たぬきの経済観念は?
ー『デセルト布団店』の支店長の独り言ー
ある日、突然の転勤命令が来た。
正直、嫌だと言いたかった。
首都での暮らしに慣れたところだったし。
実家に近いという理由だけで、あんなど田舎の支店に転勤なんて怒りたかった。
だが、『デセルト布団店』に就職出来てのは人生最大の幸運だった。
だから、当然答えは「はい。精一杯頑張って参ります」だ。
はぁ。
このブーラカ街は、首都から5日の距離にある。
割と近い。
なのに、極端に人が少なく寂れた街だ。
それもこれも、あの『ゲランバの森』が近くにあるせいだった。
だから、ど田舎と呼ばれるんだ。
支店開店の準備は、全て本店の方々と何故かギルドの護衛隊の力添えにより着々と進んでいた。
品揃えも店員の数も驚きのボリュームで、支店長を任された俺は戸惑いを隠せずにいた。
開店の当日、本店から送り込まれた偉い人は皆にこう言った。
「ココはこれから見た事もないスピードで大きな店となる。
それだけの需要があるからだ。
だが、その需要を生かせるかは君たち次第だ。
心して頼みたい」
そんな言葉も上の空になりそうな、人通りのなさ。
初日のお客様は、五人。
売り上げは、ゼロだった。
あまりに売れない日々が続いて、いよいよコレはクビの前触れかとビクビクしていた時、あの客が来た。
そして、全ては変わっていったんだ。
ーたぬき視点ー
立派な店だったよ。
こんな店にたぬき入店OKなの?
あ、オヤジがズンズン進むし。
「タヌキ、コレを見てみろ。
お前の風呂上がりにいいだろう?」
オヤジーー!!!
その立派過ぎるタオルをま・さ・か。
たぬきの風呂上がり用にする気か!!
「ふむ。この店は本当に安いな。
タヌキ気に入らないのか?
じゃあコッチを」「気に入りますーーー!!
たぬきだから。毛皮とか着てるし心配ないから!」
はぁはぁ…。
つ、疲れる。
どんどん高級品志向になるなんて。
将来設計が不安なオヤジだな。
ガイは、大切に!!
「ワッハッハ。
ありえねぇーーー。パパラヌが経済観念の説教するとか。マジかーー!!痛!!」
オヤジの鉄拳がダラさんの頭上に落ちましたよ。
懲りない…いや、もしやマジでマゾなのか?
「たぬき、すまん。
米を探していたんだったよな。
横道に逸れたな。
店主、米はあるか?」
は!
いつの間に、いたんだ店主さん?
ニコニコした人だな。
そうか、オヤジは上得意様なんだな。
あの毛布…か。
不味いぞ。米もまた、暴走するんじゃ?!
オヤジ。
アレ?
オヤジ三号か?
オヤジ三人で睨み合い?
新しい三号は、どちら様かな。
「タヌキ、単なる別の客だ。
さあ、知らない人には挨拶しちゃいけないよ。
行こう」
圧が…三方向から?!
「お久しぶりです。
御壮健そうなご様子。幸いでございます」
嫌そうなオヤジ。
かなり露骨だけど、全くメゲずに笑顔満面の強者がココにいた!!
三号…は!
まさかのオヤジのこ、こ、恋人??
「ぷっはーー!!
ザルゼよ、よかったな、恋人だってよ。
憧れの人だもんな」
あ、鉄拳制裁が2発!!
左右から同時で、ダラさんはノックアウトでは?
「ハエは退治終了だ。
そこの人も、他人に構ってないで買い物しなさい」
「はい!」
直立不動で返事する場面だったか?
今の質問…。
三号さん…凄く嬉しそうだな。
オヤジは、安定の無視なのに…。
その後、店主さんのオススメをドンドン聞いたオヤジは鍋釜から皿まで。
果ては、調理器具一式まで米と一緒に買い込んでいた。
オヤジの買い物のスキルに、心臓がバクバクするわ。
ヤバい仕事する羽目になっちゃうな。
た、頼み事は厳禁だー!
やっと、家に帰ってオヤジに礼を言おうと振り向くと。
初めて見る満面の笑みのオヤジ…。
「初めて、楽しくガイを使ったな。
こんな風な生活もあるんだな…」
呟いて一言。
「タヌキ、楽しかったな。ありがとう」
「こちらこそ…」
俺は、そっとそう言うと俯いた。
たぬきの顔って、赤くなるのかなぁ。
恩返しが更に遠のいたけど…いい一日だったな…。
さぁ、明日こそ米を炊くぞーー!!