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2話 それは第二の別れ 〜最初の決別は毛根と〜

「バルドさんも田舎暮らしかい? この街も寂しくなるねェ」



『竜殺し』として凱旋した俺は早速引退の旨をギルドマスターに告げた。

 冒険者ギルドに併設された酒場のカウンターで、彼はいつものようにザブザブと食器を洗っていた。何気ない日常のワンシーン。なじみの俺が別れを告げたのに普段通りの行動を変えないマスターを見ていると、ありがたいという気持ちになってくる。

 だから俺は冗談めかして「止めてくれるなよマスター」と笑うことができた。

 俺だってもっと街で過ごしたかったさ。アンタと酒を酌み交わすのは楽しい。アンタの出す料理は絶品だしな。それに俺たちは似たもの同士だった。そうだろう?


 カウンターを挟んでそんなやりとりをする。

 俺たちは互いの目より上の場所を見た。


 そこには肌色の丘がある。


 俺たちは歯をのぞかせてニカッと笑った。

 互いの磨き上げられた頭皮に互いの笑顔が映り込む。


 そうだ、俺たちは同じかたちをしていたのだ。


 年齢は違い、種族も、俺は人間で、マスターはドワーフだから、違う。

 けれど俺たちにはどこか似た部分があった。それがなんだったのか……今ならハッキリと口にできる気がするよ。

 俺は笑ったまま、カウンター内部で木製のジョッキをジャブジャブ洗うマスターへと言った。



「なあ、俺たちはさ……頭蓋骨のかたち、似てるよな」



 台に乗ってようやくカウンターから顔が出るマスターは、頭とは対照的にもじゃもじゃした顎ヒゲを洗剤のついた手でなでて、笑う。



「ああ。オイラたちはどっちも、頭のかたちが美しいんだ。頭上から見れば上下左右均等っていうかさ……ヘッ。こんなに美しい頭蓋をしてるんじゃァ、髪の毛だって恥ずかしがって逃げちまうわけだよ。今まで自慢になるかと思って言えなかったが、ようやくスッキリしたぜ」



 マスターとはそれで別れた。


 きっと二度と会うことはないだろう。

 ……でも、俺たちはいつだってたがいを思い出せる。


 鏡を見て、視線を目よりちょっと上に上げれば、そこにはツルツルした肌色の丘があるのだ。その丘で俺たちの心はいつまでもつながっている。


 ギルドの開かれた入口から出て通りを歩く。

 荷物はほとんどなかった。対モンスター用に使っている錫杖に風呂敷を引っかけている。中身は頭皮用の油と神器罵罹患(バリカン)、そしていくばくかの金だけだった。


 石造りの街を通り過ぎる人々がやけに小さく見えた。

 俺が大柄なせいだけではないだろう。

 きっと『遠い』んだ。気持ちが、もう、遠い。

 それでようやく確信する。——ああ、この街に俺の居場所はなかったんだ。だってみんなフサフサだもの。



「バルドォッ!」



 後ろから女の声がした。

 振り返れば石造りの通りの向こうに、赤髪の少女の姿が見える。


 赤い髪の下にある肉体は、小柄だけれど引き締まったものだった。

 体に貼り付くような薄い装備に、拳を包むガントレット。



「バルドッ! 貴様、街から逃げるのか! 我が父を『あんな状態』にしておいて!」



 ずんずんと近付いてきたそいつには、思わず通行人たちが避けるぐらいの迫力があった。

 けれどかわいいものだ。

 キューティクルの傷んでいないツヤツヤした髪の毛。毛先も乱れておらず、枝毛もない。……そんなお嬢様みたいな髪の毛をしたヤツにビビるほど、俺の心臓は弱くない。



「ボシィか。……ああ、そうだ。この街でやることはもう、なくなっちまったからな。……俺の名も『竜殺し』で広く知れ渡っただろう。もう俺を舐めて髪の本数をかさに俺を馬鹿にしてかかるヤツもいないはずだ。……この街にはもう、神に捧げるべき髪がないんだよ」



 髪のない俺に対し、髪の本数を誇っていたヤツを丸刈りにするのが、俺の信条だ。

 そこらへんの通行人の髪を辻刈りするようなことはしない。


 これは俺の嗜好の問題だ。

 だって俺のカミソリ負けした心を癒やしてくれるのは、いつだって髪の毛の本数を誇っていたヤツが丸刈りにされている時に挙げる悲鳴だけなのだから……



「……もともとさ、『竜殺し』のパーティーに誘われた時点で、潮時だとは思ってたんだ。実力は隠してきたつもりだったのに、もう隠せていない。……なんていうのかな……俺たちはダンジョンに青春を懸けた。でも青春には時間制限があって、それが今なんだろうと思う。あと、冒険者は体力使う職業だし、三十歳前には引退したいよね……」

「徹頭徹尾、貴様の都合ではないか! ……おのれ、ならばこの場で決闘を申し込む! 誇りを懸けて戦え、バルド!」



 ボシィがガントレットに包まれた拳を打ち鳴らす。

 すると赤い髪がばらりと舞い、全身が真っ赤なオーラに包まれた。



「我が神への祈祷は『一打』! 打撃一撃ごとに我らは強くなる! 戒律は『徒手空拳』! 武器を用いて戦うことは禁じられている! そして我らが神の——」

「人前でツルツルになりたいのか?」

「……ッ!?」

「実力差がわからないわけじゃあないだろう。『一打』……お前たちは打撃一回ごとにスキルポイントを一しか得られない……しかし、俺は一人丸刈りにするたびに十万のスキルポイントを得る。わかるか? 人の腕は二本しかないが、人の髪は十万本あるんだ。お前は今、たった二つの腕で、十万の髪に挑もうとしているんだ」

「そ、それでも……!」

「悪いことは言わない。やめておけ。十代の少女を丸刈りにするのは、さすがの俺でも堪える。まして幼いころを知っているお前をツルツルにするのはな……」

「父を丸刈りにしたくせに! 髪を失った父は、寝こんで……! あれほど壮健だったのに……! お前のせいで! 友であるお前が裏切ったせいで!」



 ボシィの怒りを受けて、俺は口の端を歪ませた。

 いい。それでいいんだ。復讐心がお前の生きる力になる……



「ならば、追ってこい。今はまだ早い。今のお前じゃあ、俺には絶対に勝てない。ケツの毛まで剃られるのがオチだ」

「くっ……!」

「強くなれ、ボシィ。ただし俺も止まっちゃいない。……精進するんだ。俺に勝てるように。俺が一日に十万の毛を狩るなら、お前は十万五千、拳を放て。父を哀れに思うなら、経験を重ねて俺を追ってこい!」

「……バルド……バルドォッ!」



 俺はクックックと哄笑した。

 ……なあ、友よ、これでいいんだろう?


 俺はお前の娘の復讐相手をしっかりやっているぜ。

 わかってるよ。もう話すことはないだろうけれど、俺たちの友情は変わらない。


 だから、お前が薄毛になるぐらいならいっそハゲにしてくれって頼んだこと、ボシィには言わないよ。

 娘に毛がだんだん薄くなっていっていたのを知られるの、イヤだもんな。

 しかも年頃の娘にはさ……

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