花嫁探し
陽が沈み、海原を赤く染める頃。
アレンの衣装合わせには、とてつもない時間を要していた。
その原因はアレンではなく、父ヨーゼンにあった。
「少し地味すぎやしないかい?」
「……目の見えない私には……分かりかねますが……」
「それでも感じるだろう!我が息子の可愛さを!メラメラと燃える炎のような!!」
「……それは感じております、しかし職人が吟味してあつらえた礼装、似合わないはずが……」
「いや!!可愛い我が子にはもっと似合う服がある!!!!赤系の礼装を蔵出ししろ!!」
「……承知しました、メイドさん達、お願いします」
世界でも指折りの息子溺愛王ヨーゼンの小言に、事細かく対応するザウ。
メイド達に指示をして、蔵から衣装を持ってくるように手配した。
ザウがしたのは、息子大好きヨーゼン王の指示を、右から左に流しただけだ。
だが、その存在は遮熱版のように、王の煮えたぎるような情熱をなんとか遮っていた。
あまりの熱の入り用に、メイド達が何も言わずに怯えだしている。
王の狂気に近い熱意に、さすがのザウも眉が曲がり始めていた。
「父上、少し落ち着いてください」
「落ち着いていられるものか!!」
「父上、声がうるさいのです」
アレンの諭すような声が、部屋に染み込むように広がった。
ヨーゼン王は腕を組んで、アレンの苦言を笑い飛ばした。
「王である私の城で!私の大声を誰が咎める!?」
「息子である僕が咎めます」
「ええい!!辛い!!泣くぞ!!!」
「泣いて静かになるなら寧ろお願いします」
王の視線の先には、紅い礼装を着たアレンがいた。
いつも元気いっぱいの色白の顔が、少しだけ赤くなっている。
窓から差し込む赤い夕陽に照らされて、そう見える。
着付け係のメイドが苦笑しながら、衣装合わせをしている。
「いや、しかし……夕陽のせいで赤がより濃く見えるなぁ、顔まで赤く見えるぞ?」
そう思っているのは、ヨーゼンだけのようだ。
周りのメイド達は皆、アレンが照れている事に気付いていた。
「父上、赤い服ばかりを選ぶのは何故ですか?」
「赤というのは、異性をより色っぽく見せる効果があるのだよ!お前をいい男にするための細工だ!」
「そんな魔法のような効果が……でも僕は青の礼装が好きです」
「アレン、お前の好み通りにしてやりたいが、ここは実践経験豊富な父の意見を聞いておけ」
「実践……?経験……?」
そして夜、王宮にて盛大な宴が開かれた。
淡い色の照明が会場内を照らし、酒や食べ物に舌鼓をうっている。
サアール沖で獲れた海産物を使った料理は、舌の肥えた者たちの頬を緩ませていた。
アレンと同じ年頃の美しい娘達がドレスで着飾って、甘い色香を放っている。
「良い娘ばかりだな、息子よ」
「はい……可愛らしくて美しい娘ばかりです」
赤い礼装で着飾ったアレンは王に付き添い、犬耳をヒョコヒョコさせながら歩いた。
「まぁ我が子が一番かわ……」
「父上、その言葉は聞き飽きました」
「……これが成長……泣ける……」
ヨーゼンは目を細めて、溢れ出そうな涙を堰き止めた。
ギリギリと、歯を食いしばっている。
アレンも少しだけ、目を細めた。
「……もし母上が生きていたら……女子の扱いについて助言を貰えたでしょうか?」
「そうだな、きっと助言をくれただろう」
ヨーゼン王は悲しげに目を細めた。
アレンは閉じていた口を開き、鼻息荒く拳を握った。
「何事も自分から行動する……ですね!」
「さすが我が息子だ、さぁ行ってきなさい」
「はい、僕の為に来てくれた乙女達をもてなして来ますね」
ヨーゼン王は意気揚々と踏み出した息子の背中を見送った。
「あら、王子様」
「こんばんわ、王子様」
「王子様…素敵な夜会にお招き頂きありがとうございます」
「こんばんわお嬢様方…今宵の料理はお気に召しましたか?」
「「「はい、とっても!」」」
アレンは綺麗な娘達に囲まれても、ほんの少しも緊張せずに会話をする事ができていた。
娘達の目と耳を優しく楽しませてあげようと、会話をしている。
サラリと身につけているアクセサリーを褒めたり、今流行りの宝石の話をしたり。
幼い頃から町の散策で出会う、癖者乱暴者達とも仲良くなれるように、培った話術を駆使している。
何より、アレンの笑顔に娘達の瞳はキラキラと輝きだし、挨拶を終える頃にはハートマークになっていた。
「……ふははは!助言などいらぬわ!」
「このモテ男め!誰に似たのやら!」
「………………だぁーれも、何も言ってくれんのかぁ?……」
王はアレンに対して無用な心配をした事に、小さく苦笑した。
すっかり安心したように、グラスの酒に口をつけた。
その間も、無く王に近づく側近の者がいた。
「王……城壁警備隊からの伝報です」
頭を下げつつ、王に紙を渡した。
ヨーゼン王は紙を広げ、文面を見て深く深く重いため息を吐いた。
「そうか…そうか…恐れていた事が起きてしまったか…」
ヨーゼン王はザウに、目線を送った。
ずっと目を閉じている彼女は、送られた目線に気付き王に近寄った。
「王……」
ザウはその優れた耳で、ヨーゼン王の様子がおかしい事にすぐに気付いた。
ヨーゼンは生唾を呑み込んだ後に、口を開いた。
「ザウ、アレンの側を離れるな」
「御意……何があったのですか?」
「ドドラの軍隊が……牛の神がこちらに向かってきているそうだ」
ザウは口を固く閉じ、胸に手を当てて頭を下げた。
「我が命に代えても、王子をお守りします」
「頼むぞ、ザウ」
王は踵を返し、会場を後にした。
張り詰めた空気を察知したアレンは、父の背を目で追った。
「父上?」