第18話 見張
「さて、夜の見張だが、最初は俺とイサークがやる」
夜が更けてアーロンはそう宣言した。
剣使いと弓使い、近距離攻撃と遠距離攻撃という妥当な組み合わせだった。
ちなみに小さな竜はあまり美味しくはなかった。固く、筋が多く、嫌なにおいがした。
結局俺達も食べきることはできず残った分は森の土に埋めた。
「見張は夜中に交代する。交代後の組み合わせだが、本来は遠隔攻撃のできる者も投入すべきだが……」
アーロンはミリアムの方を向き言葉を濁した。
アーロンらしくなかった。
ヴァルハラの住民で尚且つ女性ということで多少遠慮しているのだろうか。
「自分とヨシュアの組でいいんじゃないでしょうか?」
メトセラがそう申し出たが、ミリアムは激しく首を振った。
「大丈夫よ、特別扱いしなくても」
「そうか、ではお願いする。ヨシュアと組んでくれ。どうも相性がいいようだからな」
アーロンはあくまでも戦闘での相性のことを言ったに過ぎないと思うが、俺は耳まで赤くなってしまった。
休めるときには休み、眠れる時には眠る。戦う者に求められる重要な要素だ。
俺たちは手の届く範囲に自分の武器を置き、横になった。
アーロンとイサークは火の回りから少し離れ、それぞれ別の方向を向いて周囲に目を凝らしていた。
これ以上はないコンビが見張りに立っている安心感から、俺はすぐに心地よい睡魔に襲われた。
「交代だ」
どれくらい時間が経ったのかわからないが、目を開くと焚火に照らされたアーロンの引き締まった表情があった。
「油断すんなよ」
イサークがそう言いながら、俺たちの方に近づいてきた。
少し離れたところで見張っていたらしい。
「ああ」
俺はけだるい身体に鞭を打って起き上がると周囲を見回した。
星がきれいな夜だった。
森はどこまでも黒く、そよ風に吹かれて微かに葉の擦れる音が聞こえてきた。
焚火の明かりが河原に横たわるメトセラやミリアムの姿をゆらゆらと照らしていた。
「おい、起きろよ」
イサークはミリアムにも遠慮がなかった。ミリアムの耳元で大きな声を出した。
しかし、反応したのはミリアムから少し離れたところで眠っていたメトセラの方だった。
「何か起きたのか?」
メトセラはすぐに傍らの槍を握った。
「いや、見張の交代だ」
イサークは渋い表情を浮かべた。
「起きなよ、ミリアム」
俺が肩を揺すると、ようやくミリアムは反応した。
「何?」
ミリアムは細く目を開け低い声を出した。完全に熟睡していたようだった。
船の中といい、慣れない環境でよく眠れるものだ。
「交代の時間だ」
俺も低い声で応えた。
「そうなんだ」
ミリアムは小さな欠伸をした。
「じゃあ俺たちは寝るからな。よろしく頼むぜ」
イサークはそういうと、すぐに横になった。
アーロンも黙って俺に向かってうなづくと横になった。
メトセラはすでに寝息をたてていた。
静かだった。
焚火が傍に立つミリアムの横顔を照らし、黒い瞳の中に赤い炎が躍っていた。
「太陽はどこにあるのかしら」
ミリアムは空を見上げていた。
星々の集う光の帯が夜空を横切っていた。
青白い星や赤い星、強く輝く星もあれば微かに瞬く星もあった。
夜空に輝くのはそうした星々で、太陽が輝くのは真昼の空だ。
「太陽は地平線の向こうじゃないか」
俺は手を伸ばせばミリアムに触れることのできる距離に佇み、不思議なことを言うミリアムの横顔を見つめていた。
「そうね」
何故かミリアムは寂しそうな表情を浮かべた。
ヴァルハラに住まう人間の考えていることは今一つよくわからない。
「あのさ、ヴァルハラって、どんなところ?」
今まで質問をしなかったのが不思議なくらい、それは誰もが興味を持っている疑問だった。
「そうね……」
ミリアムは夜空を見上げるのをやめ、俺に顔を向けた。
健康的な小麦色の肌ではないが、滑らかで柔らかそうな肌だった。
俺たちとは違う黒い髪も艶やかで、何とも不思議な雰囲気を醸し出していた。
大きな瞳は焚火の光のせいで、ますますその美しさを増していた。
「清潔で、安全で、暑さも寒さも感じない快適なところよ。でも息の詰まるところ。作り物の自然で自分たちを騙して暮らしているわ。生きている人間がいつまでも暮らしていい場所とは私は思わない」
ミリアムは淡々と答えた。
感情の起伏は感じられなかった。
俺にはミリアムの話は全くと言っていいほど理解できなかった。
「安全で快適ならそれで十分じゃないか」
俺たちは常に危険と隣り合わせで、暑さと不快な湿気に苦しめられていた。
「……ヴァルハラはね、仮の住まい、乗り物なのよ」
「乗り物?」
「そう。何十年、何百年と暮らすことのできるとても大きな乗り物、とても遠くまで旅することができるの……」
ミリアムの話は俺の想像の範囲を遥かに超えていた。
俺は何を質問していいのかもわからなかった。




