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その車は、遠くに見える立田川の家と思われる建物の方角からやってきた。
白色で、八人は乗れそうなタイプのやや大きめの車だった。
石畳で簡単に舗装されている場所に停まったため、ここから少しだけ距離があった。
「あれが迎えの車か?」
立田川に尋ねてみる。
「うん」
ということだった。
「じゃあ、俺たちも向かうか」
立田川の家族にわざわざここまで来てもらうのも申し訳ない。
俺はみんなに目配せしてから、壁のない石の建物から離れて、白い車の方まで向かう。
立田川の家族って、どんな人なんだろうか。
石の建物に隣接する立派な社の前で俺たちは並んで待つ。
運転席にいたのは男性で、スライドドアの向こう側には女性が一人座っているようだった。
男性がエンジンを止めて、ドアを開ける。
半袖のポロシャツで、肌は立田川に負けないくらい白い。細身で髪は短く整えられていて、身長は俺たちより少し高いくらいだ。顔つきを見る限り、大学生くらいだろうか。
その頭部に、立田川の人間である証があった。耳の後ろから、黒い角が生えていた。竜の立田川の角みたいだった。
立派で非常に硬化そうな黒い角だ。
リンも柏木もその姿をジッと見ていた。
「……」
降りた後、俺たちを一瞥するが、無言のままだ。歓迎してくれているようにはとても見えない、困ったような表情をしている。
無言の時が続くかと思ったら、立田川が一歩前に出て、
「……お兄ちゃん!」
そのままの勢いで男性に飛び込んでいった。
急だったようで男性が一瞬よろめいたが、立田川を受け止めて抱きしめていた。
立田川のお兄さんなのか。
「元気そうだね」
「うん、元気」
初めてお兄さんは嬉しそうに微笑んでいる。
声や口調は物腰柔らかそうで、丁寧な印象がある。
「この服は……? それに彼らは?」
立田川を一歩後ろに下がらせて、彼女に尋ねていた。
「友達。彼が上着を貸してくれたんだよ」
ニコニコしながら俺たちに手を向ける立田川。
それでも、お兄さんは少しだけ口角を上げるだけで、微笑みもしていなかった。
そりゃそうか。
本来、ここには立田川しかいないはずなんだ。
なのに、不法侵入してここに俺たちがいるのだ。
すぐに警察に通報されるなり、学校に連絡されるなりされてもおかしくないのだ。
「あ、難しい顔してごめんね。竜っぽくなってる姿を見せるのは慣れてなくて……」
お兄さんが苦笑いをして、後頭部に手を当てていた。
「ただ、流子が友達って言ってるからには、そうなんだろう。いつも仲良くしてくれてありがとう」
軽くお辞儀をするお兄さんに、俺たちも頭を下げる。
咎めることもなく、ゆったりとした口調。
やや幼さが残る声のトーンは、立田川家の血筋なのだろうか。
立田川を見ていると、そんな気がしてきた。
「立ち話もどうかと思うから、良かったら家まで上がっていくかい?」
そうお兄さんが家の方角を指す。
この車の大きさなら、俺たちが乗ってもいっぱいになることは無いだろうし。
でも、
「いや、流子も元の姿に戻って疲れてるだろうから、私たちまでついて行くのは遠慮しておきます。ね、タマキ、柏木」
「そうだな」
「おう」
思ってた事を代弁するかのように答えたのはリンだった。
「え、わたしは疲れて無いけど……」
「いいから休んでなさい。明日から学校でしょ」
「あうー……」
親友のリンからそう念を押されてしまったら、断れないだろう。
これ以上、立田川が引き下がってくることはなかった。
「気を使ってくれてありがとう」
そう言いながら、お兄さんは車の後ろに回って後ろにあるドアを開けた。
そこから取り出したのは、畳まれた服だった。
「流子、着替え持ってきてるから、服着て。上着は洗濯――」
「あ、リン――彼女が洗濯してくれた上着なんでそのまま持って帰ります」
「うん、わかった」
立田川を車の反対側に誘導しつつ、お兄さんは俺の上着を畳んで手渡してくれる。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
上着を足元のバッグに突っ込む。
リンが睨んできたように見えたのは、きっと気のせい……だと信じたい。
「家で匂いを嗅いだりしないでよ」
「いや、しないから……」
その発想はなかったかな。
柏木はずっと黙っているが、カメラに手を当ててウズウズしていた。
ああ、珍しい光景なだけに写真を撮りたいんだな。だからといって、今ここでカメラに収めるわけにもいかまい。つまみ出されかねない。
しばらくすると、私服に着替えた立田川がぴょこんと出てきた。
肌の色より白い、シンプルなワンピースだった。
肩紐が細くて、肩や胸元があらわになっている。あらわになっているんだが、どうしてか色気は感じられなかった。
「へへ、似合うかな?」
「似合ってるぞ、立田川」
「へへ」
グッと小さくガッツポーズを見せる立田川。
リンや柏木はにやけながら無言で俺の横腹を突いてきやがる。
なんだ、お前ら随分気が合ってるじゃないか。
「じゃあ、車に乗ろうか。流子」
「うん」
と、いよいよ立田川が車に乗ろうかと言う時、コンコンと中にいる女性がドアの窓を叩いていた。
お兄さんが、不思議そうな表情をして、
「母さん?」
叩かれたドアをスライドさせる。
ゴゴォというスライドドアが開かれる音とともに、一緒に乗っていた女性の姿が現れる。
のだが、
「……え?」
俺もリンも柏木も同じ反応だった。
座席に座っていた女性は、黒い髪は長く、色はやっぱり白い。
顔は幼さがあるが、立田川にはない女性っぽさがある。
耳が人間のものではなく、魚のヒレみたいな、透き通った薄い膜のような形をしている。竜の耳なのだろう。
顔立ちを見る限り、立田川と姉妹と説明されたら信じてしまいそうである。
着ている服は美しい着物で、藤色のとても高そうなそれだった。
そして、驚くべき部分。
腰から下だ。
まず着物から見える足がなかった。それどころか、腰から下の部分が薄っぺらく立体感がない。着物の布しかないという事を主張しているようだった。
極めつけは、女性の横、通路には大きな車輪が特徴である車椅子が折りたたまれていた。
そう、この女性。立田川の母親は、腰から下――下半身が存在していなかったのだ。




