第6話 葬儀
夜が更けると雨はあがった。
狂戦士と化して暴れたため、身体中が何とも言えない倦怠感に支配され、あちこちの筋肉が激しい痛みを訴えていた。
俺は革鎧姿のまま、邑の中央に設けられた広場に立っていた。
俺だけでなく、邑中の人間が広場に集まっていた。
そこかしこに篝火がたかれ、広場の周辺だけ夜とは思えない明るさだ。
広場の中央には巨大な塔が立っており、幅は人間の背丈の数倍だったが、高さは尋常ではなかった。
地上の篝火が照らす範囲に頂きは見えず、天に向かってどこまでも伸びていた。
色は灰色で俺にはよくわからない素材でできている。
石のようでもあるが光沢があり、色にムラが無かった。
塔の一番下、地面から石造りの階段を五段ほど上がったところに、滑らかで鏡のようにきれいな金属で作られた大きな扉が二つあった。
一つの扉は開いており、一つの扉は閉じていた。
扉の幅も高さも人間の背丈の二倍ほどで、扉の中は火も焚かれていないのに明るい。
そして扉の奥、小さな部屋の中央には白い木で作られた四角い棺が二つ安置されており、その周りを年齢も性別も異なる白い服の人たちが数人、しがみつくように取り囲んでいた。
「今年、これで何人目だ?」
「八人目だ」
低い声のささやきがどこからか聞こえた。
棺の中身は、先ほどの狩りで命を落とした二人の戦士のもので、棺の周囲で悲嘆にくれていたのはその遺族だった。
静かに涙を流す老夫婦、泣き喚く若い奥さんと小さな子供、鼻をすすっている中年の男、魂が抜けたように暗い顔の少女、悲しみは人それぞれだった。
棺の前、石段の一番上に、裾の長い白い祭祀用の服を着た頭髪のない大男が立っていた。
邑長だ。
邑長は俺たちに背を向けて頭を垂れ、棺に向かって何事かつぶやいていた。
アーロンほど背は高くないが、アーロンよりも胸板が厚く、肩幅も広い。
白くゆったりした袖からのぞく腕は棍棒のように太く、毛深く、色も黒く、祭祀用の服よりも皮鎧の方が似合いそうだ。
邑長は祈りの言葉をつぶやき終わると、こちらを振り返り石段を下りてきた。
眉が太く濃く、大きな眼で意志が強そうだ。
丸い顔には弛みがなく、ぎっしりと肉が詰まっているように感じられた。
邑長は石段を降りると群衆の最前列で背筋を伸ばして立っていたアーロンに声をかけた。
「鎧竜の解体作業には何人行っている?」
「二〇名ほどです」
アーロンは兜を小脇に抱えた革鎧姿だった。
色の濃い緑の頭髪は短く刈りあげられ、精悍さを際立たせていた。
「護衛の戦士はつけているのか?」
「槍隊と弓隊から五名づつ」
アーロンは低くよく響く声で簡潔に答えた。堂々とした受け答えだ。
城壁の向こう側では先ほど仕留めた鎧竜の肉や革を採取する解体作業が行われていた。
邑長が石段を降りて来たタイミングを見計らって、石段の右側に待機していた白いロングドレス姿の若い女性が十名、石段に向かって優雅な動きで移動しはじめた。
そして、五名づつ棺の左右に分かれ、一つの段に一人づつ立って、こちらに顔を向けた。
これから死者の魂を鎮める歌を歌うのだ。
「こっち、空いてるじゃないか」
俺は、群衆の左端の前の方に立っていた。
女性たちの歌を間近で聴こうと後ろの方から革鎧姿のニキビ面の男が群衆をかき分けて俺の横に現れた。そのあとを同じく革鎧姿の顎のとがった男が追いかけてきた。
「おい」
顎のとがった男が俺に気付き、ニキビ面の男に目で合図をした。
「狂戦士……」
「あっちに行こう」
男たちは慌てて踵を返した。
こうして、俺の周りには人の密度が薄いエリアが出来上がっていた。
「ねえ、ヨシュアにいちゃん」
俺の腰のあたりから声が聞こえた。
視線を下ろすと、俺を見上げている隣の家のレメクの姿が目に入った。
身体が弱く今日も臥せっているレメクの母親は俺を信用しているらしい。
レメクの夜の外出のお供を俺に任せていた。
そして、俺の親父は身体が悪いわけでもないのに、こうした場に姿を現すことはなかった。
「バベルのとうのてっぺんにはヴァルハラがあるってホント?」
「ああ」
葬儀中のおしゃべりは如何なものかと思いながら、俺はレメクに言葉を返した。
邑の中央の塔は『バベルの塔』と呼ばれていた。
なぜそんな名前なのかは俺は知らない。
「しんだひとは、みんなヴァルハラにいくの?」
「ヴァルハラは、勇敢な戦士や、働き者、無垢な子供たちが死後に住まう国だ」
俺たちは、そう信じ、実際に塔の内部を上下するゴンドラに遺体を乗せ、空に送っていた。
「あのゴンドラにのれば、しんだおとうさんにあえるかな」
俺は思わずレメクの顔を見た。
幼い顔は真偽の定かでない言い伝えを信じており大きな瞳は篝火の炎を映して輝いていた。
レメクは物心つく前に父親を竜に殺されていた。
母親を竜に殺された俺と父親を竜に殺されたレメク、俺たち二人は似たような境遇だった。
「ゴンドラに乗っていいのは神様と死者だけだ」
「こっそりのったら?」
「生きている人間が乗っているとゴンドラは動かない。多くの人間が試したが、だめだった。きっと、神様はすべてお見通しなんだよ」
〈俺も母親に会うために試したが、ダメだったんだよ、レメク〉
俺とレメクがおしゃべりをしている間に、白いロングドレスの女性たちによる鎮魂歌の合唱が始まった。
「かみさまって、どんなひと?」
合唱が始まってもレメクのおしゃべりは止まらなかった。
「神様は自分たちの姿に似せて俺たちを創ったそうだ」
どうやって創ったのかまでは俺は知らない。
「この地上の生き物は竜にしろ虫にしろ、みんな六本の手足を持っているだろ。俺たち人間の手足だけが四本なのは、神様も二本の手と二本の足を持っているかららしい」
「じゃあ、ぼくたちにそっくりなの?」
「大体ね。でも、神様は背が高く、スタイルがよく、皆、美しいそうだ。そして、心も清らかで我々が幸せになれるようにいつも空の彼方から見守っていてくれる。おまけに、不思議な力を持っていて、我々の何倍も長生きだそうだ」
自分で言いながら内心では釈然としない想いに囚われていた。
〈なら何で人は竜に殺される! 何で神は俺たちを助けてくれないんだ!〉
「じゃあ、かみさまって、あのおねえちゃんみたいなかんじかなあ?」
レメクが指さしたのは、鎮魂歌を歌っている女性のうち右側の一番上の段にいた髪の長い女性だった。
緑色の髪は腰までの長さで美しいつやがあり、肌は健康的な小麦色、手足が長く、ウェストが細く、胸は豊かだった。
そして、すっきりした卵型の輪郭で、目鼻立ちが整い、優しい目をしていた。
メトセラの婚約者イザベルだ。
「そうだな」
彼女は美人で評判だった。
メトセラも目鼻立ちが整っており美男美女の似合いのカップルだ。
〈それに比べて〉
俺は頬に刻まれた醜い傷をそっと撫でた。
他の部分と異なる肌の感触を感じながら、ふと、レメクの知識を訂正する必要があることに気が付いた。
「ただ、神様は髪の毛も瞳も金色で、俺たちみたいに緑色じゃないらしいぞ」
「ふ~ん、きんいろなんだ。きれいだね」
鎮魂歌の合唱が終わった。
「お別れだ」
邑長が儀式の終了を宣言した。
棺に取りすがっていた男女は、白いロングドレスの女性たちに促されゴンドラから降りた。
メトセラの婚約者イザベルは、泣き喚く小さな子供の頭を優しく撫で、抱きかかえるように棺から引き離していた。
ゴンドラから生ける者がすべて降りると、邑長がゆっくりと石段をのぼり、ゴンドラの扉の横につけられた銀色のボタンを押した。
『扉が閉まります。御注意ください』
どこからか、優しい女性の声が聞こえ、ゴンドラの扉がゆっくりと閉じられた。
塔に住まう精霊の声、皆はそう信じている。
扉にすがりつく子供を気にもとめないのか、バベルの塔は不思議なうなりをあげ始めた。
ゴンドラが塔の中を上昇しているのだ。
葬儀は終わった。
遺族たちは親類や近所の人たちに慰められながら塔の前の石段を下り、広場を後にした。
俺たち参列者は、そんな彼らの後姿をその場で見送った。
やがて遺族たちは広場の篝火の照らす範囲から見えなくなった。
ゴンドラの上昇する音は小さくなり、バベルの塔は静寂を取り戻すはずだった。
しかし、音は小さくなるどころか、だんだん大きくなっていた。
別のゴンドラが降りてくるらしい。
それ自体は珍しいことではなかった。
逆に地上にゴンドラがないと困る。
新たな遺体をヴァルハラに送るためには空のゴンドラが必要だったからだ。
葬儀に参列していた邑人たちは、うなりをあげる塔に注意を払わず広場を後にし始めた。
鎮魂歌を歌っていた女性たちも広場から去りはじめた。
「ヨシュアにいちゃん、かえらないの?」
レメクが俺の黒いズボンの腿の辺りを引っ張った。
「ああ」
そう答えたものの、俺は何故かゴンドラが気になって、バベルの塔を見つめていた。
やがて、ゴンドラのうなりは収まり静かになった。
「おい、何だあれは」
バベルの塔を見つめていたのは俺だけではなかったらしい。
どこからか野太い声が聞こえてきた。
ゴンドラの扉が開くと、無人であるはずのゴンドラの中に『何か』がいた。
帰りかけていた邑人たちが異変に気付き、ざわつき始めた。
「ゴンドラに何かいるぞ!」
「人間じゃあないのか?」
「あんな格好の人間見たことないぞ!」
「人間じゃなかったら何なんだ!」
「ひょっとして神さま?」
ゴンドラから現れたのは球形のガラスの被り物で頭を覆い、ぴったりと体に密着した銀色のつなぎの服を着た一人の……おそらく人間だった。
しかも、丸みを帯びた腰のラインが女性であることを主張していた。
しかし、残念なことに胸のあたりは少年の様だった。
小柄だし、まだ、子供なのかもしれない。
武器の類は身に着けていないようだったが、足元には細長い箱のような黒い金属製の鞄が置いてあった。




