1話 その頭皮は真実を映す鏡
「イメージ悪いじゃないか、こんなハゲたおっさんが『竜殺し』なんて」
おっさんじゃねぇ二十九歳だ。おののけ、俺はヤングだぞ。
俺はフサフサ男をにらみつけた。茶髪の下についているのはチャラい男の肉体で、顔は悪くなく、女性受けはいい。
現に今も二人の女に左右から抱きつかれながら俺を見下していた。
桃色髪と金髪の下に美女の肉体をつけた二人は俺の仲間だった。
いや、茶髪男も契約上は仲間だった。
『竜殺し』。
その偉業を成し遂げるために俺たちは手を組んだんだ。
結果は成功だった。俺の真下にある巨大な竜の死骸がその証拠だ。俺たちは『竜の心臓』を手にして凱旋するところだった。
だっていうのに、茶髪男に蹴り倒された。
「ハゲたおっさんに『竜殺し』はもったいないよなあ! そうだろう!?」
茶髪がしゃべる。
女どもが同意する。
つまるところ、こいつらは最初から俺を追放するつもりで連れて来たのだ。
これだから頭皮の見えないヤツは信用ならないんだ! なんだその長い髪の毛は! 冒険者なめてんのか! せめて五分に狩れ。あるいは剃れ。
そもそも、俺をハゲ扱いが気にくわない。
「俺の髪の毛は神に捧げたんだ。自然と消滅したわけじゃない」
「またその言い訳かよ! 見苦しいのは頭皮だけにしろよな!」
哄笑が響き渡る。
誰が見苦しい頭皮だ。毎日きちんと洗って天然アルウネラオイルを塗り込んで管理してるわ。ハゲの努力も知らずにハゲを見下しやがって。
いいだろう。
テメーらは『敵』だ!
「どうやら痛い目に遭いたいらしいなァ! フサフサどもが!」
「違うだろぉぉぉ!? 痛い目に遭うのはそっちだよこのハゲェェェェ! こちとら『竜殺し』が三人だぜ! おっさんもいい仕事したとはいえ、一人で三人に勝てるかよ!」
「『髪の毛の本数』という軸でしか他者を批評できない愚か者どもめ! テメェらには『死』すら生ぬるい……この俺が相手の気持ちを想像して労ることのできる優しい子に育ててやるぜ!」
「やってみろや!」
俺はドラゴンの死体の上から跳躍し、茶髪に襲いかかった。
茶髪も両隣の女子を突き飛ばし、腰の剣を抜いて応対した。
交錯する。
次の瞬間——茶髪が舞った。
「お、オレの髪がぁぁぁぁぁぁ!?」
剣を落とし頭をペタペタと触りながら慟哭する。
そいつを肩越しに振り返りながら、俺は手にした武器を示した。
「これこそ我が信仰する神より賜りし神器」
それは髪を刈り取るカタチをした武器だった。
手のひらにすっぽりおさまる程度のサイズで、形状は直方体に近い。
本体側面にあるツマミをひねることで『ヴィィィィィィン!』という凶悪な音を立てて駆動する。
するともう止まらない。
直方体の短い面を相手の頭皮にこすりつけるように当てることで、あとは簡単に髪を刈れるという仕組みだ。
その名を——
「『罵罹患』が、まだ足りねぇとお前の毛を求めて唸っている」
「ひ、ひぃぃぃ!?」
茶髪男は頭をかばうように両手で覆いながら、尻もちをついてあとずさりをした。
散っていった茶髪男の毛根が、俺に力を与えてくれる。
——四万のスキルポイントを得ました。
俺の信仰する神からの神託が聞こえる。いい感じでキマってきた。今なら世界中丸刈りにしちまえそうだ。草木一本残さない自信がある。
「……まだ頭の両側に毛が残ってる。全部剃って俺とおそろいにしてやるぜ!」
「ゆ、許してくれ……! こんな髪じゃ恥ずかしくて外を歩けない……!」
「——今、俺の髪型を『恥ずかしくて外を歩けない』と言ったか?」
「い、いやっ、そういう意味じゃあ……!」
「ハゲたくなきゃ、『お前の神様』に祈るんだな。助けてくれるかもしれないぜぇ?」
ベロリと舌なめずりをした。
それだけでそばにいた女性二人も戦意喪失したように尻もちをついた。
……えっ、おかしい、なんでそんなに怯えるんだ? 今、俺、格好よくないか? ここは三分の一の毛根が死んだ茶髪から俺に乗り換える場面じゃないの?
まあいいや。
神は言っている。
髪を捧げよと。
「さぁってと。……よくも俺を都合良く利用して追放しようとしてくれたなァ? 代わりにテメェらの毛根を頭皮から永久追放してやるぜ!」
罵罹患が唸りをあげる。
投げつけられた剣を片手で弾き、放たれた魔法を一喝してかき消し、足もとに出現した拘束の呪文を魔法陣ごと引きずりながら近付いていく。
「無敵かこのハゲ!?」
「俺にはこれまで捧げてきた毛の本数と同じだけのスキルポイントがあるんだよ! 恨むなら、スキルポイント取得条件のきつい神を信仰したテメェの選択ミスを恨むんだな! ——さあ、懺悔の時間だ。悔恨と毛根を吐き出せ!」
「い、いやだッ……いやだッ……! ああ、やめっ、やめろっ、やめろおおおおおおお!」
死した竜に見つめられながら、茶髪が舞っていく。
——ああ、なんて虚しい勝利だ。ケツの毛さえも残らない。
丸刈りになるのを待つだけとなった哀れなる羊を組み敷いて全裸にしながら、俺は思った。
もう、限界かもな。
都会はハゲに優しくない。空気は汚れていて乾燥している。これじゃあ頭皮管理用の油代だけで破産しちまいそうだ。
田舎に行こう。
ハゲに優しい田舎に。
俺は茶髪だったモノの悲鳴を聞きながらスローライフを決意した。
ああ……髪の毛の本数を誇っていたヤツが、毛を狩られながら挙げる悲鳴はいつ聞いても癒やされる……
◆
これは、神のあふれた世界の物語。