火を付けられた少年
沈黙。
ギルドの冒険者がこぞって僕の言葉に耳を傾ける。
思いもよらない、嬉しい話。
けれど、内心はこれっぽっちも喜ばないでいた。
「……何を躊躇っておる」
髭を伸ばした老人が、助け舟を出すように僕にそう問いかける。
「いえ、大変有り難い話だとは思いますが」
ピクリとアネンサさんの耳が動いた。
視線は鋭く、なんというかこれからお前は何を言おうしているのだ、的なオーラが放たれている。
別に威圧するつもりもないのだろうが、今の僕にはひどく辛辣な瞳に見えた。
「今の僕はどこかに所属する程の実力はありません」
何故だろう。
素直にうん、と言えない。
——あぁ、そうか。
僕は、悔しいのか。
認めるとふつふつ湧き上がる、どこにも投げようがない気持ち。
その気持ちのまま、言葉をただ紡ぐ。
「トリックスターの看板に泥を塗るつもりもないです。残念ながら、今の僕にはホワイトウルフを倒すだけでいっぱいいっぱい。とてもじゃないですが、お役に立てるとは思えません」
求められているのは、恐らく僕じゃなくて剣神と鎚神の力だ。
森での戦いを見たのだろう。
あの変異種に勝てたのも、僕に寄り添う武器のお陰で、スキルのお陰で……そんな気持ちで胸が重い。
強く歯を食いしばって、己の未熟さを呪う。
強くなりたい。
それは燦然と煌めく太陽を掴むが如き的を得ない話だ。
でも、信念だけは曲げないと。
決して己を見失うことはあってはならない。
それは亡き父がよく呟いていた大事な言葉。
だから、
清廉な白銀の剣、優雅たる黄金の剣に。
その持ち手として、担い手として相応しい英雄になるのだと。
僕は戦いながら決めたのだった。
そんな僕を見て、武人のような山男は声を張り上げた。
「あい、分かった! アネンサよ、此度は諦めよう。坊主の瞳を見るに、断られたのは自信のなさからじゃなさそうだ」
「少年、良いのか」
それは絶対的な強者からの施しの宣告。
絶対に辿り着かない。
この境地には辿り着けないと、そう雲上から見下し、諦観に似た視線をぶつけられる。
「トリックスターに入れば、名誉は約束されるのだかな」
がっかりしたのか、暴力に近い言葉を投げかけられる。
瞳は諦観に似た色をはらんでいた。
不変の立場を放棄した間抜けな僕にがっかりしているのだろうか。
それとも——、矜持を汚されたことにか。
でも、強者であるが故に気付いていない。
足元に数多の冒険者がその席を狙っている事が見えていない。
「結局は個人によるじゃん! アネンサは熱くなりすぎ!」
「エルザード、お前まで……」
少し驚いたような顔をしたが、すぐに凛とした表情に戻ってふっと息を吐く。
彼女なりの冷静を取り戻すルーティンなのだろう。
「まっ、仕方ないじゃん。おいおい、絶対会うって」
「いつも冷静なアネンサにしては急くではないか。坊主、良かったな。こやつがそこまで言うのは珍しい。必ずまた会うだろう。その時は槍の使い方も教えてやる」
最後に武人が笑うと、アネンサさんもつられて笑った。
じゃあ、少年。
健やかに。
手を振りながら、小さいギルドを後にした。
☆
「振られてしまった……どうして」
アネンサ達は町を抜けて、山道をゆっくりと歩いていく。
空は暗く、天には星が瞬いているが気持ちは晴れないらしい。
「余裕のある大人感を出したのに、私が間違っていたのか?」
ぶつくさと愚痴をこぼしながら、アネンサは何度も同じ話を繰り返していた。
いい加減聞き飽きたと、エルザードは耳を閉じ、ドームは鼻息だけでその話に返答する。
「こんなに悲しい気持ちは初めてだ。まるで長年連れ添った男に逃げられた気持ちだぞ」
「いや、アネンサは彼氏もいたことないじゃん」
「し、ししし、失礼だぞっ! 私だって男の一人や二人、いや百人や二百人……言ってて虚しくなってきた」
誤解されがちだが、アネンサは素直である。
嘘はつけないし、気持ちもストレートに伝える。
だから、トリックスターでは未だに男の影はなく、散々人の気持ちが分からないと言われていた。
「坊主みたいな子は好みか。あの熱の入り方、尋常じゃなかったが」
「好み、好みか……。そうだな、あの子を私の手で育てたいと思ったのは間違いない。きっと私の思い描いた理想の英雄となれる」
「へ、変態って意外と近くにいるもんじゃん。ドーム、どうしよう。これってどこかの警備隊に——」
あわあわとエルザードがドームに縋り付いた。
そんなお決まりの下手なやり取りも、アネンサの不思議な気持ちには勝てないだろう。
「どうなるかな。まだ駆け出しの英雄は。ふふっ……また会うのが楽しみだ」
撒かれ始めた小さな種。
その種から芽がでるのを、アネンサは今から楽しみにしているのだから。