謎の男
空は快晴。
鳥達は鳴いて、眠りこけた者を呼び起こす。
それは爽やかな朝の始まりだった。
「よく寝たわ」
何があったのだろうか。
記憶は最後、アルくんが変異種を倒した時で止まっている。
あの後はどうやって帰ったのだろうか。
意識がリンクしているとはいえ、私も眠りに落ちると長い方だから分からない。
「僕、は……か」
私の担い手は、大事そうに私と金の剣を胸に抱いて眠っていた。
ここは決して宿、ではない。
おそらくギルドの鑑定部屋だろう。
埃っぽい臭いが、鼻をつく。
それにしても何て無防備で、何て無垢なのだろうか。
復讐に滾っている訳じゃない、ただ強くなりたいだけの、純粋な子。
やっぱり、アルくんで良かったな。
「っ、コホン!」
咳払いをして見られていないか、起きていないかをチェック。
栗色の髪の毛が吐息に合わせて上下する。
ゆっくりと、起こさないように私は人の姿へ戻り、その柔らかそうな主人の頬を——。
「で、アナタも帰ってきたのですか」
ピクリと、指が止まった。
タイミングが悪いことこの上ないわ。
嫌がらせかしら、明らかに嫌がらせよね。
「何かしら。文句でも?」
「いーえ、アル様を助けるには確かにアナタの力が必要だと思いますし」
彼女はニール、私と同じ武器の神様で同じ人物を主として使われている武器。
別段、主人の事で揉めなければ、相性は良いと思う。
スキルの強化が彼女の役割で、スキルの奪取が私の役割。
バランスは取れているように思えるのだけれど。
「で、す、が! アル様に触れようとするなど許し難いですね。それも、麗しいお眠り姿のアル様に!」
これこれ、こういうところが気にくわない。
最初の武器は私だし、別に寝てる顔を突こうとするぐらい良くないかしら。
優等生ぶって、隙あらばのくせに。
「うるさい。アルくんが起きる」
武器を司る神として、どちらが上か。
それは主人にも分かっていて貰わなければ、気が済まないのが難しいところ。
改めて剣の姿から、私には劣るが美麗な姿に戻ったニールを見て苦笑する。
そんな事言っててアルくんの寝顔に興味津々なのは、どうなんだろうって。
「……んー? 二人とも、もう起きてたの?」
私達に遅れて起床する主人は、寝ぼけた眼で笑いかける。
「くっ、起きてしまわれましたか」
「ニール、その言い方だと、僕が起きない方が良かったってことかな」
「ちち、違います! そうじゃなくて、ううっ……!」
「おはよう、アルくん」
私が挨拶すると、
「おはよう。今日もよろしくね、二人とも」
むず痒そうに、手を伸ばし起き上がるのだった。
☆
目覚めは割と悪くなかった。
僕は用意された豆を潰して丸めた団子を口いれながら、朝を思い出していた。
思っていたより昨夜の騒動のダメージは少ないらしい。
「ニール、残したらダメだよ」
「ピールビーンズは正直美味しさが分からないです」
苦味はあるが、そこはぐっと我慢して飲み込む。
豆は栄養があるのだから、しっかり食べないと。
「って、言ったそばからグラも残してるし」
「……なんて例えれば……土を食べてる気分だわ」
げっそりとした表情を浮かべながら、豆団子をスプーンで叩く。
「おいおい、小英雄様はそんなひもじいもん食ってるのか?」
飄々とした態度の男は急に現れ、青の髪をおっ立たせてどかっと僕らの前に座った。
なんだろう。
不快感はないが、どことなく警戒心を抱かせる男だ。
「変なタイミングもあるんだなぁ。この食事部屋には今日は誰もいねぇ。なぁ、昨日の話を聞かせてくねぇか?」
「また——」
またその話か。
今日は朝から災難だった。
やれ初陣で何があったのか、やれトリックスターとどう知り合ったのか。
そんな質問ばっかりで飽き飽きしていたのに。
「ちげぇよ! 俺が知りてぇのはお前の武器だよ」
食い気味に否定されて、両脇にいる二人を指差す。
折角ギルド長が僕らを心配して人払いの結界を、……と、そこでようやく違和感に気付いた。
いや気付かされたというべきだろう。
ニヤニヤと赤目をギラつかせて、僕を射抜くように見つめる。
そもそも人払いの結界を破って、不意に現れた事からして不可解だ。
何よりニールとグラが武器と気付いているという点はもっと不可解であった。
「なっ!」
なんで、と言葉を続けようとしたその瞬間——。
次の瞬間にはグラとニールは木の椅子を弾き飛ばして、立ち上がっていた。
殺気立つとはこういうことを指すのだろうか。
指先の神経まで尖らせて、二人はそのまま机さえも破壊そうになっていた。
「すげぇ殺気、そんな逸るなよ。っ、はぁ——。つまんねぇ、今日は白けちまった。なぁ、小英雄。今日は南南西にある小迷宮に行ってみろ。お前の為になるいいモンが見れるぜ」
ひらひらと手を振り、あっという間に男は姿を消した。
悔しいが、追うことも出来ない。
というより、少しもその場から動けないのだ。
貼り付けられたように、僕は椅子にもたれかかっていた。
「……アイツ、何者よ。びゅんと現れて、試すように殺気だけ放って消えるなんて、無礼極まりないわ」
僕よりも焦った表情を浮かべるのは、グラとニール。
相当な圧がかかってようで、頬に汗が伝っていた。
「少なくともまともな神経ではありません。アル様、決してヤツの口車に乗ってはいけませんよ?」
ニールの忠告も分かるのだが、それよりも青髪が言った言葉が脳に引っかかって、こびりついている。
南南西の迷宮、そもそもそんな場所に迷宮はあったのか。
「南南西の、迷宮……。ごめん、二人とも。今日行く先、そこに決めていいかな」
震える指先を見つめて、揺れる足を抑えつける。
行かなければならないという、自分でもどうかと思うこの直感。
「何かある気がするんだ——」




