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竜の住む街  作者: 瀬田まみむめも
第一章 立田川流子
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- 5 -


 翌日。

 早々に登校して自分の席に座っていると、

「おっはよー!」

 ゴンッ。

 と、女子からの挨拶と同時に後頭部を殴打された。

「痛ェ……誰だ!」

 なんて聞かなくとも誰がこんなことをするかなんてわかりきっている。

 振り返ると、ステンレス製の水筒を手に持ち、清々しい笑顔を浮かべるリンの姿がそこにあった。

 ついでに、柏木はご立派な部活で使用しているカメラをこちらに向けて満足そうに親指を立てていた。

 柏木とのやり取りはだいたいいつものことだが、リンが朝からこうして絡んでくるなんて珍しいことだった。しかも、柏木と一緒にいるだなんて何を企んでいやがるんだ。

「リンはもっと穏便な挨拶はできないのか!」

「へへ、気が付かないのが悪い!」

 気配で気がつくとかそんなマネ出来ないよ!

「朝からいい写真を撮らせてもらったぜ」

「……新聞部の記事にすんなよ」

 柏木の方も、釘を差しておく。

 二人はそれで満足したのか、それぞれの席に戻っていった。

 俺がこうして早々と登校できるのは、家から歩いて十数分のところにあるからだ。

 リンの家は向かいの家なので同じくらいの所要時間だが、朝練があればどうしても始業の時間ギリギリに教室に入ることとなる。

 柏木は……よくわからない。自分の事はあまり語りがらないし、聞いても答えてもらえた試しはない。

 個人情報を大切にしているという観点から言えば、新聞部っていうのは性に合っているのだろうか。

 教室に設置してある時計に視線を向ければ、始業のチャイムがもうじき鳴る時間である。

 大半の人間は着席しており、毎日のように遅刻するヤツは教室にはいない。

 と、ここで一つ気になることがあった。

 立田川だ。

 立田川は一度たりとも遅刻をしたことはない。

 それどころか、毎日俺よりも先に登校して自分の席でにおとなしく座っている。

 何もかかわらず、今日は立田川の席には誰もいない。

 もしかすると、今年も……。

 という考えが頭に浮かぶ。

 そうなると、立田川はしばらく学校に来なくなる。

 しかも、教師の反応は淡々としているのだ。

 チャイムがなる前にリンか立田川に聞いてみたい気持ちはある。

 しかしなぁ、柏木はすでに机に突っ伏して寝ているし、リンに至っては昨日の今日だ。

 興味だけで尋ねるには正直危険な気がしてならない。

 それにしても、昨日のリンはどういうことだったのだろうか。

 などと考えている内に、チャイムが鳴って担任が教室に入ってきた。

 担任は紳士な出で立ちの男の教師だ。

 髪をオールバックにしていて、サングラスを掛けたらヤクザに見えなくもないとしばしば言われている。

 それと同時に、遅刻常習組が走って教室に滑り込んでくる。

 そんなに走るならもっと早く家を出ればいいのにと思わなくはない。

 担任が教壇に立ち、出席簿を開き、一人ひとり確認をする。

 そして、立田川の席に目を向けると、

「立田川は……休みだな」

 と、特に感想を抱くわけもなく淡々としていた。

 他の人間だったら「珍しい」くらは口にしていたのに、だ。

 その後もこれといった内容のない連絡事項を言ってから、担任は教室を後にした。

 立田川については何も触れなかった。

 他の人間も特に気にする素振りはなく、立田川の友好関係というものはこの程度なのかと感じさせる。

 これは中学の頃も同じようなものだった。

 高校に進学したところで、何か変わることはないということか。

 強いて言えば、担任が立田川の席を見た時に、やや面倒そうな表情を浮かべていた。ような気がする。



 さてさて、立田川はどうしてこの時期になると休んでしまうのか。

 可能であれば本人の口から聞きたかったんだが、こうして休まれてしまえば欠席者に口なし。尋ねるスベはない。

 それ以前に昨日の様子だと、普通の会話すら立田川はしたがらなかったんだがな。

「荒谷」

 なんだか男の声で俺を呼ぶような声が聞こえたような気がする。

 無視してしまおう。俺は考え事をしているんだ。

 立田川がいない今、どうすればこの疑問を解決することが出来るのだろうか。

 となると、出来ることと言えば立田川の家に――

「荒谷! 戻ってこい!」

「なんだ、うるさいぞ! 俺の考え事の邪魔をすんな!」

 この声の正体は柏木だ。

 そうだそうだ。立田川の欠席の理由について考えていたら放課後になっていたんだ。

 今日一日の授業の内容は全く記憶にない。

 そしてその記憶を犠牲にして考えついた結論は単純なものだった。

 立田川の家まで直接行って聞けばいいのだ。

 安易だし、迷惑かもしれない。それでも、何か困っていることがあれば聞きたい。

 それに、押しかけてもクラスメイトということで理由くらいは教えてもらえる。かもしれない。

 しかしながら、俺は立田川の家を知らない。

 そこで柏木の出番なわけだ。

 新聞部で情報屋である柏木の、だ。

「だから、途中で考え事するな! オレはさっさと部室に向かいたんだが」

 ということで、ホームルーム終了と同時に出ていってしまう柏木の腕をがっしりと掴んでおいたのだ。

「柏木、ちょっと待て」

「嫌だ! 離せ!」

「竜を追うついでに情報屋になった優秀な新聞部員の柏木涼牙氏に頼み事がある!」

「うお、気持ち悪ッ!? ……用なら、手短にな」

 案外ちょろい。

 が、気持ち悪いといわれて俺は少し傷ついた。

 ただ、ここで協力してもらえるならば、立田川の謎に近づける、気がする。

「取材でよく使う地図があったよな? 柏木マップだっけ。貸してくれない?」

「……あるが、何に使うんだよ」

 柏木マップ。

 主に竜の目撃情報や、取材した場所のメモが事細かに記載されている近隣の地図だ。

 さらに柏木の趣味として、ジャンルを問わずお買い得な店や、クラスメイトの大半――主に女子――がどこに住んでいるかも記されている。

 誰が使うにしても便利な地図で、運良く受け取った人間は皆「便利だった」と口を揃えるほどだ。

 個人情報保護? 知らん。

「立田川の家に行きたい」

「……オレはやめておけって言ったよな?」

「言われた!」

 それだけで諦めきれるかってんだ。

 俺にだって意地がある。

 夜も眠れなくなる。

「そんなはっきりと言うな!」

 油断した隙に柏木は俺が掴んでいた腕を振りほどいてしまった。

 しかし、そのまま逃げる様子はなく、

「そこまでして、立田川の何を知りたいんだ? 愛の告白でもするつもりか?」

「いやいやまさか。俺さ中学の時から立田川と一緒で、同じクラスだったんだ。で、この時期になると、立田川はしばらく休むんだよ。それで、なんで休むのかが気になっててさ」

「……」

 俺の柏木マップを欲する理由を聞いて、柏木は急に真面目な顔になって黙りこくってしまった。

 何かマズいことでもあるのか?

「それで、立田川が今日休んだから――」

「荒谷」

 俺の言葉を遮って、柏木が口を開く。

 その口調は聞いたことのない低い口調で、まるで脅しかけるかのようなそれだった。

「お前が立田川の家まで行って、立田川に何のメリットがある?」

「……そ、それは」

 唐突に聞かれると、言葉に詰まってしまう。しかし、

「立田川の理由次第では、俺に出来ることをしたい。協力できることがあれば、俺は力を貸したい」

 とならば答えられる。

 俺の言葉を聞いて、柏木は眉間にシワを寄せた。

「……その程度の安易な考えはお前も立田川も身を滅ぼすことになるぞ」

「え?」

 柏木は何か知ってる?

「その覚悟がお前にあるのか? って聞きたいんだ」

「……お前が何を知っているのかはわからない。でも、俺は子どもじゃないんだ」

 ため息を吐く柏木。

「そうか……まあ、実際に行ってみるといいさ」

 とつぶやいて、教室から出ていこうと足を踏み出す。

「おい、地図は?」

 俺の問いかけに足を止める。

 俺に背中を向けたまま、右手の親指を柏木の机に向ける。

「バックアップで古いバージョンが机に入っている。覚悟があるなら持っていけ。立田川の家くらいならそれで十分だ。返してもらわなくてもいい」

「ああ、恩に着る」

 机から柏木に視線を戻そうとしたらすでにアイツの姿はなかった。

 流石、頼れる情報屋だ。

 柏木が何を知っているのはわからないし、答えてはくれないだろう。

 俺は柏木の机に手を突っ込む。すると、丁寧に折りたたまれた、ここの周辺の地図が出てきた。

 手書きで様々な場所にメモが記されている。

 そんな地図から立田川の家を探すのは大変そうだが、自分の足で探すよりかはよっぽど楽であろう。

 柏木に感謝をしつつ、地図に記された「立田川」の文字を見つけた。

 住宅街ではなく、近所の山にポツリと一件だけマークされていた。

 ここから遠いわけではないが、そんなところに立田川は住んでいるのか……発見であった。

 とにかく、これで立田川の家まで行ける。

 俺が教室を後にしようとすると、まだ教室にいたリンと目が合った。

 声をかけてくることはなかったが、どこか寂しそうな目をしていた。そんな気がした。


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