第2話 出動
鐘が遠くで鳴っていた。激しく、そして一定のリズムを刻みながら。
部屋の中は蒸し暑い空気で満たされ、俺はじっとりと汗ばんでいた。
俺は草を編んで作ったくすんだ色の壁に視線を向け、そこに掛けられた赤黒い鎧を見て気分が暗くなった。
しかし、鎧を着ないことには仕事にならない。
子供ではないので嫌だの何だのと言ってはいられない。
俺はしぶしぶ黒い麻のシャツの上に鎧を着けはじめた。
鎧は革製で軽く通気性がいいはずだったが、風がなければ暑いことに変わりはなかった。
ゴツゴツとした革本来が持つ突起を表面に浮かべた鎧は、胴体を守るためのものだった。
俺は、手足をガードするために鎧と同じ色の革製の腕当てや脛当てをさらに身に着け、汗が垂れて目に入らないように赤い鉢巻を額に巻いた。
身体中から汗が噴き出した。
キチンと鎧が装着できているかどうか、壁にかけられた細長い姿見で確認した。
特に問題はなく、青緑の髪に赤い鉢巻がよく映えていた。
赤黒い鎧の隙間から覗く黒い麻のシャツやズボンも戦士の装いとしては申し分なかった。
服や鎧に不満はなかったが、自分の顔は気に入らなかった。
色艶の悪いくすんだ肌、眠そうな眼、細い眉、耳の付け根から口元まで走る深く醜い傷。
力強さも精悍さも美しさも、その顔からは感じられなかった。
俺は奥歯をかみしめながら、壁に掛けられていた二振りの剣に手を伸ばし、鎧の左右の腰のあたりに設けられた金具に取り付けた。
剣は二振りとも黒い拵えで、鞘は木製、柄には組み紐を巻いて滑り止めにしていた。
刃渡りは腕の長さよりも少し短く、柄は握り拳の幅を少し上回る程度の長さで、片手で振り回すことを前提にしていた。
装備を確認し終わると、俺は姿見の中の自分を睨みつけ、威嚇するように食いしばった歯の間から激しく息を吐き出した。
「気をつけろよ」
足音荒く戸口に向かうと、背中から親父の声が追いかけてきた。
低くかすれた艶のない声だ。
年寄りでもないのに戦士としての勤めを果たさない父親に対し、嫌悪や侮蔑、軽い苛立ちといった負の感情が複雑に絡み合って俺の胸に沸き上がった。
俺は振り返らず、何も言わず、節の目立つ淡い色合いの木の扉を開けて外に出た。
外の空気は湿気にあふれていた。
空には黒い雲が広がり太陽の輝きを遮っていた。スコールが来そうだ。
周囲には俺の家と同じように巨大な植物の葉で屋根を葺いた高床式の家が並んでいた。
玄関は地面から人の背丈の倍ほどの高さにあり、簡素な木の梯子で地面と繋がれていた。
素早く梯子を降りると、地表にはかぐわしいとは言えないにおいが淀んでいた。
家の床下は巨大な檻になっていて、俺より二回りほど大きい『駝竜』と呼ばれる生き物が一匹、二本脚で立って、もぐもぐと口元を動かしていた。
四本の貧弱な前脚と強靭な二本の後ろ脚を持つその生き物は、全体的には濃い緑色で、ほっそりしているくせに筋肉質、上半身と同じくらいの長さの尻尾が上半身とバランスをとるように地上から浮き上がり、ゆっくりと左右に揺れていた。
頭は人間よりも大きく、口元からのぞく歯は植物をすりつぶすための平たい臼歯だった。
駝竜は、人を乗せ、荷を運び、卵や肉は俺たちの食料になる大切な家畜だった。
駝竜は俺を見つけると低い声を漏らし、尾を振った。
威嚇しているのではない。甘えているのだ。しかし構っている暇はなかった。
「またな」
俺は駝竜に背を向けて歩き始めようとした。
すると右手から耳ざわりな虫の羽音と人の喚き声が聞こえ、小さな子供が俺の方に駆けてきた。
俺の腰くらいの身長しかない黄色い丸首シャツと白い半ズボンの子どもを、人間の赤ん坊ほどの大きさの『セグロヤンマ』が追いかけていた。
セグロヤンマは黄色と黒の縞模様で、駝竜と同じく六本足で透明な羽が四枚生えていた。
その羽が派手な音を立て、ホバリングしながら上下に舞っていた。
俺は足を止め、大きなモーションでセグロヤンマに殴りかかった。
セグロヤンマは巨大な複眼を首ごと動かし、急上昇して俺の攻撃をかわすと、俺の家の屋根の向こうへと飛び去った。
「セグロヤンマは、ツルギバチやアカサソリなんかと違って噛みついたり刺したりしないぞ。騒ぐなよ」
俺は、足元にしがみついている小さな男の子の頭に手を乗せると、優しくなでた。
「だって、きもちわるいんだもん」
俺のことを涙目で見上げる男の子は俺と違って整った顔立ちで、醜い傷もなく、健康的に日焼けしていた。
緑色の髪の毛はつややかで、肩に触れない程度の長さにきれいに切りそろえられていた。
「そんなんじゃ勇敢な戦士になれないぞ。レメクくん」
俺はしゃがんで男の子の眼をじっと見つめ、軽く笑みを浮かべた。
俺の笑顔につられるように、レメクは輝く笑顔を浮かべた。
俺は軽くうなづいて立ち上がり、レメクに背を向けた。
「ヨシュアにいちゃん! がんばってね」
歩き出そうとした俺にレメクが後ろから声をかけた。
俺は立ち止まらず、後ろに向かって軽く手を振った。




