三色の奇船
アレン、シュリア、ザウの三人は港の入り口に向かっていた。
道の側には瓦礫が転がり、家屋は倒壊している。
「おや、人集りが…どうしたんだろう?」
アレンは首を傾げた。
心まで荒れ果ててしまうような、荒廃した景色にも関わらず、港の入り口付近は人集りができていて、賑わっていた。
見物人は大漁旗を掲げた漁船が帰港してきたかのように、活気付いている。
人でできた塀の向こうから、口喧嘩する子供の声が聞こえる。
途端に、シュリアが口をへの字に曲げた。
「……あいつら遊んでいるな」
シュリアは人集りをかき分けて、港へと入っていった。アレンとザウは急いでシュリアの後を追った。
人集りを抜けると、いびつに改造された大きな帆が付いた漁船が三隻あった。
ファゼル、ノール、オルアの三人が、それぞれ短時間で改造した船の批評を繰り広げている。
格船首には、赤、青、黄の旗がたなびいていた。
ファゼルの船は全体的に赤く染められ、どこからか回収してきた船首と船尾に機関砲が取り付けられている。
「俺様の船が一番荒々しくカッコいいな!」
ファゼルは鼻高々な表情でそう言った。
ノールはそれを「フンッ」と鼻で笑った。
オルアは、高々と伸びたファゼルの鼻っぱしらを、バッキバキに折りたくて仕方ない様子だ。
「知性を微塵も感じない改造ですね、あの機関砲は?…船首と船尾に設置する意図が分かりません」
「これ!?これか?!よくぞ聞いてくれた!!」
ファゼルは船に飛び乗り、船首の機関砲をポンポンと叩いた。
「方向転換をしたい時!機関砲の強烈な反動を利用する!」
ノールは腕を組んだまま固まった。真顔のまま固まった。
目の前にいる稀代の天才のアイデアに驚き、慄き、身を硬らせている。
「……………は?」
「船を時計回りに旋回させたい場合は、船首砲を左!船尾砲を右に放つ!旋回性能!機動力アップだぜ!」
ファゼルは機関砲を掴み、右に左にグワングワンと振り回した。
雑に取り付けられた砲の台座が、ガタガタと震えている。明らかに、台座のナットの締め込みが足りていない。
ノールはファゼルのアイデアに納得して、小さく頷いた。
「お前の脳みそみたいにクルクルパーに回るのですね、理解しました」
「回転が速い頭は重宝されるもんだろ」
ファゼルはそう言いながら屈んで、緩んだ台座のナットを指で締め込んだ。
ノールは口をムグムグとうねらせた。
「ついでにお前の頭のネジも締め込んでおけカス」と言いたげな表情だ。
「ついでにお前の頭のネジも締め込んでおくといいです、規程トルクで」
一言付け加えて、言葉を投げつけたノール。
船に飛び乗り、砲身に触れてため息を吐いた。
「単独の航海ならいいですが、周りには私とオルア、それ以外の船も配備されるでしょう…そこまで考えてますか?」
ノールの問いに、ファゼルは胸を張って答えた。
「安心しろ、ちゃんと考えてるぞ」
「どんな?」
「水平に撃たなきゃ当たんねぇだろ」
「………うん…………で?オルアの船は?」
ノールはオルアの船を見つめた。
船体の左舷右舷に大きなプロペラが付いている。
船体の各所に魔法陣が書き込まれている。
船全体にファンシーな塗装が施されている。ケバケバしくて目がチカチカするような塗装だ。
「あれ…催涙魔術ですか?目が痛くなる…」
ノールは目を擦った。
「僕は芸術品を作り上げてしまったようだ…」
オルアはこんな顔(´・∀・`) で悦に浸っている。
ノールは船に飛び乗り、魔法陣を見て回った。魔法陣の中心には、白い魔法石が埋め込まれている。
白い魔法石は、風の魔法陣と相性が良く、一般的によく使われる組み合わせだ。
オルアが書き込んだ陣形は攻撃用のものではなく、ただ風向きを変えさせる事ができるだけのものだ。
森林、都市火災が起きた際に、風向きをコントロールして、火が燃え広がらないようにする際によく使う。
ノールは魔法陣を観察して、感心しながら頷いた。
「ふむ…補助として風の魔法を使うつもりですか…」
「そそ、風をコントロールしながら海を行くのだよん」
「それは理解できます…」
ノールは頷きつつ、船体左右のプロペラを指差した。
「で?そこの馬鹿みたいにでかいプロペラはなんです?」
「内緒!」
オルアは、あざといウィンクを放った。
ノールは虫を手で払うようにして、それを避けた。
「まぁいい、私の船が一番まともそうだ」
ノールの船は三隻の中では唯一、原型を留めていた。魔法陣は必要最低限の箇所に書き込んである。
「シンプル イズ ベストですね!」
鼻を鳴らすノール。二人の質問(愚痴)が飛んでくるのを待った。
「珍しいな…ナルシズムを抑えて、没個性的だな」
「派手さが足りないよね」
「だな、いい意味でバカさがない」
「せっかく改造するのにつまらないよねー」
奇天烈な三隻に近づく人がいた。足音に気付き、三人は振り向いた。
「お前ら何をしている」
シュリアは鋭く目を細めて、三人(三羽)を怪訝そうに睨んでいる。
「「「あ!姫っ!」」」
三人は船から飛び降り、シュリアに駆け寄った。
「姫!船を"改良"しましたよ!」
「僕、知恵を絞ったんだ!すごいでしょ?」
「どう?俺様の船!強そうだろ?」
シュリアは三隻の船をそれぞれ見た後に、口をへの字に曲げた。
「…三つともヘンテコ……」
「「「……」」」
率直な意見を述べられて、三人は黙り込んだ。
シュリアは心底興味が無さそうな表情で、オルアの船を見上げた。
「私は船を初めて見た…船とは、こんなにヘンテコな乗り物なの?」
「……」
「絵具を床にこぼしたような色合いだ…毒々しくて頭がクラクラする」
「……」
「私はこんな乗り物には乗りたいと思わないです」
「……」
「人の所有物をこのような形にしてしまっては……迷惑ではないの?」
「「「ぐぅ…」」」
メッタメタに切り捨てられた三人はぐぅの音を吐いた。
白目を向いて、俯いて、動かなくなった。
少し遅れて、アレンとザウもやってきた。
アレンは三隻の船を見つめ、首を傾げた。
盲目であるザウは、奇船を見る事ができない。
「……これは本当に我が国の船かな?」
港町が遊び場だったアレンは、港に停泊している船をしっかりと覚えていた。
俯いていた三人は、俯いたままアレンに近づいた。
「あ、どうも…??」
見知らぬ幼女の接近に、アレンは首を傾げた。
三人はアレンの胸に顔を埋めるように抱きついた。
「え…ええ…??どこの娘さん?」
シュリアは横目でアレンの困り顔を見た。
「アレン、神獣は人にも化ける事ができる」
ハッとして目を見開いたアレン。
犬耳をぴこぴこ動かして、鬱々とした三人を受け止めた。
「…あ…なるほど…あの…どうして落ち込んでいるのですか?」
その時、人集りの方から大声が飛んできた。
「伝令!伝令!王子様は何処ですか?!」
「はい、ここです!」
「至急、王宮へお戻りください!大きな鳥の神獣が……王と貴方に会いに来ています」
「大きな鳥の……?」
アレンは胸の中で啜り泣く三馬鹿を見た。
顔を突き合わせて、何かを喋っている。
「オヤジ様じゃね?」
「パパ上様……?飛んでこれるはずが」
「父上様が来てるなら、すぐに向かわないとですね」
三人の幼児は全身から白い光を放った。
鳶の姿に戻り、シュリアの元へと駆け寄った。
シュリアは胸に手を当てて、唇を噛み締めていた。
「お父様…..」