


「……はい」


アレンは音を辿って歩きだした。

ヨーゼンは息子の背中を見送り、ザウは王子の足音が遠のくのを聞いた。


「ザウ、私の息子はいつの間にか、私よりも立派に成長していたよ」


「王の愛があったからこそです」


「嬉しい事を言ってくれるな…さぁ、私も成長せねばな」


王はそう言って立ち上がった。

決意に満ちた瞳には、目前の轟々と燃え上がる焚き火が映り込んでいた。



アレンはギターの音を追っていた。

それは避難所から離れた、櫓のとんがり屋根の上から鳴り響いていた。

シュリアは一人きりでひたすら、ギターを激しくかき鳴らしていた。

低く唸るようなその音は、はるか遠くにいるヴェゼールを威嚇するような音だった。

星空の下、アレンは櫓を見上げて立ちすくんだ。

表情がとてつもなく乏しい少女の演奏は、寂しい心を吐き出すような音を奏でていた。

名残惜しむように弦を弾き、演奏が終わった。


「すごい!うまいね!」


アレンはパチパチと拍手をした。

シュリアはアレンを見下ろして、首を傾げた。


「誰?」


「あ、あの……先程名乗りましたが、この国の王子のアレンです」


「…そう」


顔色が変わらないまま、シュリアは再びギターの弦に指を置いた。


「むぅううう…」


アレンは犬耳をピンっと立てた。

演奏が始まる前に、口に手を添えて叫んだ。


「お話しましょう!!」


「ん…?うん……」


シュリアは櫓の屋根板をポンポンと叩いた。

「じゃあおいで」と言いたげに優しく叩いた。

アレンは鼻息荒く、梯子を登っていった。




登場人物紹介


[シュリア]

サアールの近隣にある神獣の巣で育てられた少女。

精霊のような容姿をしており、彫刻のような美しい顔は文字通りどんな時も美しいままだ。

表情が乏しく、顔色がほとんど変わらない。

育てられた鳶の有り体を模倣しているようにも見える。

ギターで三匹の鳶を操り、腰に携えた直刀を使い戦う。

魔法の力を利用した特別な衣装を着ており、神と短時間に限り戦う事ができる。

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