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3話 カミ

「ウーパールーパー、という生き物のことを見ていました」



 我が神は鈴を転がすような声でおっしゃられた。


 なんという美しいお姿なのだろう。


 彼女がマットレスの機能していない薄いベッドの上に『ぺたん』と座っているだけで、素泊まりしかできない格安のボロ宿の薄汚い内装が、歴史を重ねた遺跡のようにさえ見えてくる。


 その黄金のお姿は光さえ放っているように見えた。


 髪も目も服も黄金。

 淡い輝きを放つ髪は彼女の身長より長く、座っているベッドにばらりと広がっていた。

 前髪の下にある目は大きく、そして美しいかたちをしていた。微妙に垂れているあたりと眠そうに半分閉じられているあたりが非常にキュートだ。


 体つきは幼い少女のよう。

 黄金の薄いワンピースは人類の技術では再現不可能な布であり、破れず汚れず濡れずと非常にリーズナブルなので俺も一着欲しい。


 彼女は薄汚い安宿のベッドの上で、あいまいな表情のまま、ぽつりぽつりと語る。



「ウーパールーパーというのは両生類の一種であり、その大きな特徴の一つに『幼形成熟(ネオテニー)』が挙げられます。同じ両生類の仲間であるカエルを想像していただければわかると思いますが、カエルというのは、オタマジャクシからカエルへの過程でその形状に変化が起こります。しかしウーパールーパーにはこの形状変化がないのです。それから、一般に小さい生き物と誤解されているようですが、実のところ平均でも二十五センチほど、大きいものは三十センチを超えるケースもあり、『小さくかわいらしい』というイメージは誤りと言わざるを得ませんでした。しかし、わたくしは思うのです」



 そこで我が神はスゥッと息を大きく吸い込んで、



「——毛のない生き物は、やはり、かわいらしい」



 黄金の瞳を、目の前でひざまずく俺に向けた。

 神はベッドから降りると俺の眼前に立ち、


 パァン!


 俺のハゲ頭をぴしゃりと叩く。

 そして、そのまま俺の頭を抱きしめてなでさすった。



「バルド……わたくしの愛しいツルツル……たくさんの毛を狩りましたね。よしよし。ご褒美をあげましょう」



 我が神は服の胸元に手を入れてごそごそと探った。

 そして取り出したのは幾ばくかの貨幣だった。



「本日の参拝達成記念(ログインボーナス)です。戒律(きやく)チェック。『髪の毛を一本も残さないこと』……うんうん、守れていますね。結構。ここに来る前に総計三十万本超の髪を狩ってきましたね。えらいえらい。これからもどんどんわたくしに髪を捧げるのです。そして全世界をツルツルのかわいい生き物だらけにしていきましょうね」

「はい」

「本日の礼賛(デイリーミッション)は『最低一人をツルツルにする』です。がんばってこなしていきましょう」

「いえ、あの、先ほど三人をツルツルに……」

「しかしそれは、参拝前のことです。昨日の成果に入ります」

「はい、わかりました」



 少々理不尽というか融通の利かない感はあるが、我が神はかわいらしい見た目をしているのでなんでも許せてしまう。同じような対応をおっさんにされてみろよ。俺ならそいつを下の毛まで丸裸にするぜ。

 本当に美しく、かわいらしい。

 まさに神、俺の信仰する、神なのだ。




 この世界には人がたくさんいるが、神もたくさんいた。

 両者はまったく別種の生命だけれど、協力し合って生きている。


 神は人に力を与える。

 人は神に信仰を捧げる。



『戒律』……『神の恩恵を受けるために定められたルール』を守り。


『礼賛』……『神が毎日出す課題』をこなし。


『祈祷』……『神が定める捧げ物を捧げる』ことにより力を賜る。


 そして毎日『参拝』して『信仰する神に顔を見せる』ことにより、神から参拝記念品を受け取ることができる。



 神はたくさんいて、それらが課す『戒律』『礼賛』『祈祷』も様々だ。

 人は自分でも達成できそうな『戒律』『礼賛』『祈祷』を掲げる神のもとへ行き、そして加護を受ける。


 たくさんの神の中で俺は彼女を信仰した。


『世界の生物をツルツルに』という信仰を示し、髪を求める神——

 アイネグラッツを、我が神としたのだ。





「しかし動画で見るのはいいですが、実際に多頭飼いとなると世話が大変そうですね……やはりわたくしの信者(ペット)はあなた一人だけでいい……ツルツルのバルドよ。ウーパールーパーのように、あるいはアホロートルのように、もしくはヒョウモントカゲモドキのように、わたくしに尽くすのですよ」



 神と人との差異は結構あるが、一番大きいのは、『神は異世界と交信できる』ということだろう。

 その能力により人類には扱えない強大な力を奮ったり、この世界の水準ではありえない強力な武装を持ち出したり、あるいは我が神アイネグラッツのようにこの世界のものではない情報に接触したりできる。


 俺たちが神の恩恵と言われてまず想像する『スキルポイント』なんかも、もとはこの世界になかった謎のエネルギーであり謎の概念だと言われている。

 ぶっちゃけ俺たち神に実験台にされてるよね? とみんなあきらめ半分で笑ったりもするんだけれど、まあそのお陰で得た恩恵がかなりのものなので、今では全体的に神様には俺たちの存在でガンガン遊んでほしいという風潮で統一されている。


 俺はアイネグラッツ様に頭をなでられたり抱きしめられたりほっぺたを左右に引っぱられたり耳を甘噛みされたりしながら、まじめな顔で告げる。



「我が神よ……実は、私は別な街へと旅立とうと思うのです」

「まあ、あなたは季節ごとに住み処を変える生態だったのですか? それは今まで無理をさせてしまいましたね……」



 神様はこんな感じで人の生態をあんまり把握していない。

 俺たちがそのへんの動物について詳しいことを知らないのと一緒だ。神にとって人とは信仰を捧げてくる愛玩動物なのである。



「わかりました。そういえば、動画で見たツルツルたちも変温動物……すなわち、自らの力で体温調節ができない生命体でしたね。あなたもこれから涼しくなる時期に備えて温かい土地へ行くのでしょう? ならば、行きましょう。人の過ごす環境(ケージ)を快適にするのも神のつとめ……冬眠されても面白くありませんからね」



 アイネグラッツ様はひざまずく俺の背後に回りこむと、俺の背におぶさった。



「さあ行きましょうバルド。新たなる土地へ」



 騎乗もできる愛玩動物となった俺はうなずく。

 さあ、新たなる土地へ!


 どこへ行くかはまだ決めてないけど!

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