第4話 鎧竜
俺たちは鉄材で補強された木製の城門を通り、丸太を連ねて作った跳ね橋を踏み鳴らしながら堀を渡った。
夕闇が迫る曇り空の下、どんよりと空気が淀み、青臭いにおいが漂っていた。
俺たちは背の高いトウキビをかき分けて、小走りで移動し、鎧竜を遠巻きに取り囲んだ。
「突撃隊はヨシュアを先頭に楔形陣形を組む! ヨシュア、号令を!」
「集合!」
俺は右手の拳を天に向かって高く突き上げ、声を響かせた。
先頭を指名されたのは初めてのことではなかったが、アーロンの指名はとても誇らしく、何度指名されても胸が熱くなった。
アーロンは駝竜を操り、俺の少し後ろに回り込んだ。
剣を携えた男たちは俺を鋭角三角形の頂点にするように素早く隊列を整えていった。
俺たちの正面には巨大な鎧竜がいて、ゴツゴツした突起のついた棍棒のような尻尾がよく見えた。
鎧竜のさらに向こうは俺たちが先程まで立っていた茶褐色のレンガ造りの城壁だった。
俺たち剣を持った突撃隊が隊列を整え終わるころには、槍や弓矢を携えた者たちも鎧竜の左右に展開し終わった。
両翼の部隊とも、前列に槍ぶすまを形成し、後列には弓を構えた者たちが並んだ。
鎧竜を左右どちらにも逃がさないようにする布陣だ。
「なんであんな小柄な奴が先頭なんだ? アーロンじゃないのか」
わざと聞こえるように言っているとしか思えない声が後ろから聞こえてきた。
声の主に心当たりはなかった。
「弓隊から異動してきたばかりじゃ知らないのも無理はないか。あいつが『双剣の狂戦士』だ」
「あいつが!」
その二つ名は俺にとって誇らしいものではなかった。
なぜなら、尊敬や畏怖よりも蔑みと憎悪の感情を込めて語られることが多かったからだ。
「俺なんか、あいつの戦いに巻き込まれて左肩を十五針も縫ったんだぞ、これがそのときの傷だ、見てみ」
その調子のいい声には聞き覚えがあった。
以前の狩りで恐怖で立ちすくみ、味方の邪魔になっていた奴だ。
「ひどい目にあったのは俺だけじゃない。あいつなんか危うく鈎爪竜ごと串刺しにされそうになったんだぜ」
俺は振り返って睨んだりせず、ただ奥歯をかみしめた。すべて事実だったからだ。
「話には聞いたことがあるが、奴は獲物と人間の区別もつかないのか?」
「頭に血が上ると見境がなくなるらしい。どうだ、それでもあいつの前で戦いたいか?」
「いや、遠慮しておく、後ろでいい」
俺は、周囲から疎まれていた。
しかし、アーロンは俺を認めてくれていた。
先頭を任されているのはその証拠だ。
そして、いつも狩りが終わると、アーロンだけは俺に称賛と労いの言葉をかけてくれた。
「右翼、左翼の両部隊、矢を射かけろ!」
アーロンの良く通る低い声が響いた。
左右の部隊から鎧竜に向かって次々に矢が放たれた。
突撃隊の先頭にいた俺にはその様子がよく見えた。
右翼、左翼とも、戦士の人数は百人を超えているだろう。
百本を超える矢が鎧竜に襲い掛かった。
しかし、『鎧』と表現される頑丈な皮膚に跳ね返され、矢が刺さることはなかった。
「鎧竜に矢は無理か……」
背後で、そんなつぶやきが聞こえた直後、俺の聴覚は、それまでとは違う鋭い矢うなりをとらえた。
明らかに他とは勢いの違う矢が左から鎧竜に突き刺さった。
鎧竜は苦しげに甲高いうめき声をあげた。
そして、ゴツゴツした棍棒のような尾を激しく振り回した。
「弓隊の隊長ラバンの矢か?」
「いや、左翼だからラバンじゃない。多分、イサークだ」
さっき、俺が先頭にいることに不満を漏らした男の声だった。
再び鋭い矢うなりが聞こえた。
俺は射手を探した。
居た。
他とは違う勢いの矢を射ていたのは背の高い痩せた男だった。
目が細く、兜は被っておらず、長い髪を後ろで一つに束ねていた。
鎧竜は自分に突き刺さるイサークの矢を嫌って右へ逃げようとした。
そこへイサークの矢と同じようなうなりをあげ右から飛来した矢が鎧竜に突き刺さった。
「ラバンだ!」
小柄だが肩幅の広い厳つい顔の初老の男が、イサーク同様威力のある矢を射ていた。
鎧竜は苦悶のうめきをあげ、棍棒のような尾を激しく振り回し、右に左に向きを変えた。
両翼の戦士たちに動揺が走った。
槍を突き出して鎧竜を威嚇する者もいれば、強烈な尾の一撃を恐れて後退する者もいた。
鎧竜の尾の一撃が命中すれば、良くて骨折、悪ければ即死、それくらい威力があるからだ。
「メトセラ、下がらせるな!」
後退した者の多い左翼の動きをアーロンが見咎めた。
別に左翼のリーダーであるメトセラ自身が後退したわけではなかった。
彼は優しげな顔に必死の形相を浮かべ、槍の穂先を鎧竜に向けながら、周りを鼓舞するように何事か叫んでいた。
しかし、左翼全体としては今一つ士気が上がっていなかった。
「邑長はメトセラを総隊長にしたいらしいな」
「自分の息子だからか? 親バカだな」
また後ろで声がした。
さっきの奴らだ。無駄口が多い。
しかも他人を悪く言う話ばかりだ。
緊張を紛らわせるためなのだろうが俺は気分が悪くなった。
振り返って、どんな顔なのか拝んでやろうかと思ったがやめた。
左右から矢を射かけられ、パニックに陥った鎧竜がこちらに顔を向けたからだ。
意外と小さい頭は兜を被ったような顔だった。
怒りに燃える鎧竜の小さな目が俺の視線と交錯した。
「突撃!」
背後でアーロンの声が聞こえ、俺は化け物じみた咆哮をあげた。
身体の前で両腕を交差し、左右の剣を一気に引き抜いた。
両腕を大きく広げ、鎧竜を睨みつけ、突進した。
鎧竜の眼に怯えの色が浮かび、巨体に似合わない素早さで回れ右をした。
一瞬遅れで棍棒のような尾が、うなりをあげて襲ってきた、
「ちっ!」
俺は地に伏せるように姿勢を低くした。
後頭部を凶悪な鈍器が巻き起こした風が吹き抜けた。
背後で固いものの衝突音が聞こえ、人の呻きと地響きが伝わってきた。
何人かなぎ倒されたようだ。
俺は振り返らずに突進し、高く飛び上がって鎧竜の背中に飛び乗った。
尾に近い場所だ。
鎧竜は低い唸り声をあげると、身体をゆすって俺を振り落そうとした。
俺は倒れこみながら両手の剣を鎧竜の背中に突き立てた。
硬い手ごたえだったが何とか突き刺すことに成功した。
鎧竜は激しく苦悶の声をあげた。
鎧竜が激しく暴れ、俺は振り落とされないように必死に剣を握りしめた。
「総隊長!」
誰かの声が聞こえ、俺は剣を握りしめたまま、後ろを振り返った。
見ると駝竜の背から飛び降りたアーロンが、長大な剣を抜き放ちながら鎧竜の身体の下に姿を消すところだった。
「!」
鎧竜の巨大な身体の下敷きになり圧し潰されれば確実に死ぬ。
俺の背筋に冷たいものが流れた。
次の瞬間、鎧竜は今までとは明らかに異なる叫び声をあげた。
振り回していた尾の動きを止め、猛然と走り始めた。正面は深い堀だ。
「総員かかれ!」
鎧竜の陰から返り血を浴びたアーロンが姿を現した。
恐らく皮膚の柔らかい腹側を切り裂いたのだろう。
戦士たちは雄たけびを上げ、逃げる鎧竜を激しく追い立てた。
俺は必死で鎧竜の背中にしがみついていた。
しかし、激しい上下動で突き刺していた剣が抜け、俺は鎧竜の背中から放り出された。
激しく頭がシェイクされ、衝撃で舌を噛みそうになった。
受け身をとりながら勢いあまって地面を転がっていると、鎧竜を追って突進する戦士たちに踏みつぶされそうになった。
鎧竜は止まることができず、堀に落ちて派手に水しぶきをあげた。
戦士たちは歓声を上げ、大量の水が豪雨のように俺たちに降り注いだ。




