神 対 人間
三羽の鳶は、ギターの爆ぜるような低い音色を聞きながら、宙を舞踊るように飛び、ヴェゼールに攻撃を繰り出した。
それは少女が奏でるバックグラウンドミュージックか、それとも、攻撃の譜面を音で伝えているのか。
「いい音色……」
楽しげに笑う少女にとっては、その何方とものようだ。
三羽の鳶の乱れ打ちは止む事がない。
高高度から落下し、ヴェゼールの肉体を抉るように攻撃した後は、急上昇して退避する。
V字攻撃の連発は、神でさえ反撃する間が無い。
「ぐっ!?」
ヴェゼールの乗る獣の脚が狙われた。
獣の脚が切り落とされた。
そのまま獣は斜めに倒れ、ヴェゼールは地に打ち付けられた。
「俺が地に打ち付けられた……だと……」
天空を睨みつけるヴェゼール。
歯を食いしばって立ち上がり、空高くに向けて鉄槌を向けた。
「ええい!小賢しい獣め!」
ヴェゼールを煽るように、鳶の鳴き声が響いた。
「雑魚が……いい気になるなよ」
空に向けた鉄槌を握りしめ、歯軋りをした。
号令もなく、ドドラの甲冑兵達は空に向けて、弓を引き矢を放った。
「あの鬱陶しい鳥を撃ち落とせ!」
ヴェゼールの怒号と共に、数千の矢が放たれた。
矢の軌道はまっすぐ、光の尾を引いて飛んだ。
矢の飛ぶスピードも、普通の矢と比べて桁違いに速い。
魔法の力を付加されて射られた数千本の矢を、避けられる筈が無かった……普通の獣ならば。
三匹の鳶は、矢と矢の間を掻い潜るように避けた。
回避行動に集中しなければならないせいで、ヴェゼールに対する攻撃の手が緩んだ。
「ここまでだな小娘!」
ヴェゼールは、その時を狙っていた。
巨体に似合わない素早い動きで、少女との間合いを詰めた。
「もう……演奏の途中ですよ?」
少女は不満気に口元を歪ませて、弦から指を離した。
ヴェゼールは鉄槌を振りかざし、少女の額に向けて振り下ろした。
「死ね!小娘!」
「私、ただの小娘じゃないんですよ?」
鉄槌の打撃を避けつつ、腰から小刀を抜いてヴェゼールの身体を斬りつけた。
鎧を付けていないヴェゼールは、斬撃をまともに受けた。
「ぐっ!」
二撃、三撃と打ち込まれ、ヴェゼールは後退りさせられた。
斬撃は的確に急所を貫いた。人間であれば死んでいた。
アレンは、少女の振るう剣の太刀筋、斬撃の狙い所の的確さに関心し、勇敢に戦う姿に見惚れていた。
「あの神とまともに斬り合っている……すごい……」
「王子!見惚れている場合ではありませんよ」
「そうだ、我らも戦わねば!」
アレンとザウは行動を起こした。
側近の兵達と共に、矢を放っている兵列に向かっていった。
「おらぁ!!」
乱れ打つように鉄槌を振り回して、少女を下がらせ、間合いを広げたヴェゼール。
切りつけられた傷はすぐに癒えた。
神にとっては、秒もかからずに治癒してしまう、かすり傷にもならない傷。
しかし、ヴェゼールのプライドにはしっかり傷を残した。
少女を、訝しむような目で睨みつけた。
「おい、小娘……その服はまさか……」
「この服ですか?ふふっ、素敵でしょ?」
少女は着ている服を見せびらかすように、その場でくるくると回った。
巫女のような服には、紋様が編み込まれていた。紋様は脈打つように光り輝いている。
「力を倍増させる魔法衣……それを着て神と同格になったつもりか?」
「そのつもりですが?」
ヴェゼールは腹を抱えて笑い出した。
笑い声は攻勢に出たアレンの耳にも届いた。
「甘っちょろい小娘だ!が、その無鉄砲ぶりは嫌いではないぞ!」
少女は小刀をくるくる回して、舌打ちをした。
剣を逆手に握って、姿勢を低く構えた。
「私はお前のような神様が大嫌いです」
「お前らの巣を壊した事がそんなに気に入らなかったか?」
ヴェゼールは大笑いをして、少女を煽った。
少女は返事をせずに、ヴェゼールに切り掛かった。
一方、王子が率いる兵達は黒い甲冑兵と戦っていた。
刃を交えながら、隙を伺うアレン。
「はあっ!!」
アレンは剣先で鎧の間を突き刺した。
兵士は断末魔を上げず、鎧はガラガラと崩れ落ちた。
甲冑兵の中身は人ではなかった。
「なんだ……これは」
アレンは空っぽの甲冑を蹴った。
ザウは兜を拾い上げた。
「王子、これはヴェゼールが魔術で操る兵です……恐らく国を包囲している兵も……人間は一人もおりません」
「なんとも恐ろしい……さぁ手を止めずに戦おう!」
弓兵の隊列を崩した事で矢の雨が止み、三羽の鳶は再び攻撃する機会を伺う余裕ができた。
「ピィ!?」
鳶は早急に攻撃態勢を取った。
少女はヴェゼールの猛撃に押されていた。
魔術衣で底上げした力と神の力とでは、地力の差が出てしまっていた。
少女はヴェゼールの懐に入り込み、脇と脚の動脈を斬りつけた。
が、ヴェゼールは死なない。
動きは鈍るが、斬りつけてまもなく回復してしまう。
大きな図体を右に左に動かして、少女の斬撃を避け、焦りを見せた隙を狙って蹴り飛ばした。
「ぐっ!?」
少女は瓦礫の山に叩きつけられ、気を失った。
「正直、驚かされたぞ……小娘……」
ヴェゼールは鉄槌を振り上げた。
鳶の攻撃はどれだけ早くても、振り下ろすまでには間に合わない。
「させるかっ!」
アレンが間一髪で少女を抱き抱え、ヴェゼールの打撃から逃げた。
アレンは気絶した少女を抱き抱えながら、鉄槌の打撃で起きた衝撃波で吹き飛ばされた。
細かな瓦礫が飛び散り、土埃が舞った。
「小国の王子よ……小娘と共に死ぬがいい」
ヴェゼールは獲物を討ち漏らした事に焦る様子もなく、再び鉄槌を振り上げた。
「っ!」
しかし、鉄槌が打ち付けられる事は無かった。
ヴェゼールはザウを睨みつけた。
目を閉じたままのザウは、目線を返さずに剣の先端を突きつけた。
「なるほど……なるほどな、仕方ない……今回は引くか……」
何かを察知したヴェゼールの眉がビクビクとひくついた。
ヴェゼールは足元に手をかざし、呪文を唱えた。
黒い霧が現れ、ヴェゼールを包み込んだ。
「長旅の最中だ……また一年後に来る……しっかり国を落とす準備をしてな」
黒い霧がヴェゼールの身体を包み込んでいく。
「この美しい海は俺のものだ」
ヴェゼールはサアールの海を眺めながら、そう言った。
黒い霧は甲冑兵達をも包み込んだ。
黒い霧が晴れると、ドドラの軍隊は跡形もなく姿消した。
国を取り囲んでいた軍団も、その姿を消した。
「はぁ…はぁ…ふぅ……」
アレンは少女を抱きしめたまま、倒れ込んだ。
「なんとか……なんとかなったのか……?」
ぽつりと呟き、少女の顔を見つめた。
口元から上を覆っていた兜がズレていた。
それを取り外すと、アレンは息を飲んだ。
この世のものとは思えぬほどの、美しい少女の顔が露わになった。
「……か、可愛い…」
アレンは思わず頬を赤く染めた。
ジィッと、食い入るように少女の顔を見つめた。
「おいっボケ!おいっ!」
「…姫に触るな」
「お手を退けていただけますか?」
アレンはいつの間にか、三羽の鳶に囲まれていた。
「ひ、姫?姫とはこの子の事か」
「そうだバカちんが!はよ離れろ!」
「……姫に発情したの?バッチィ手を退けて」
「いい加減にしなさい能足りんバカもんが……弟達が失礼を、どうかご容赦を」
鳶が人の言葉を喋った。
しかも喋ったのは、お下品な言葉ばかり。
気品とかそんなものは微塵もない。
アレンはその事に驚き、言葉を失った。
だが、アレンはすでにその事を学んでいた事を思い出した。
「これが……人より位の高い神獣??」