6話 決着 ~カミ、散る~
何度か死んだが剣神カペリと会話できるぐらいには近寄ることができた。
復活直後すぐに匍匐姿勢になって、泣きながら巨大凶器を振り回す三股の三番目だった酔っ払いに話しかけてみた。
「剣神カペリ! 剣を振り回してないで話をしよう! 愚痴ぐらいなら聞いてやれるぜ!」
「うるせぇ! お前に三股の三番目だった男の気持ちがわかるのか!?」
わかるわけねぇだろ。
「わかるわけがなかろう!」
真横にいるボシィがあまりにも正直に叫んだ。
俺は慌てて彼女の口をふさごうとしたが、彼女は俺の手が口に伸びるより早くカペリに真っ二つにされて死んだ。
生き返ったボシィに告げる。
「いいかボシィ……大人の男にはな、女子供にゃあわからない悩みがあるもんなんだ。そこにみだりに口を挟むと、死をもって思い知らされることになる。わかるか?」
「そういう差別的な意見はよろしくないぞ」
「差別じゃねぇよ、区別だ。女で子供のお前には、大人で男の俺の悩みはわからない。けどな、俺だって、女で子供のお前の悩みはわからない。そういう話だ。で、今暴れてる神は大人の男なんだ。だから俺が話す。お前は黙ってろ」
「なるほど。ではここは貴様に任そう」
俺は「まかせろ」と言いながらどさくさにまぎれてボシィの尻をひっぱたいた。
幼児期、こいつのケツは俺のドラムだった。
その当時はリズミカルにペンペンはたいてやると無邪気にキャッキャと喜んでいたもんだが、今はムッと口を一文字に引き結んでにらんできた。
反撃でも来るかと思ったけれど、今は酔っ払った神の御前だからか、不機嫌そうな顔をするだけだった。今後もこういう反撃できないタイミングで尻とかひっぱたいていこうと思う。
「剣神カペリよ、失礼した。無知な女子供の意見だ、無視してくれてかわまない」
「わからねぇよなあ、俺様の気持ち! この深い心の傷! 俺様はな……俺様はなぁ……! 永遠を誓ってもいいと思っていた愛を失ったんだよ! いや、その愛はとっくに失われていて、そのことにずっと気付かなかった道化だったんだ!」
「いや、わかるよ。俺にも……」
「わかるわけねぇだろ! だってテメェ、ハゲじゃねぇか! ハゲに彼女がいるか!? いねぇだろう!?」
「――今、俺の髪型を『モテない』と決めつけたか?」
「だってハゲはモテねぇだろうが!」
「……どうやら俺を本気で怒らせたようだな」
「怒ったからってなにができるっていうんだよ、人類風情がさあ!」
立ち上がる。
殺される。
生き返る。
罵罹患を作動させる。
殺される。
生き返る。
前へ進む。
殺される。
生き返る。
前へ進む。
殺される。
生き返る。
前へ進む。
距離は着実に詰まっていた。
殺されようが脳からはすでに『前へ進め』という命令が降されている。足は前へ。死んでも前へ。腰から上がなくなろうと前へ前へ。
「なんだテメェ!?」
「人類だよ神様」
俺は格好付けて言った。
神の恩寵により復活の際に衣服まで再生するので格好がついているけれど、もし装備品や手荷物は再生しない仕組みだったら、全裸のハゲだったので格好がつかなかった。
さすがに俺もツルツルの股間をさらしながら格好付ける自信はない。
「はん! だが、たかが人類が、この剣神カペリ様にダメージを通せるかよ! こちとら剣一筋でやってきたんだ! すべてのスキルポイントを戦闘技能につぎ込んでる! 料理とか! 歌とか! ダンスとか! そういうチャラチャラしたもんにゃあ興味のねぇ硬派な神なのさ! それをあの女、『ボディーガードには使えるかなと思ってキープしてただけ』とか抜かしやがって! うおおおおおお! 許さねぇ! あいつを殺して俺様も死ぬ!」
その前に俺を殺そうと剣が振られた。
当然のように死んで、生き返る。
もう、神は目の前だ。
殺されながら神の首に片腕を回す。
そして、殺されながら散髪を開始した。
ヴイイイイイ……という凶悪な音を立てながら神器罵罹患が神の髪を刈り取っていく。
燃えるようにきらめく真っ赤な長髪が次々と宙を舞い消えていく。その様子はとても綺麗で、俺は思わずうっとりした。
「なにしてんだテメェ!? うおッ!? お、おい、やめろ、やめろ! 俺様の髪……! あ、おい! おい!」
剣神カペリは俺を引きはがそうとするが、そう簡単には剥がされてやらない。
『組み付いて、髪を剃る』。俺の能力はそれだけに特化していた。速さも必要だろう。耐久力も必要だろう。相手に接近するために気配を殺すスキルにだってポイントを振っておくべきだろう。
でも、一番大事なのは、一度組み付いたら、髪を剃りきるまで剥がされない腕力だ。
俺の稼ぎ出すポイントの多くは腕力に振り分けられている。
――その腕力は、神とさえ拮抗できる。
「テメッ……ハゲッ! このハゲ! なんだその力!? っていうか、その力でなにしてんだテメェ!? 普通に殴ったって強いだろうがこの……この……おいヤメッ……マジでやめろ! やめろぉぉぉぉ!」
ぶん殴られる。
殺される。
しかし髪を剃る手は止めない。
次々と燃えるような赤毛が宙を舞い消えていく。
頭の中には我が神アイネグラッツの声。
――八十万のル スキルポイントを獲得しました。
神の髪はポイント効率が人類の比じゃねぇぜ。うめぇうめぇ。
「お、おい! おい! アイネグラッツ! テメェやめさせろ! こいつお前の信者だろ!? な、おい……やめさせろよ……やめさせてくれ、頼む……!」
髪を剃る手は止めぬまま、我が神を振り返る。
子供のような容姿をした、長い金髪に金色の瞳の我が神が告げた。
「――やはり、ツルツルはかわいい」
「ふざけんなああああああ!? 俺様は神! お前と同族! 愛玩動物じゃねぇんだよぉぉぉ!?」
「視界に映るすべてがツルツルならば、そこはわたくしにとって理想の世界なのでしょうね」
「相変わらず会話できねぇなあテメェ! あ、いえ、嘘です。すいません、やめさせて、あ、ちょっ、おい、おいコラハゲ。今、俺様、お前の神と話してたよな? その最中は攻撃をやめるとかそういう……おい……おい……オイオイオイオイ!」
剣神カペリにかたい抱擁をかわしながら後ろ髪を剃っていく。――もう逃げられない。
俺たちはもつれあいながら倒れこんだ。剣神カペリが下、俺が上だ。俺は舌なめずりをする。
さあ、俺の下であがけ!
「俺をハゲハゲとののしってくれたな、剣神さんよォ」
「ぐっ……」
「けどな、あんたがつらい目に遭ったのもわかる……マスターのヒゲをむしったのは許されないとしたって、あんたにはあんたの事情があった……」
「だ、だろ!?」
「だから――ツルツルにするのは真ん中だけで勘弁してやるぜ! オラァ! 残った左右の毛を逆立てて『ウサギの耳!』とかの一発芸をやれる素敵な髪型にしてやらぁ!」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
組み敷いた剣神カペリの髪を剃っていく。
悲鳴がほとばしり、ジョリジョリと髪が舞っていく。
――ああ、なんて心地いい。
やっぱり髪の本数で俺を馬鹿にしたヤツが、髪を剃られながら挙げる悲鳴は最高だ。