星明かりの砂浜
幾千の星明かりが、崩壊した国を慰めるように照らしている。
ノールは国の上空を飛び、アレンと戯れていた。
「風を切り飛ぶ気分はいかがです?」
「最高ぅっふ…はわぁああ…空から見下ろす景色とはこんなものなのか…」
ノールの背に乗るアレンの髪はバサバサと暴れていた。しがみつく手はブルブルと震えている。
「高い所が苦手なようですね?」
「…今、この時に自覚しました…うぅ」
アレンは瞳を固く閉じている。下の方を見ないようにしていた。
ノールは怖がるアレンを煽るように高度を上げていく。
雲が目前まで迫り、アレンは必死でしがみついた。
「ノールさん!高度あげる必要ありますかぁあああ?!」
「今、落ちたら水風船を地面に叩きつけたように弾けて死ねますよ」
「!?ヒィヤァアアア!!!」
比喩ではなく雲が手で掴める高度まで登った。
アレンはブルブルガタガタガチガチ震えながらしがみついている。
「私は神獣、魔術も扱えます…..故にこんな事もできますよ」
「えっ?!」
ノールは急旋回をして、飛行方向を変えた。
突風に吹かれたように、挙動が変わる。
90度、直角に曲がるように飛んだり、180度ターンをしたり、空中で踊るように飛び回った。
「す、すごい!」
「風を支配できる鳥の神獣ならではの技です、楽しいでしょう?」
「こ、怖いです!!」
風向きが変わったのではなく、ノールが風を操って飛ぶ方向を変えているのだ。
散々空中で遊び回った後、ノールは海の方角を向いた。
「さて、あちらが海か」
ノールは頭を下に向け、海の方向を見定めた。
すでに雲より高い位置まで飛んでいた。
ここまで上昇する必要は全く無かった。
アレンは犬耳を伏せて、口を開けなくなっていた。
「"ようやく"海が見えたので降下しますね」
「なんですかそれ!!淡々と言わないでぇええ!!」
翼を閉じて空気抵抗が少ない体勢をとったノール。
透明な空気の壁を何度も突き破りながら、猛スピードで降下していく。
アレンは気を失いそうになりながらも、ノールの背にしがみついた。
海辺の砂浜が目前まで迫った。
「着地まで…いち…に……さん…」
ノールは着地前に翼を大きく広げた。スピードが弱まった瞬間、風の悪戯によってアレンは背中を巨人につまみ上げられたような感覚に襲われた。
アレンはしがみつき、それもなんとか耐え抜いた。
「着地しましたよ」
「……」
「王子?」
砂浜にふわりと着地したノール。
アレンは生まれたての小鹿のように、脚をガクガクさせながら地につま先をつけた。
「からかいすぎた」と思ったノールはクチバシでツンツンとアレンを突いた。
「ぼくわ歩けてましゅ!らいりょぶれす!」
半泣きのアレン。
垂れた犬耳に、軽快なギターの音色が届いた。
シュリアは砂浜の流木に腰を下ろし、ギターを弾いている。
さあさあと小さく押し寄せる波の音と合わさっている。
シュリアの両脇には、オルアとファゼルが陣取っている。
アレンは涙を袖で拭い、シュリアの横に近づいた。
オルアはアレンを見て、首を傾げた。
「…アレンちゃん大丈夫?」
「はい…背に乗る時は風防ゴーグル必須ですね」
アレンはコクリと頷き、鼻水をズビビと啜った。
オルアの横に座りこんだ。
「慣れれば大丈夫だよ…ノールは"飛ぶのが上手いと思い込んでるド下手ッピ"だから怖かったんだ……」
批判されたノールが目をカッと見開いた。
「何か言いましたかオルア?」
「あんなナルシストは避けて、今度は僕の背に乗りなよ」
「ぼんやりオルアは風を読むのが遅い、王子、今度は優しく飛びますので再び私の背に」
二羽の目線が重なりバチバチと火花が散った。
ファゼルがケタケタ笑いながら、アレンに近づいた。
「どうした?ションベン漏らしたか、王子様よぉ?」
「いや、幸いにも……水分は民の為に回したからな…僕は今乾物です」
アレンは苦笑した。
ファゼルはクチバシをカチカチと鳴らした。
「飛ぶのは俺様が世界で一番上手い!後で俺様の背に乗せてや…」
「ふっ…」
「はっ…」
「んだ?!オメェら!?」
オルアとノールが鼻で笑い飛ばしたと同時に突然演奏がブツ切られた。
「お前らうるさい…」
シュリアが三羽と1人を睨みつけた。
針のように鋭い視線は全員の心をズブリと貫いた。
「「「「……」」」」
姫を不機嫌にさせてしまった三羽はアレンの背に隠れた。
寄せ集まって固まった。
「……話さねば」
シュリアを真っ直ぐ見つめたアレンは、拳を固く握った。
勇気を振り絞って立ち上がり、シュリアの真横に座った。
三羽はアレンの行動に対して、小さな悲鳴を上げた。
「い、命知らず…」
「姫、無益な殺生はせずに…」
「バカ王子だ…近づくなよ」
三羽はヒソヒソ話を始めた。
アレンは深呼吸をしてから、シャルアに話しかけた。
「話があります、片手間でもいいのでどうか聞いてください」
「……」
無言のシュリアは複雑な演奏を続けている。
目線は一定であった。
押し寄せる細波を楽譜として読み込んでいるかのように。
指先が踊るように動いていて、止める事は無い。
「僕は王子として国を強くせねばなりません、ヴェゼールの再来に備えなければなりません」
「……」
「それには…貴女の力が必要です」
「……」
「ぜひ…我が国に貴女の力をお貸しいただきたい…」
アレンは膝をつき、頭を砂浜に押し付けた。
国の為に地に頭を下げる王子。
「…」
三羽はその姿を見て、ヒソヒソ話をやめて黙りこんだ。
「……それだけ?」
シュリアは演奏の片手間に聞いた。
アレンは顔を上げて、目を丸くした。
額に着いた砂をはらい、口をもごもごさせた。
「他に理由は無いのですか?」
シュリアは追い立てるように問い詰めた。
アレンはさらに口をもごもごさせた。
「僕は…!貴女の側にいて欲しいと思う!率直に言えば一目惚れしてしまいました!!」
アレンは勇気を振り絞って叫んだ。
見守っていた三羽は叫びそうなくらい大口を開けた。
「……そう」
シュリアは演奏を終えた。
やめたのではなく、終えた。
細波が少しだけ大きくなり、打ち寄せる波の音が大きくなった。
スッと立ち上がり、アレンを見下ろした。
瞳はアレンをしっかりと捉えている。
「私もヴェゼールに巣を壊された…奴の首を切りとって巣に持ち帰らねばならない…」
シュリアはギターを砂の上に置いて、アレンに手を差し出した。
「ヴェゼールを殺す為、手を組みましょう」
「はい!よろしくお願いします!」
弾けるように笑ったアレンは、シュリアと握手を交わした。
夜明けは遠く、地平線の向こう側は静まりかえっている。
2人を照らすのは微かな星の明かりだけであった。