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5話 毛、散らされて

 蹴散らされた。


 この『暴れ神討伐』というクエストは定期的に発生する。

 これは人類文化になじみすぎた神々が酒飲んで暴れたり失恋で暴れたり買い物で値切るついでに暴れたりヒマだから暴れたりするせいなのだが、人類が彼らを討伐できたことはあまりない。


 強さのケタが違うのだ。

 これは文字通りの意味で、通常、人類が神々よりいただくスキルポイントが一生がんばっても八百万程度なのにもかかわらず、神はその一万倍とか十万倍のスキルポイントを保持している。


 スキルポイントの量はすなわち強さだ。

 なので人類は神に勝てない。


 徒党を組めば参加者のスキルポイント総合計値で神を上回る展開もありうるかもしれないが、防御力一億を相手に攻撃力一万程度が何人束になろうが少しだって攻撃が通らない。

 なので、基本的に人類は強すぎる相手に徒党を組んで向かう意味自体がない。

 神討伐には『大量の雑魚』よりも『圧倒的に強い個人』が必要なのである。


 そんなわけで人類は早くもダラダラし始めた。

 今では全員、『万が一倒せた時に不参加だと損をするのでかたちだけ参加している』という状態だ。


 制限時間は今日いっぱいで、今は……まだ夕方ちょい前か。

 まだ結構あるな。



「俺は絶対に許さないぞ、剣神カペリ! よくもマスターのヒゲをそんな無惨な状態にしやがって! 行くぞみんな!」



 地面に寝転がったまま叫べば、何人かの意識朦朧としたフサフサたちが釣られて神に向かっていき、そして巨大剣でひと薙ぎにされた。

 上半身と下半身が分断された彼らはまばたきのあいだに黄金の輝きに包まれて再生し、「おい、今叫んだやつ誰だ!」「俺じゃねぇぞ!?」「私も違う!」「クソ、外野か! 探して火あぶりにしろ!」という会話を始めた。お前らの敵は神だろ。人類同士で責任のなすりつけあいしてんじゃねぇ。


 俺は見つからないように荷物を入れていた風呂敷を頭にかぶり、中身を懐にしまうと匍匐(ほふく)移動しつつ人の密集地帯に紛れ込む。

 そこには俺と同じように体勢を低くして剣神カペリの攻撃をやり過ごしながら、時間いっぱいまでダラダラすることを決め込んだフサフサどもがいた。



「おっす、お疲れー」

「うぃーっす」

「よーす」



 ダラダラを決め込んだ連中は返事もダラダラしている。

 俺は雑談を始めた。



「どうよ今回、いけそうだと思う?」

「いや、無理っしょ。神ツエーはやっぱ」

「てゆーか恐い。見ろよアレ、女の名前叫んで泣きながら剣振り回してるじゃん。あんなの近寄りたくないよ」



 俺たちはなごやかに談笑した。

 しかし平和な時間は長く続かなかった……



「バルドォッ!」



 聞き覚えのある叫び声がして、間違えてそちらを振り返ってしまった。

 そこには赤毛の少女、ボシィがいる。


 ボシィは俺と目が合うとガントレットに包まれた両拳を『ガィィン!』と打ち鳴らして、一直線に俺の方へ来た。

 俺は匍匐(ほふく)移動で逃げた。

 しかし速さが足りなくて捕まった。



「バルド!」



 首根っこを捕えられて仕方なく逃げるのをやめる。

 うつぶせの状態のまま振り返れば、怒りに燃える真っ赤な瞳がこちらを貫いていた。



「せっかく報告に行ってやった私を突き飛ばして出し抜こうとは! 貴様それでも元騎士か!」

「報告なんかいらねぇよ。どうせ脳内に神の御言葉が聞こえるんだから……それに元騎士って言っても俺の頭を馬鹿にした上官を調理前のチキンみたいな状態にして木に吊るしておいたら一瞬でクビになったから、隊に所属してた時間は一日だし。ほら、上官の無惨な姿が発見されるまでかかった時間そのままっていうか……」

「とにかく、神がまだ生きているではないか。行くぞ!」

「いや、無理だよアレに勝つの……だいたい、神殺しって基本、無理じゃねぇか。人類の勝率一割未満っていうか一(りん)未満だよ」

「それでも、挑戦を続けるのだ! 神はそのように我々に力を与えてくださっている! 無限の命を賜った我らにできるのは、気持ちを高めて一歩一歩前に進むこ」



 話の途中ですがボシィが巨大剣の餌食になりました。


 思わずびっくりして言葉を止めた俺の目の前で、ボシィが黄金の輝きに包まれ蘇生した。

 そして言う。



「さあ、進むぞ!」

「お前の精神無敵かよ」

「貴様の神も、期待したまなざしで貴様をご覧になっているぞ」

「なにッ!?」



 俺は首をひねって背後を見た。

 すると戦闘開始から放置されている我が神アイネグラッツが、黄金の瞳でこちらをじーっとながめていた。


 あれは……期待したまなざし、なのか……?


 わからない。神の心情はもとより人類には理解しがたいところがあるのだけれど、我が神アイネグラッツは特に表情が乏しいので全然なにを考えているかわからん。


 俺はアイネグラッツ様を観察する。

 じーっとこちらを見ていて、俺と目が合ったと気付くとひらひらと手を振った。

 俺も振り返すと、アイネグラッツ様はわずかに口の端を上げた気がする。


 俺はボシィに視線を戻した。



「アイネグラッツ様のお考えがまったくわからない」

「間違いなく期待しておられる。信者の活躍を期待せぬ神などいるものか」

「ちなみに人垣の端っこで肩身が狭そうな顔してる、酔っ払いで三股の三番目で剣神のカペリを信仰するやつらも、なんらかの活躍を期待されてると思う?」

「ともかく進め。進めばわかる」



 脳筋め。

 これだから祈祷に『パンチしろ』とか『素振りしろ』とかの体力系課題を出してくるような神の信者は付き合いにくいんだよ。


 だが、そろそろヒマになってきたのも事実だ。

 俺はそのへんで寝転がっているフサフサが持っていたチーズを奪ってかじりつつ立ち上がりボシィと二人仲良く剣神カペリに殺された。


 再生する。

 頭を低くして、



「もう無理じゃねぇのあの酔っ払い倒すの。っていうかみんな寝転がり始めてて、頭を少しでも高くするとその瞬間狙われる感じなんだけど」

「仕方あるまい、伏せて行こう」

「いや、近付いたところでどう倒すんだよ」

「我が神に捧げる祈祷は『一打』。一発拳を放つごとに、スキルポイントが一入る。すなわち、打ち続ければいずれ勝てるのだ」

「時間制限って知ってる?」

「行くぞ、ついてこい」



 こいつなんでこんなにノリノリなんだ。

 我が友よ……お前は娘の教育を間違えたようだぜ……


 しかし友の忘れ形見(※友は死んでない)に付き合うのもまた友情。

 俺は『薄毛になるぐらいならいっそ剃ってくれ……そして、私が薄毛に悩んだ挙句剃ってほしいとお前に頼んだことは秘密にしてほしい……父の威厳を守りたいのだ。許してくれ』とハゲの原因をすべて俺におっかぶせやがった友の顔を思い浮かべながら、寝っ転がるフサフサどもを匍匐(ほふく)移動でかき分け先行するボシィの尻を追う。


 俺は彼女と過ごした長い年月を思い出していた。

 最初、友がまだフサフサだったころ、いきなり『結婚をする、しかも子供はすでにできている』とか聞かされてぶち殺してやろうかと思った。

 しかし見せられた赤ん坊はあまりにかわいくて、俺は思ったんだ。『この子の親を死なせてはならない。殺すのは最後にしてやろう』と……(※どうせ復活するので何度か殺した)。


 そして赤ん坊はだんだん大きくなった。

『子供は素直でかわいい』……俺はそれが勘違いだったと思い知らされることになる。

 クソかわいくねぇ。超生意気。しかもコイツ、俺のこと舐めてやがる。

 しかしそれでもかわいいのが子供という生き物だ。俺は友の子であるボシィをいつしか自分の子のように思って接していた。


 そしてボシィはすくすく大きくなり、今にいたる。

 俺はボシィの尻を年代事に思い返していた。おしめを変えた赤ん坊時代。裸で走り回った幼児時代。次第に恥じらいを覚えていった児童時代。

 ぶっちゃけ子供の尻に性的興奮はしないので微笑ましい気持ちだったんだが、ボシィも今や十四歳。じきに大人の仲間入りで、その尻には、なるほど直視すると微笑ましさ以外の気持ちがわいてくるような肉付きが……



「バルド、合図をしたら駆け出すぞ」

「おう」



 俺はボシィのピッチリした衣装に包まれた尻に向けてうなずいた。

 こいつ俺に復讐したがってるくせに俺に対して妙に無警戒なところあるから、俺が尻しか見てないことには気付いていないようだった。



「……行くぞ!」



 ボシィは立ち上がった。

 え、それが合図? 『一、二、三!』とかじゃねぇの? というか事前にどんな合図で行くか相談しねぇの? いや、待って待って。俺は慌てて立ち上がり、そしてボシィとまとめて剣でひと薙ぎにされた。


 デッドエンド。

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