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竜の住む街  作者: 瀬田まみむめも
第一章 立田川流子
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 つまらない授業であっても、時間が経過すれば放課後になる。

 ホームルームが終わり、教室の人間は部活へ向かったり、帰路についたりするわけだ。

 後ろの席の柏木はというと、部活熱心なお方なのでホームルーム終了と同時に教室を出ていってしまった。

 去り際に「立田川だったら、成鐘の方が成功率が高いぞ」とか言われた。余計なお世話だ。

 クラスの面々はそれぞれ散り散りになっていく。

 すでに半数ほどが教室から出ていって、残りはクラスメイト同士で雑談をしていたり、帰り支度してたりの人間が多かった。

 まるでそれは社会の縮図を見ているようだ……もっとも、高校生風情が何を言っているんだと突っ込まれそうではあるが。

 リンの姿はもうない。部活に行ったのだろうか、確か陸上部に所属している。

 朝登校したときや、放課後帰る時にグラウンドの方を見ると、ポニーテールを揺らして走るリンの姿を確認できる。

 脚力が強力なのは陸上で鍛えているからなのだろう。

 しかし、リンの机を見ると横のフックに体操服が入っているだろう袋がそこにあるのに気がついた。

 朝や帰りのときにはないそれが何故そこにあるのか。

 それと、教室前方に目を向ける。

 今日の内に声をかけたい相手――立田川――はまだ教室にいた。

 立ち上がって、机の中の教科書をカバンの中に詰めようとしてるところだった。

 短めだけど、川のようにさらっと流れるような黒い髪の毛は、遠くから見てもその美しさがわかる。

 身体の線はやっぱり細く力を込めたら折れてしまいそうにも見える。

 いつまでも眺めていたらそのまま帰ってしまいそうなので、俺は後ろからそっと近づいて、

「立田川」

 と声をかけたら、

「――ッ!?」

 細い体がビクッとはねた。

 ビビらせるつもりがないのにそんな反応をされたら俺がびっくりしてしまう。

 驚かせたつもりはねーよ!

 数瞬してからゆっくりと、恐る恐るとこちらに立田川は顔を向けた。

 その表情はまるで狼に怯える子羊みたいで……そんな顔されたら俺が困るんだが。

「あの、立田川?」

「……うん?」

 騒がしい場所だったら聴き逃してしまいそうな小さな声で、コクリと反応を示す。僅かだが、首が縦に振られる。

「俺のこと、覚えてる?」

「……?」

 首が横に傾く。

 あー、なんだかやりにくいなぁ。

 しかも、わかってないって反応されたし。三年間同じクラスだったのに、ちょっとショック。

「中学の頃、ずっと同じクラスだっただろ?」

「……………………あ。思い出した」

 思い出すまで長い!

 しかも『なんで声かけてくるんだろう?』という不思議そうな表情がついてくる。

「で、さ。立田川」

 なんか、会話のタイミングがつかみにくいなぁ……。独特な雰囲気があるというか。

 まるで狂わされているかのような感覚すらしてしまう。

「……ん、なにかな?」

 傾いていた首が、今度は逆の方に傾く。

 今、胸がキュンとしたぞ。あれだ、小動物が可愛い仕草をした時の感覚だ!

 断じて恋心ではない。断じて。

「立田川ってさ。この時期になると、いつも休んでいるよな」

「――ッ!?」

 おう!? また身体を震わせて目を見開いた。

 え、え、もしかして聞いてはいけないことだった?

「あ、言いにくかったら別にいいんだけど、差し支えなければ、ね?」

「……そ、それは」

 立田川は一歩後退して、瞳が潤んで……って、泣きそうなの?

 そんな聞いちゃいけないことだった!?

 後ろで手を組んで、うつむいてしまった。

「す、すまん立田川、聞いちゃいけないことだったら――」

 と、謝罪の言葉を口にしようとした時、背後からおぞましい気配を感じてしまった。

「タマキィィィィィィ!!」

 聞き覚えのある女子の声に振り返るが、すでに遅かった。

 上履きの底と、その奥に見えた色々が視界に入った瞬間、映る景色の全て由来で俺の身体から重力が失われる。

「ぐ、へァ……」

 脚が顔面に突き刺さったのだ。

 全身に強い衝撃を感じると同時に世界が数回回転してから止まる。

 教室がグラングランと揺れているが、少しずつ収まっている。

 こんな強烈な飛び蹴りを行える女子は一人しか知らない。

「リン……」

 目の前に星が浮かんでいるが、徐々にその蹴りをかました犯人の姿を凝らして見る。

 うつ伏せになっていた姿勢から、すぐ横に迫っていた壁に背を預けるように身体を起こして座り込む。

 リンが確かにそこにいて、立田川をかばうように立っている。

「どうよ、女の子のパンツを見た感想は?」

 そんなセリフをそんな大きさの声で言うのかよ。と思ったが、いつの間にか教室には俺たち三人だけになっていた。

「幼馴染のパンツは見飽きた」

「死ね」

 うわ、言葉でも一蹴された。悲しい。

 そんな様子をお構いになしに、リンは立田川に向き直って、

「大丈夫、流子? 変なことされなかった?」

「うん、平気」

 小さい子を心配するかのような、優しい口調だ。

 俺に向けるそれとは大違いだ。

 なんか悔しい。

「で、なんでリンがこんなところにいるんだよ。部活じゃないのかよ」

「体操着を忘れたから取りに来たのよ」

 まるで俺をゴミを見るような目で見下ろしているリン。

「そうしたら、アンタ。流子にちょっかい出しちゃって」

 ちょっかいとは心外な。

「違う! 俺は立田川が毎年休む理由を知りたくてだな」

「うるさい! それがちょっかいだっていうの!」

「えー」

 なんちゅう理由だ。

「いいからアンタはさっさと帰る! 流子にはもうちょっかいださない。声かけない。いい?」

 立田川はリンの所有物かよ。

 なんて言おうもんなら、もう一回足が飛んで来るよなぁ。

「わかったよ……立田川、悪かったな。ダメなこと聞いて」

「……平気、大丈夫」

 立田川はリンに半分隠れながら、ゆっくり小さく頷いた。

 それなや良かった。

「いい? 流子もタマキには近づかない。いい?」

 そんな念を押すことか……。

「……うん、わかった」

 聞き分けのいい子どもか!

 なんか、本当に簡単に壊れそうなんだな……。

「ってことで、タマキは帰れ!」

「へいへい。わかったよ。帰ればいいんだろ?」

 俺は自分の机にあるカバンを持って、教室後方のドアへ向かう。

 教室を後にする直前に、一度振り向いて。

「リン、立田川。またな」

 挨拶だけはちゃんとする。

 どんな関係であっても、忘れてはいけない。

「……うん」

 と立田川の小さい声。

「帰れ帰れ、また明日」

 と、邪険にしつつもちゃんと挨拶を返してくれるリン。

 今日のところはと、俺は教室を出て帰路につく。

 リンがあそこまで怒るということは、立田川が心配だったのだろう。

 まるで避けないな虫をつけたくないみたいな。

 俺でも心配になるような女子だった。

 外見も内面も本当にガラスみたいに壊れてしまいそうな人間で。

 湧き上がる感情は「興味」だろうか。

 リンはどうやって、立田川と仲良くなったのだろうか。

 ……俺も仲良くなれるだろうか。リンが許してくれないだろうけど、諦めたくはなかった。

 知り合いから、友人になれるだろうか。

 俺はそんな期待を浮かべながら、教室から遠ざかる。

 そして、次の日、


 ――立田川が登校してくることはなかった。


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