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剣の担い手

「何になりたいの?」


 彼女は笑って僕にそう言った。

 だから、


「僕はね、えいゆーになりたい! それで、いつか。いつか……パパを殺したモンスターを絶対に倒すんだ!」


 僕は返事して、己の手のひらを見た。


「偉いねアルくんは」


 今度は寂しそうに、頬には一粒涙が伝う。

 そして、まるで何かを失いそうな顔で僕を見るのだ。

 僕はなんだか悲しくなって、小さい彼女の頭を撫でる。


「泣かないで。僕が君を守るよ。約束する」


「本当に?アルくんが私を守ってくれる?」


「うん、誓うよ!」


 遠い、遠い、虚ろな記憶の片隅——。




「では、アル=トール。この武器を成人したお主に。女神アテナからの贈り物だ」


 齢十五を過ぎるとこの世界の神は子供を大人として扱い、その子だけに使用出来る武器を与える。

 通称「成人の儀」

 与えられた武器は手となり、足となり、主人と共に成長していく。


 何故そんな儀式が行われているのか。

 それはこの世界の迷宮に封じられた「モンスター」を倒すためだ。

 例えば、どれだけ離れていても絶対に当たる弓。

 例えば、どんな物でも斬れる剣。

 そうして与えられた武器によって子供達はいずれ英雄になっていく。


「有難き幸せ」


 僕は青い鞘に包まれた洋剣を跪いて受け取る。

 ずしっと重い手に残る感触に、高ぶる気持ちと共に大人になったんだと実感した。


 荘厳な、それでいて妙な安心感がある場所。

 ここは女神アテナを祀る神殿であった。

 武の神である彼女は、生まれた時に僕に祝福を与えてくれたらしい。

 まぁ、母さんが言う話だから本当かどうかは別だけども。


「……すまぬ」


 そんな僕をよそに、司教は申し訳なさそうに目を閉じている。

 記念すべき日に、一体何を言って——。


「お前の剣は「無能力」だ」


 まさかの無能力宣言だった。

 グラリ、身体の骨が抜かれたかと錯覚する程の衝撃。


「そんな、まさか」


「鑑定した。間違いはない」


 あ、そんな間抜けな声しか出なかった。

 何で、どうして。

 いつかあの双角の悪魔に復讐する為に、ここまで努力してきたのに。

 急に熱気が冷め、周りの人が落胆しているのが分かった。


「アルくん、ショックだろうな」


「でもよー、俺は期待してたんだぜ。彼ならきっと英雄になれるってさ」


 耐えられない。耐えられない。耐えられない。

 今すぐにでもここを飛び出して、消え去ってしまいたい程だ。

 自惚れていた。

 僕は神に愛されてる、だなんて。

 傲慢も良いところだ。


「これで、アルの儀式を終了する」


 司教の台詞と共に僕は、外へ飛び出す。

 消え去りたい。

 このままいっそ——。


 気付けば、そこはモンスターが出るから子供は入れない「終焉の森」と呼ばれる場所だった。


 ここまで走ってきてたのか。

 随分と遠い場所まで来てたらしい。

 息は荒く、動悸が止まらない。


「はぁっ、はぁっ。クソッ! クソォオオオオオオ!」


 思わず叫んだ。

 それは悔しかったからなのか、それとも別の感情からなのか。

 自分のことなのに、思考が追いついていなかった。


「なんで、どうして! 僕は何だってやってきた! 剣だって、槍だって、弓だって、斧だって、全部使えるように。なのに、こんなのってあんまり、だよ……」


 森の中でへたり込む。


「うわぁああああ!」


 鞘から剣を引っこ抜いて、苛立ちをぶつけるようにただ乱雑に振りかざす。

 右に、左に、下から上に、上から下に。

 何度剣を振っただろうか。

 神殿に入った時には、昼だったのにいつしか夕暮れになっていた。


「帰ろう」


 苛立ちはいつしか霧散して、僕の足は家に向かい始めた。

 夜の森は危ないし、今の僕じゃ簡単にやられるだろう。


「……帰り道が、分からない」


 少し歩き始めて、ようやく己が迷子になったのだと気が付いた。

 辺りはすっかり暗くなり、今や転けないようにするのが精一杯だった。


 森に入る時は、目印を。

 散々習ったはずなのに、それすら守れていないとは呆れを通り越して笑える。


「滑稽すぎるよね」


 自分を嘲笑しながら、ゆっくりと地面を見つつ前へ進む。

 入った時の森は温かく見えたのに、今や迷宮にしか見えなかった。

 生ぬるい風が吹く。

 風は僕を驚かすように、じっとりと頬を撫でた。


「……グル、グルル」


 突如として聞こえた獣の声。

 僕は咄嗟にその場に身を屈め、音が出ないように息を殺した。


「(タイミングが良いのか、それとも悪いのか)」


 心で文句を言いながら、目だけはしっかり動かす。


「がああああッ!」


「後ろか!」


気配を察して、僕はすぐさま前に転がる。

どうやら臭いが風に乗っていたらしかった。


「どうする、どうすれば」


 僕のいた位置に堂々と陣取るモンスター。

 ホワイトウルフが鋭い眼光で僕を穿つ。


「ッ!」


 鞘から再び剣を引き抜く。

 とりあえず鞘はその場に放り出して、両手で剣を握った。

 「無」の剣は月の光を反射して、刀身を煌めかせる。


「フシャゥ」


 ジリジリと距離を測りながら、ホワイトウルフは前傾姿勢になった。

 獲物を狩る時の態勢である。


 前脚に力を込めた。

 ——来るっ!


「アル! 上から振りかざして!」


 聞き慣れない声に呼応して、僕は縦に一閃する。


「ガァアアッ!」


 まさか抵抗して来るとは思ってなかったのか、あっさりとホワイトウルフの顔に剣が直撃した。

 ゴリッという骨と鉄がぶつかるような、鈍い音がしてその後、鮮血を撒き散らす。

 絶命するとは、こういう時に使うのだろう。

 勢いを利用した一撃は、いとも簡単に命を奪ったのだった。


 初めてのモンスター退治はあまりに刺激的らしく、僕は血を浴びて、そこで意識を失う。


「……あ」


「ようやく起きたのかしら。初陣にしてはやるじゃない」


「あ、れ」


「久しぶりね」


 誰だろうか。

 少なくともこの小さな村の人じゃない。

 白銀の髪に、サファイアブルーの眼。

 背丈は百五十センチぐらいの、見知らぬ少女が僕の頭を膝に乗せていた。


「膝の乗り心地は良さそうね」


 見る感じからして妙に神々しい。

 どうもそんな知り合いは記憶を辿っても居ないはずだ。


「……っ、はぁ。まだ気付いてないのかしら。昔私を守ってくれるって、約束したでしょ?」


 呆れたように彼女は僕を見た。


「君は、まさか」


 遠い昔の記憶、約束の子。

 僕はガバッと起き上がって、彼女の肩を掴む。


「アルくん、ようやく会えたね」


 そう言って、昔と変わらない笑顔で僕を見るのだった。


 ☆ ☆ ☆


「君が、あの時の?」


「ええ、そうよ。昔アテナ様の気まぐれで地上に降ろされた事があったの。その時に出会ったのが私達って訳。……剣の神ソード。それが私の名前よ」


 僕の剣は剣じゃなかった。

 何だか不思議な気持ちになって、横に座るソードの頭を思わず撫でる。


「わぷっ、急に撫でないでよ! もーっ」


 そう言うものの、ソードは目を細めて気持ちよさそうに声を弾ませる。


「……でも、ごめんね。忘れてて」


「良いわよ。別にアルくんが悪い訳じゃないんだから。で、どうだった。私の切れ味は」


 尻尾が付いてたら振り回してるんだろうな。


「ねっ、凄いでしょ! 狼をばっさり! 私だって何もしなかった訳じゃないのよ!」


 僕の太ももに手を置いて、前のめりになるソード。

 興奮する彼女に申し訳なくなって、謝罪を口にする。


「ありがとう。でも、ごめんね。僕の剣は「無能力」だった。アテナ様に……」


「へ?」


 折角、再会したのに。

 ソードの気持ちを考えると居た堪れない気持ちなる。

 その反応だって当たり前——。


「何言ってるのよ。ちゃんと成長してるじゃない」


 馬鹿ね、とソードは言うと己を再び剣に変えて刀身を見せる。


「緩急+1?」


 そこには、確かにそう書かれていた。

 緩急+1だけじゃない。

 跳躍+1

 嗅覚+1

 と、他にも追記されている。


 これではまるで僕じゃなくて、剣が先に成長しているような……。

 普通は逆なのだ。

 持ち主が成長して、それが武器に伝わり成長する。


「アテナ様がアルくんに与えたのは武器じゃない」


 僕の疑問を感じ取ったのか、ソードはそう断言した。


「どういう、だって神様が与えてくれるのは封印迷宮(ダンジョン)を攻略する為の武器を」


「武器じゃなくて、神を与えられたの! つまり、私! ここまで言わないといけない? わ、私だって恥ずかしいんだから!」


 カシャンとソードは一揺れすると、今度は怒ったように跳ね回った。

 てっきり僕は剣を使って会いに来てくれたとばかり思っていたが、どうやらそうではないらしい。


「……そう、私は最強である「暴食」のソード。しっかり使いこなしてよね」


 小さい声ながらも、ソードは笑って自己紹介をするのだった。

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