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竜の住む街  作者: 瀬田まみむめも
第五章 竜の住む街
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 その車は、遠くに見える立田川の家と思われる建物の方角からやってきた。

 白色で、八人は乗れそうなタイプのやや大きめの車だった。

 石畳で簡単に舗装されている場所に停まったため、ここから少しだけ距離があった。

「あれが迎えの車か?」

 立田川に尋ねてみる。

「うん」

 ということだった。

「じゃあ、俺たちも向かうか」

 立田川の家族にわざわざここまで来てもらうのも申し訳ない。

 俺はみんなに目配せしてから、壁のない石の建物から離れて、白い車の方まで向かう。

 立田川の家族って、どんな人なんだろうか。

 石の建物に隣接する立派な社の前で俺たちは並んで待つ。

 運転席にいたのは男性で、スライドドアの向こう側には女性が一人座っているようだった。

 男性がエンジンを止めて、ドアを開ける。

 半袖のポロシャツで、肌は立田川に負けないくらい白い。細身で髪は短く整えられていて、身長は俺たちより少し高いくらいだ。顔つきを見る限り、大学生くらいだろうか。

 その頭部に、立田川の人間である証があった。耳の後ろから、黒い角が生えていた。竜の立田川の角みたいだった。

 立派で非常に硬化そうな黒い角だ。

 リンも柏木もその姿をジッと見ていた。

「……」

 降りた後、俺たちを一瞥するが、無言のままだ。歓迎してくれているようにはとても見えない、困ったような表情をしている。

 無言の時が続くかと思ったら、立田川が一歩前に出て、

「……お兄ちゃん!」

 そのままの勢いで男性に飛び込んでいった。

 急だったようで男性が一瞬よろめいたが、立田川を受け止めて抱きしめていた。

 立田川のお兄さんなのか。

「元気そうだね」

「うん、元気」

 初めてお兄さんは嬉しそうに微笑んでいる。

 声や口調は物腰柔らかそうで、丁寧な印象がある。

「この服は……? それに彼らは?」

 立田川を一歩後ろに下がらせて、彼女に尋ねていた。

「友達。彼が上着を貸してくれたんだよ」

 ニコニコしながら俺たちに手を向ける立田川。

 それでも、お兄さんは少しだけ口角を上げるだけで、微笑みもしていなかった。

 そりゃそうか。

 本来、ここには立田川しかいないはずなんだ。

 なのに、不法侵入してここに俺たちがいるのだ。

 すぐに警察に通報されるなり、学校に連絡されるなりされてもおかしくないのだ。

「あ、難しい顔してごめんね。竜っぽくなってる姿を見せるのは慣れてなくて……」

 お兄さんが苦笑いをして、後頭部に手を当てていた。

「ただ、流子が友達って言ってるからには、そうなんだろう。いつも仲良くしてくれてありがとう」

 軽くお辞儀をするお兄さんに、俺たちも頭を下げる。

 咎めることもなく、ゆったりとした口調。

 やや幼さが残る声のトーンは、立田川家の血筋なのだろうか。

 立田川を見ていると、そんな気がしてきた。

「立ち話もどうかと思うから、良かったら家まで上がっていくかい?」

 そうお兄さんが家の方角を指す。

 この車の大きさなら、俺たちが乗ってもいっぱいになることは無いだろうし。

 でも、

「いや、流子も元の姿に戻って疲れてるだろうから、私たちまでついて行くのは遠慮しておきます。ね、タマキ、柏木」

「そうだな」

「おう」

 思ってた事を代弁するかのように答えたのはリンだった。

「え、わたしは疲れて無いけど……」

「いいから休んでなさい。明日から学校でしょ」

「あうー……」

 親友のリンからそう念を押されてしまったら、断れないだろう。

 これ以上、立田川が引き下がってくることはなかった。

「気を使ってくれてありがとう」

 そう言いながら、お兄さんは車の後ろに回って後ろにあるドアを開けた。

 そこから取り出したのは、畳まれた服だった。

「流子、着替え持ってきてるから、服着て。上着は洗濯――」

「あ、リン――彼女が洗濯してくれた上着なんでそのまま持って帰ります」

「うん、わかった」

 立田川を車の反対側に誘導しつつ、お兄さんは俺の上着を畳んで手渡してくれる。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 上着を足元のバッグに突っ込む。

 リンが睨んできたように見えたのは、きっと気のせい……だと信じたい。

「家で匂いを嗅いだりしないでよ」

「いや、しないから……」

 その発想はなかったかな。

 柏木はずっと黙っているが、カメラに手を当ててウズウズしていた。

 ああ、珍しい光景なだけに写真を撮りたいんだな。だからといって、今ここでカメラに収めるわけにもいかまい。つまみ出されかねない。

 しばらくすると、私服に着替えた立田川がぴょこんと出てきた。

 肌の色より白い、シンプルなワンピースだった。

 肩紐が細くて、肩や胸元があらわになっている。あらわになっているんだが、どうしてか色気は感じられなかった。

「へへ、似合うかな?」

「似合ってるぞ、立田川」

「へへ」

 グッと小さくガッツポーズを見せる立田川。

 リンや柏木はにやけながら無言で俺の横腹を突いてきやがる。

 なんだ、お前ら随分気が合ってるじゃないか。

「じゃあ、車に乗ろうか。流子」

「うん」

 と、いよいよ立田川が車に乗ろうかと言う時、コンコンと中にいる女性がドアの窓を叩いていた。

 お兄さんが、不思議そうな表情をして、

「母さん?」

 叩かれたドアをスライドさせる。

 ゴゴォというスライドドアが開かれる音とともに、一緒に乗っていた女性の姿が現れる。

 のだが、

「……え?」

 俺もリンも柏木も同じ反応だった。

 座席に座っていた女性は、黒い髪は長く、色はやっぱり白い。

 顔は幼さがあるが、立田川にはない女性っぽさがある。

 耳が人間のものではなく、魚のヒレみたいな、透き通った薄い膜のような形をしている。竜の耳なのだろう。

 顔立ちを見る限り、立田川と姉妹と説明されたら信じてしまいそうである。

 着ている服は美しい着物で、藤色のとても高そうなそれだった。

 そして、驚くべき部分。

 腰から下だ。

 まず着物から見える足がなかった。それどころか、腰から下の部分が薄っぺらく立体感がない。着物の布しかないという事を主張しているようだった。

 極めつけは、女性の横、通路には大きな車輪が特徴である車椅子が折りたたまれていた。

 そう、この女性。立田川の母親は、腰から下――下半身が存在していなかったのだ。


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