銀の彼女、銀の彼女!
……困った。
ジリジリと距離を詰め、まるで捕まえようとお姉さんは手を伸ばす。
「まっ、別に良いですけどね」
そう言って、下から覗き込まれる。
見逃されたのか? 僕は分からないままに顔を上げた。
「何か事情があるんでしょう? その顔を見て悪いことを企んでるようには見えなくて」
えへへと悪戯っぽく笑う彼女に、なんだか面を食らってしまう。
さっきまでの険悪な雰囲気は何処へやら。
これが冒険者を支える受付嬢の出すオーラとやらだろうか。
「頑張ったのね」
キュッと僕の手を握ると、そう呟いた。
「え?」
「これだけ手のひらが固いとね。あぁ、努力してたんだなぁって思うの」
「ありがとう……ございます」
触れる手のひらは熱く、どちらからともなくゆっくりと顔が近づいて——。
「ストーップ! そこの受付、それ以上は許さないわ。あまりアルくんに悪影響を与えてくれないで欲しいのだけれど」
遮るようにグラがその手を強引に引き離した。
うん、今回ばかりは賢明な判断と言えるだらう。
それぐらいには、お姉さんの演技は熱が入っていた。
「ギューギューと暑苦しい! アルくんも。よそ見しちゃダメなんだから」
「グラトニーさんはよっぽどアルさんが大事なんですね」
「ばばばば、馬鹿!」
今度はブンブンと手を振って、グラは否定を繰り返す。
だけど、思わずこちらが赤面してしまうぐらいに、それは堂々した「肯定」であった。
「疑われてますし、おいたはここまでにしておきます! では、グラトニーさん改めて水晶に手を」
置いた瞬間強く輝いたように見えたが、気のせいか。
ぼやけた光に変わって、水晶はただ単純にグラトニーの鑑定を進める。
「うん、普通ね」
どうして? 僕よりもグラの方が……。
そんな僕の視線に気付いたらしい。
入れ替わり後ろに佇む僕を見て、ちろりと赤い舌を出す。
「げ、ん、か、く」
口パクで伝えられる。
ずるい、それが使えるなら僕にも使って欲しかった。
「では、カードを発行しますね。受付で待っていて下さい。あっ、でも! 冒険者なりたてでも出来るお仕事はありますから、そちらを確認されるのが宜しいかと」
ダンジョンは待ってくれない。
この瞬間にも出来ることはあるはずだ。
疼く身体を持て余していると、ふとグラと目が合う。
僕とグラは頷きあって、鑑定部屋を飛び出したのだった。
☆
「って言っても、どこまでを許容範囲にするかだよね」
そう言いながら近くにある依頼書を毟り取る。
「納品! 薬草の元! 求む! 場所は、うん。三層までしかないシンプルなダンジョンね」
この世界最大級のダンジョンである『地上封印迷宮アダム』、『地下封印迷宮イヴ』は調査隊の報告によると少なくとも五十層はあるらしい。
いかに、この封印迷宮が小規模なのかよく分かる。
「手始めに行ってみようよ! 出現モンスターも、野良にいるスライム、ホワイトウルフとかゴブリンが殆どみたいだしさ」
「……ちょっと待った!」
「あーうずうずする! ねっ、すぐに行くわよね!」
グラがぐいと腕を引っ張り、わくわくした顔で鼻息荒く駆けようとした。
その時——。
「ちょっと待ったああああ!」
僕らの前で、一人の少女が通せんぼした。
驚き思わず通ろうとすると、
「やはり来たのね。……邪魔よ」
グラが強引に突破を試みる。
「なぁーっ! ちょっとちょっと! 折角忠告の為に、だけじゃないけど、立ち止まったのに!」
「グラ、この人も冒険者みたいだし話ぐらい聞こうよ」
「ッチ! ……やっぱり、……」
舌打ちしながらブツブツと文句を言うグラを後ろにやって、僕は握手の為に手を伸ばす。
「初めまして。僕はアル、この子はグラトニー。いきなり不躾な態度でごめんね。それで、忠告って?」
「ニールです。まったく、まったく! あんなのってないです! すごくすごーく失礼ですよ! 初陣だからといって気持ちが逸ってはいけませんね」
難しい顔をしたとと思えば、今度はぱぁーっと弾けるような笑顔。
金の髪にルビーのような真紅の瞳が良く映えている。
グラが静の美しさとするなら、このニールって子は動の可愛らしさと表現すべきかな。
そして、ニールは握手した僕の手を握りながら話を続けた。
「まずその防具なしの状態! アル様ったら、ダメですよ。モンスターの攻撃は生身じゃ大変です。それにその貧弱な武器! やはり、ニールが——」
「うるさいわね! 私がアルくんの武器だけど何か文句あるの?!」
「ふんっ、アテナ神の……。アル様はその猛牛はちゃんと躾をされてますか?」
そう言われても仕方ない。
非はこちらにある。
空いた手で頬を掻きながら、握られ続ける手を払い頭を下げた。
「あっ……折角アル様に」
ん……ちょっと待って。
アル様? それに、だけど。
さっき言われたけど、僕は今武器なんて持ってない。
なんだ、この感じ——。
「ごめんね。グラトニーもそんなつもりじゃ……」
違和感を聞き出す為に言葉を繋げようとすると、後ろから罵声が飛ぶ。
「金髪乳でか女!」
「銀髪乳なし女!」
「赤目!」
「青目!」
「ないと、思うんだけど……あの……」
いや、そもそも息ぴったりすぎないかな。
なんだろう旧い知り合いに近い関係性と言うのか、初めて会ったとは思えない。
「もう諦めたと思ってたのに。やっぱり来たのね」
「ふん、うるさいですよ。ここまで誰にも触らせてないんですから。このニールはアル様に仕えるために……」
「へっ?」
何が何だか分からない状態の僕にニールが更に混乱する一言を告げる。
「さて、ここで改めて本来の目的を! 鎚神ニール、アル様のために馳せ参じました!」
撹乱する如く金色のサイドテールを揺らし、ニールはサッと跪くのだった。