第13話 対立
航海は順調だった。風は爽やかで波は穏やかだった。
陸地はすでに見えなくなり周囲には深い色合いの青い海がどこまでも広がっていた。
ふと気が付くとミリアムは船べりで横になり、うたた寝を始めていた。
昨日は夜遅かったので疲れたのだろう。
ミリアムは仰向けで両手をおなかの上に置き、両膝を軽く曲げていた。
銀色のつなぎに包まれた身体はきれいなラインを描き、顔には小さな子供の様な無防備であどけない表情を浮かべていた。
軽く閉じられた薄いピンク色の唇はつややかで、とても柔らかそうだった。
〈何を考えているんだ俺は〉
ミリアムの唇に吸い込まれそうになった俺は軽く頭を振り、立ち上がった。
このままミリアムの寝顔を見つめていたい誘惑にかられたが、自分を抑えていられる自信がなくなった。
イサークは相変らず船の前の方で遠くを見つめており、ヨハンは帆柱の根元に座り込み、首を垂れて動かなかった。眠っているらしい。
俺は小屋の扉を開けた。
「一呼吸で礫十発ですか」
「あの女はそう言った」
小屋の中にはアーロンとメトセラとヒラムがいた。
ヒラムは舵を握り、アーロンとメトセラはミリアムの黒い鞄を挟んで立っていた。
駝竜が落ち着かない様子で低いうなり声をあげた。
「素晴らしい。これで鈎爪竜を恐れる必要はなくなりますね」
メトセラは目を輝かせた。
「もう一つの武器ももらうつもりでいるのか?」
アーロンがメトセラに鋭い視線を送った。
「この旅が無事終わったら頼んでみます。出来たら我々の手で作れるようになりたい」
「欲深なことだ。しかし、あの女の話では邑長に渡した武器と違って作るのが難しいらしい。ヴァルハラの武器だからな。下界の人間が創ってよいものか甚だ疑問だ」
アーロンは蔑むような視線をメトセラに送った。
俺は息が詰まりそうになった。
「それでも竜の被害が減ることを考えれば努力する価値はあると思います」
メトセラはアーロンの強い視線に負けずに言葉を続けた。
「努力か……鍛冶の腕前は上がるだろうな。剣も弓も腕前を磨くために努力するのが尊いのではないのか? 道具に頼って済ませればよいとは俺は思わん」
アーロンはメトセラに厳しい表情を送り、メトセラがさらに何か言おうとすると、それを制するようにメトセラに背を向け小屋の出口に向かった。
出口に佇んでいた俺とすれ違う時、アーロンの革鎧から強烈な圧力を感じた。
扉が閉まりアーロンがいなくなると、小屋の中の重苦しい空気が嘘のように軽くなった。
「噂通り、戦士の長っていうのはおっかねえな」
ヒラムが舵を握りながら軽口を叩いた。
メトセラは口元を結んで黙っていた。
「今のところ航海は順調ですね」
俺はメトセラに多少気を使い、話題を変えるべくヒラムに話しかけた。
「ああ、あんたらのお仲間が見張っていてくれてるみたいだが、海竜も現れないようだ」
ヒラムはよく日に焼けた顔にかすかな笑顔を浮かべた。
俺はこの時ようやくイサークが海を見つめている理由を悟った。
彼は何も言わず、やるべきことをやっていたのだ。
「その海竜って、どんな奴なんですか? 鈎爪竜みたいな感じですか?」
俺はイサークに軽い尊敬の念を抱きながら、頭に浮かんだ興味をヒラムにぶつけた。
「牙は鈎爪竜みたいだな。ただ全体の姿は魚みたいだ。大きさはこの船よりもでかい」
「そんなにですか?」
鎧竜よりも大きいということだ。
「ああ。あんたらは鈎爪竜や鎧竜を狩るらしいが、海竜は狩りの対象にはならねえ。でかすぎる」
確かに海竜の肉というのは食べたことがなかったし、牙や骨にもお目にかかったことはなかった。
「海竜に襲われたらどうするんですか?」
「基本逃げる。それしかねえ」
ヒラムは取り繕ったりせず正直に答えた。
「弓や槍で戦うことはできないんですか?」
「銛で突いても息の根は止められねえだろうな……だから沖に出るのは嫌だったんだよ。思い出させるな!」
ヒラムは少し不機嫌そうに俺を睨んだ。
どうやら余計なことを思い出させてしまったようだ。




