人に化けた神獣
シュリアが港町の地形を記憶に刻んでいる一方で、神獣三匹は先に港町に来ていた。
三匹は姿を人の形へと変えていた。
「しょっぺー船だな!」
ファゼルは生意気そうな赤毛の男の子の姿に。
「これはお魚を釣る船かな?」
オルアは黄金の髪を靡かせる少女の姿に。パラソルを広げて小首を傾げている。
「ふむ…どの船も目立った損傷はないようですね」
ノールは凛とした少女の姿だった。鮮やかな青い髪を縛り、ポニーテールにしている。少し派手な化粧箱を片手に持っている。
「なんだ…あの子ら」
「さぁな…観光客の連れ子さんだろ」
「可愛らしいわねぇ…」
港の入り口には人だかりができていた。
しかし人ならぬ雰囲気を放つ美しい少年少女に、近づこうとする者はいなかった。
三匹、もとい三人は生き残っていた船の状態を見ていた。船は波に揺られて上下左右に小さく揺れている。
「んーんんーんんーらーららー」
オルアはそれに合わせるように身体を揺らしている。普段は空を滑空し、あまり海に近づく事が無いので、船という乗り物に興味深々のようだ。
白い漁船を眺めている。
顔が(*´ω`*)のようになっている。
鼻歌を歌い、軽やかな音符♪を巻き垂らしている。
ファゼルは呑気な顔のオルアを見て邪悪な笑みを浮かべた。
「へっ、だらしねぇ顔しやがって……塩水で顔洗ってさっぱりしな」
背後に回り、肩を押して海に突き落とそうとした。
…というのを察したオルアは寸前で回避して、ファゼルを海に蹴落とした。海中に真っ逆さまに落ち、海底へと沈んでいった。
「塩水って清めの効果があるみたいだよ、しっかり浸かったほうがいいねファゼル」
オルアは無邪気な笑顔でニッコリと笑った。
ノールは海面下に沈んだファゼルを蔑むような目で見つめた。
海面から二人の表情を見上げたら、普通の人ならば上がる気にはならないだろう。
「オルアは兄想いですね」
「でしょ?」
「…で?船内はどうなっているんでしょう」
しかめっ面のノールは緑色の漁船の船上に飛び乗った。破損して浸水している箇所が無いか調べた。
幸いにも破損はすぐに補修できる程度の傷が数カ所あるだけだっ
た。浸水はしていない。
「船底はどうなってます?歪んでいたりしませんか?」
ノールは顎を撫でながら、海面から顔を出したファゼルに話しかけた。
ずぶ濡れのファゼルは意地の悪い笑顔を浮かべた。
清らかな海に浸かっても、全く清められてはいないようだ。
「ああ、お前ら二人の性根より綺麗で歪ない!」
「ご苦労、そのまま下がっていいです」
「海底探索なんて趣味ねぇよ」
ファゼルは碇のロープに摑まって船上に上がった。
オルアも船上に飛び乗った。
「ずぶ濡れだぜ、ふぃいい」
ブルブルと踊るようにして水切りをしたファゼル。
「むぅ…」
オルアは膨れっ面でパラソルを使って水飛沫を防いだ。
「この漁船が一番造りが良いですね、遠泳して支援を求めるならこの船を使うのが良いでしょう」
ノールは観音開きの化粧箱を開いた。
中には百色絵具セットのように、色とりどりの小さな薬瓶が詰まっていた。
これらは全て魔法石の粉であった。
刷毛と彫刻刀、道具類も入っている。
それぞれに名前が書かれ、きちんと整理整頓されている。
「襲撃に備えて多少の強化は必要ですね、うん…そうだ!隣国への海路を見て大まかな予想を立てよう…そうだそうだ!」
独り言を漏らすノールは、お絵かきを始めた幼児のようにとてつもなく楽しげである。
ファゼルとオルアは、そんなノールの背中を見ていた。
肩を並べてヒソヒソ話を始めた。
「ねねファゼル…ノールがまた一人喋って一人で納得してるよ」
「いや、あれは妄想上の友達と喋ってるんだよ…ナルシストの上に協調性0だから友達がいない…そんな現実を補うための悲しい妄想の癖だ」
「わぁ〜気持ち悪い…協調性が無いナルシストさん!僕らは何かできる事はない?」
ノールは港の入り口にできた人集りをズビシッと指した。
「この船の持ち主を探してきてください」
オルアは右に首を傾げた。
「なんで?」
「途中の襲撃に備える為、改造する許可を貰います…お前らも乗るんだから協力するのが当たり前ですよ」
ノールは諭すように優しく言った。
オルアはニッコリ笑った。が首を左に傾げた。
「なんで??」
「うええっ!?なんで理解してくれないの!?バカなの!?」
「なんで僕が"お前ら"と一緒の船に乗らなきゃいけないの?想像しただけで虫唾が走るよ」
超天使のような笑顔で悪態(本音)を晒したオルアは、クルリと踵を返した。船から飛び降りて、パラソルを天に掲げた。
パラソルを閉じて、先端を白い船に向けた。
「僕はこっちの船が好き!こっちを改造するよ!持ち主さん探してくるー」
オルアは人集りに向かってトタトタ、走りだした。
「……好きにしてくださいな」
ノールはこめかみを指で抑えながら、絞り出すような声で返事をした。
「……」
ファゼルは俯いている。というか足元を見ている。船の風化して茶色く汚れた床板を見て、顔をしかめている。
「お前も自分の船を作るんでしょ?早く去れ」
「…ウ○コみたいな色の船だな…お前に似合うよ」
そう吐き捨てて笑いながら、船から飛び降りた。
ノールは苦い表情で天を見上げた。
「ふぅ…」
ため息を吐き、小さく笑った。
陽の光がノールに向かってさんさんと降り注いでいる。
青々した海原はキラキラ輝き、見るだけで心が洗われるような景色。
側から見れば、美しい少女が天を見つめて微笑んでいる。絵画のモデルになりそうな姿である。
ノールは口を開いた。
「アイツら…できるだけ苦しんで( 自主規制)かな…」
一方、港の入り口では……