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第12話 航海

「そうだ。荷物をしまわなきゃ」

 ミリアムは少し離れた場所に置きっぱなしにしていた細長い金属製の鞄に近寄った。 

 『じゅう』が入っていた鞄だ。

 『じゅう』は邑長に渡したはずだが、まだ何か入っているのだろうか?

 鞄を持ち上げる彼女の腕は重そうだった。

「手伝おうか?」

「そお? じゃあ、あの小屋の中にお願い」

 ミリアムから鞄を受け取るとずっしりと重かった。

「中身は何だ?」

 俺とミリアムが小屋に入ろうとすると、入口に立っていたアーロンが話しかけてきた。

「アサルトライフル……自動小銃よ」

 また、ミリアムの口から聞いたことのない単語が飛び出した。

「『じゅう』ではないのか?」

「銃の一種よ。見る?」

 ミリアムの言葉に従うように俺は鞄を床に置き、ミリアムが鞄を開いた。

 そこには『じゅう』に比べ少し短い、ごてごてと色々な部品をつけた妙な形の金属製の道具が収まっていた。

「邑に置いていった武器とは違うようだが」

「これは作りが複雑だから、あなたたちがマネして造るにはハードルが高いと思ってね。お手本としては提供しなかったの」

「そっちの方が武器としては優れているのか?」

「連射が可能という点で優れているわ。でも下手に作ると銃弾がジャムって本来の力が発揮できなくなるから、最初に作るなら、せいぜいボルトアクションみたいな単発式の銃ね。私がヴェロキラプトル……じゃなくて鈎爪竜を狩るのに使ったやつ」

 相変わらず、言っていることがさっぱりわからなかった。

「連射というが、どの程度のレベルだ? 一呼吸の間に何発くらい礫を放てる?」

 アーロンは眉間にしわを寄せながら重ねて質問した。

「十発くらいかな」

「嘘だろ」

 俺は反射的に口走った。アーロンの眉も跳ね上がった。

「百聞は一見に如かず、そのうち見せてあげるわ」

 ミリアムはそう言うと『あさるとらいふる』を鞄にしまった。

 もし、ミリアムの言うことが事実ならミリアムの武器は弓使い十人分以上の力を持っていることになる。

 か弱い女の子を強弓を引く勇者十人にすることができるのなら、戦士の在り方は随分と変わってしまうだろう。俺は妙な胸騒ぎを覚えた。

 ミリアムはそんな俺たちの心の動きなどお構いなしに小屋の扉を開けた。

「ごめん、荷物を置かせてね」

 小屋に設けられた大きな窓の前で、ヒラムが舵輪を握って立っていた。

「どうぞ。天界から来たお嬢さん」

 ヒラムは赤銅色の口元に白い歯を見せた。

 ヒラムの後方には俺たちの連れてきた駝竜が首にロープをかけられ壁につながれていた。

 そして、俺たちの声を聴いて一斉にうなり声をあげた。

 本来は人間のためのスペースで、十匹の駝竜を押し込めておくにはだいぶ無理があった。

 室内は、壁も床も天井もむき出しの丸太で、家具、調度類はなく、がらんとしていた。

 日差しを浴びないので涼しいが、駝竜の匂いがこもり、とても快適とは言い難かった。

 ミリアムは鞄を入り口近くの床に置くと、踵を返して外に出た。

 そして、朝の日差しをキラキラと反射するエメラルドグリーンの海を見渡し、日差しを避けるように船の左側の船べりへと歩を進めた。

「これが海なのね。潮風が気持ちいいわ。波も穏やかだし、水もすごくきれい。あっ、魚が泳いでるのが見える……」

 海面はすぐそこにあり、船には特に柵の様なものはなかった。

 時折、銀色のつなぎに波しぶきがかかっていたが気にする様子はなかった。

 俺は何となく彼女の後に続いた。

「海を見るのは初めてか?」

 言ってからつまらないことを聞いたものだと思った。

 空の上のヴァルハラに海などあろうはずがない。

「バーチャルリアリティーでしか経験したことはないわ」

 しかし、返ってきたのはまたしても不可解な言葉だった。

「『ばーちゃるりありてぃー』?」

「仮想現実、作り物よ。もっとも、海といっても、私が知ってるのは地球の海で、惑星エデンの海じゃないけどね」

「『わくせい……えでん』?」

「この星のことよ」

「星なら空に輝いている」

 星は小さく空で瞬くものだ。

「そうね」

 ミリアムは遠い目をした。

 ミリアムは船べりに腰を下ろし足を投げ出して座った。

 俺も彼女から少し離れたところに腰を下ろした。

 ヨハンは帆柱の近くに佇み、イサークは船の前の方で腕を組んで立っていた。

 アーロンとメトセラは小屋の中に入っていった。

「どうしてミリアムは地上に降りてきたんだ?」

 俺はずっと抱えていた疑問を口にした。

 恐らく俺だけではなく、多くの邑人も抱えている疑問に違いない。

「地上のみんなが竜に怯えずに暮らしていくためよ」

「ミリアムには何の得にもならないだろ。それなのになぜ?」

 神々は人間にいろいろな技術を教えてくれたという。

 しかし、それは大昔のことだ。今になってやってきたのは何故なのか知りたかった。

「私ね。地上の様子を見るのが子供のころから好きだったのよ」

 昨日の夜、何か俺たちの知らない道具を使ってヴァルハラから地上の様子を見ることができるというようなことはミリアムは言っていた。

 ミリアムは俺の方を向かず、遠くの海を眺めながらつぶやいた。

「それで見たのよ、竜に殺される若い女性や子供の姿を。悔しかったわ、無力な私が。だから、私はいつの日か人を助けることができる人間になろうと思ったのよ」

 俺の脳裏に鈎爪竜に食い殺された母親の姿が蘇った。

 自分では抑えきれない感情がまた沸き上がってきた。

「どうしたの?」

「いや、何でもない」

 ミリアムの声で俺の心は現実に引き戻された。危ういところだった。

「そう言えばさ。邑長の家で他の奴らの様子がおかしかったんだけど。なんかあったの?」

 ミリアムは俺から発せられた危険な臭いを感じ取ったのだろうか。俺の眼を見つめていた。

「おれは嫌われてるからな」

 俺はミリアムの視線を眩しく感じ目をそらした。

「なんで? いい奴なのにね」

「俺のこと、よく知らないだろ」

 昨日の夜、会ったばかりだ。

「知ってるつもりよ」

 ミリアムはそう言いながら笑顔を浮かべた。

 俺は妙に落ち着かなくなって顔を伏せた。


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