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王子の勤め


広い宇宙のとある銀河系に青い宝石のような惑星があった。

その星には広大な海と五つの大陸があった。

鼠、牛、虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鳥、犬、猪…….十二種の種族が活動し、世界を作り上げていた。




五つ大陸のうちの一つ、南方の台形大陸グランデの北端にサアールという小さな国があった。

建国してから一度も他国と戦争をした事がないとても平和な国だ。


その国は人間の王が統治し、漁業と海辺の岩山で採掘される特殊な石材で国益を麗していた。

海辺の岩山で採掘される石材は、魔法石と呼ばれる鉱物だ。

数多ある種類ごとに特別な力を宿した奇跡の石である。

特に濃い瑠璃色の魔法石は、限られた国でしか採掘されない希少な魔法石だ。


他にも特色があった。

穏やかで青々とした海を望めるサアールは、観光地として賑わっていた。

わざわざ大陸を跨いでまでサアールを訪れる旅人は珍しくもない。


白い砂浜では海水浴を楽しむ観光客で賑わっていた。

水着姿ではしゃぎ回り潮風に髪を揺らす乙女達。

砂浜で貝殻を探す親子連れ。



朝方の港では市場が開かれ、数日ぶりに寄港した漁師たちが羽を休めていた。

漁師たちは港の防波堤に腰掛けて、タバコをふかしている。

人によって海を見る目は違っていた。

我が子を見るような優しい目で見る老人もいれば、恋人を見ているかのような熱い視線を送る青年もいた。

防波堤に横並びに座る漁師達は、皆、深く青い海を眺めている。


「ここは俺たちの海、だよな?」


「ああもちろんだよ、なんだ?急に……」


「昨日な……牛の神がやって来る夢を見ちまってさ」


「嫌な夢だな……」


「まったくだ……はぁ」


いつの間にか、ため息は猟師たちの間を伝染していった。

快晴にも関わらず、誰もが不安げな表情を浮かべていた。




その中に、いつまでもため息病にかからない若く美しい少年が混じっていた。

金色の髪をゆらゆらと潮風になびかせている。

その様はまさに、天使のようだった。

丸みを帯びた犬耳を生やしている。

彼は漁師には見えない服を着ている。

皺一つない綺麗で上品な服だ。

少年の傍には、白髪の女性騎士がいた。

白髪ではあるが、若く美しく顔立ちだ。

頭には小さな龍の角を生やしている。

少年の隣で、腕を組んで目を閉じて、耳を澄ませて波の音に聞き入るように佇んでいる。


口に咥えた海産物の乾物を取り除けば、一枚絵になりそうなくらいの美しい少年だ。

細切りにした酒のツマミの乾物を、実に旨そうに食べている。



「モグモグ…..にゅはぁ……今日の海はとても美しい」


少年は目を細め、ぼんやりと海を眺めていた。

海原に向かって送った言葉を聞き取れる者は、側に座る漁師一人しかいなかった。

漁師も乾物を噛みながら、海を眺めている。

漁師は小さな小袋から、乾物を取り出し、二つに引き裂いて少年に渡した。


「これは売れるぞ、間違いない」


「酒のツマミで満腹になってしまいますよ?」


「む?ああ、味見のつもりが止まらなくなっていたよ」


「こんな場所で勉強をサボってて良いのですか?アレン王子様」


漁師の老人は女騎士と少年を交互に見つめ、心配そうに話しかけた。


「サボっていませんよ、海を学んでいるのです…….波模様や風の香り……海の機嫌を読み取っているのです」


アレンと呼ばれた王子は、ニコリと微笑み返した。

漁師は釣られて笑った。

しかし、耳から入ってきた言葉が引っかかってしまったようだ。

すこし眉を曲げて、王子に言葉を返した。


「……王子、学ぶならば眺めるだけではなく海に出なければなりません、ここからでは海の浅瀬の事しか分かりませんよ」


「……ふむ……浅瀬を学び、理解するだけでは足りませぬか?」


漁師は確信を持って、深く頷いた。


「例えるならば……海は女子の心と同じです……お言葉ですが王子……顔を見て心を読んだ気になっていると痛い目に合いますぞ」


アレンは漁師の言葉を聞いて、くりくりした目をさらに丸くした。

瞳は日差しを吸い込んだ海原の乱反射を写し込んで、キラキラ輝いている。

好奇心が噴火してあっという間に表情に現れた。


「おお!ならば深く潜り込んで理解を深めるのみですね!」


アレンはズバッと立ち上がり、上着を脱ぎ捨てて海に飛び込もうとした。

間髪入れずに、女騎士がアレンの襟首を掴み止めた。


「王子、突発的な行動はおやめください」


女騎士のザウは目を閉じたまま、アレンをなだめた。

アレンは宙ぶらりんの状態でザウの顔を見た。

唇を尖らせて、少し不満そうな顔だ。


「ザウ、海の理解を深めてはダメか?」


「ダメとは言いませんが、今潜って学ぶ必要はありません……時間もありません、お忘れですか?」


「思い出した、父上と母上に呼ばれていたのだったな……貴重な意見をありがとう漁師さん」


アレン王子は漁師に深々と頭を下げた。

ザウは漁師に一礼して、呑気な王子の首根っこを掴んだまま歩いた。


「しっかりと民の声を聞いてくれる……将来は良い王になるだろうな」


「ああ、違いない」


「牛の神もあの笑顔を見れば心穏やかになるかもな……」


「それは、どうだかな……」


漁師達は王子の愛らしさに微笑みつつ、タバコをふかし続けた。

アレンはザウに肩で担がれながら、だんだんと遠去かる広い広い海原を眺めていた。

防波堤から離れても穏やかな海の景色は変わらない。


「ザウ、お前にも見せてやりたいよ……この景色を」


ザウは目を閉じたまま歩いていた。

杖も使わずに、小さな地面の凸凹にも躓かずに歩いている。

ザウはアレンの言葉を聞いて、嬉しそうに口元を綻ばせた。


「私は波の音だけで十分です」


「改めて思うが…..目が見えないというのは辛いものだろうね、ザウ」


「そうでもありませんよ」


二人は港町の大通りに入った。

大通りから少し視点を上げれば、サアールの王城を遠くに見ることができる。

市場を通り、丘の上にある城を目指した。

獣車を使えばあっという間に着くが、歩くとなるとそれなりに時間がかかる距離だ。

王子ならば専属の獣車がいて当たり前なのだが、アレンはどこへでも自分の足で向かいたがる。

側近の者にとって"面倒くさい性格"の王子なのだ。

というわけで、街を散策する際は基本は、徒歩での移動になる。


「さぁて、散策も兼ねて近道をしましょう」


ザウは城に向かう道を考え、複雑に入り組んだ新市街地を選んだ。

海辺の一部を埋め立てて作られた新市街地はまだ開拓されて間もない。

真新しい石造の建物や神獣を模した石造が建てられている。

作りかけの建物の周りには足場が組まれている。

大工しの職人たちが休憩している間、渡鳥の群れも足場に止まり羽を休めている。

街として華々しい見所はまだまだ未完成だ。

大通りを歩く人は、アレンとザウ以外に一人もいない。


「新しい区画が完成して、観光客がたくさん来てくれればいいな」


アレンはそう言いながらザウの肩から、ヒョイと降りた。

未完成の街を見渡して、ニッコリと笑った。


「国が潤えば、軍の方にも予算を回して欲しいものです」


「平和な我が国に、果たしてその選択は必要かな?」


「私は必要と感じています……牛の神が自由気ままに世界中の国を荒らしまわっている……という噂もあることですし」


アレンは、無い顎髭を弄ぶように撫でて、小さく唸った。

ほっそりした幼い少年の顎には、まだ髭が生える気配すらない。

犬耳がくすぐったそうに、ヒョコヒョコと小刻みに動いている。

今、サアールの中で小さな噂が広まっていた。


牛の神、ヴェゼールが軍を引き連れて略奪繰り返している……と。

きっかけの話はサアールを訪れた旅人達が持ち運んできた。

旅人が運んでくる他国の噂話は大抵、本当かどうか分からない玉石混合のものである。

物騒な噂が広まり、少しだけ国内の雰囲気が曇り始めている。



「あえて武力を持たない事で、平和を示せると思っているぞ」


「……それが王子のお考えですか」


「ああ、建国から今に至るまで戦争をした事がない王国の、王子としての考えだ」


二人は円形の広場を通った。

豪華な噴水が建てられている。

噴水の中央には巨大な錨の石造が置かれている。

ベンチに腰掛けて、思い思いに楽しい時間を過ごしている。

広場を過ぎて、石階段を登っていると、鍛冶屋の集まる通りに出た。

漁師道具や槍や鎌などが飾られている。

刃物は漁師が使う包丁ばかりで、刃渡りの長い剣を飾っている店はない。

アレンは店頭に飾られた包丁を見つめた。


「ザウ……懸命に磨いた剣の腕、田舎王子がその腕を振るう機会はあると思うか?」


鼻息荒く尋ねるアレン。

ザウは腰に携えた直刀の鞘を撫でた。


「おやおや?……先程の意見と矛盾してしまいますね?腕を振るいたいのですか」


「それとこれとは別だ!達人のお前に剣を教えてもらったのだ、ビュンビュン振るいたい!」


アレンは道の真ん中に落ちていた木棒を拾い上げ、ヒュンヒュンと振り回した。


「いつか機会はあるでしょうが、神ではない私にはその時を予知できませんよ」


「勇猛果敢に戦いたい!!」


周囲の空気を相手にして大立ち回りを繰り出すアレン。

ザウは口元を手で隠しながらクスクスと笑った。


「それが……貴方様の本心ですか」


「もちろんだ!」


握りしめた枝の先が鞭のようにしなる。



アレンは枝を空に放り投げた。

枝はくるくると回りながら、放物線を描いて地上に落下した。

落下した石段の上に女の子が座っていた。

港町を歩くには合わない、紋様の刻まれた民族衣装を着ている。

巫女のような姿をしているが、簡易的な鎧も身に付けている。

猛禽類の頭のような兜を被り、口元より上は仮面で隠れている。

表情は読み取れない。

鳥の羽で飾り付けられた立髪が潮風揺れている。


「おや…あれは弦楽器か?」


アレンは目を細めた。

その女の子は弦楽器のギターを携え、身体を小さく揺らしながら演奏していた。

小君良い音に吸い寄せられるように、アレンは女の子に近づいた。


「貴女は良い奏者だな…変わった服だ……どこの国の子かな?」


「……」


華奢な女の子は、首を横に動かす事もなく、黙って演奏を続けている。

「また会えたら、ゆっくりと聴かせてくださいね」

アレンは小さく会釈をして、女の子の前を通り過ぎた。


「……」


かき鳴らすように、演奏を続ける女の子。

少し首を動かして、アレンとザウの背中を見た。

二人が石段を登っていくの見ながら、演奏を続ける。

二人が遠く離れたのを確認してから、口を開いた。


「……唄も歌おうか…」


少女はそよ風が吹くような、小さな声でそう言って、弦でかき鳴らすように演奏を始めた。

女の子の上空には、三羽の鳥が飛んでいた。



登場人物紹介


[アレン]

サアール王国の王子。

犬耳を生やした美しく活発な性格の17歳の少年。

のんびり屋のように見えるが、いざとなれば勇気ある行動ができる。

泳ぐのが大の得意で、遠泳に出たまま2日帰らない事もある。



[ザウ]

アレンに仕える側近の女剣士。

龍の国の生まれであり、頭に龍のツノが生えている。

とある戦いにより目が見えなくなってしまった。

盲目であるにもかかわらず、剣の腕は一流、魔術にも精通し、射撃の腕前も大陸一。

アレンにとっては姉のような存在である。





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