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竜の住む街  作者: 瀬田まみむめも
第五章 竜の住む街
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「柏木!?」

 思わず俺は立ち上がる。

 その姿は新聞部員である柏木以外にありえない。

 何故こんな場所に柏木がいるんだ。どうやってここまでやってきたんだ?

「小学生の時、竜になった立田川を見て、驚き、怖がって逃げ出したのはオレだ……その後、ずっと避け続けていたのも間違いない。落ち込んで、傷ついて、徐々に弱っていく立田川に何もできなかったのもオレだ!!」

 両手を広げ、ゆっくり向かってきながら叫んでいる柏木。

 その姿はいつも見せている冷静な新聞部員のそれでは全く無かった。

 って待て、竜になった立田川を見た?

「ずっと気にかけていたが、結局何もすることができなかった……挙句の果てに転校することになって、立田川の名前を知る前に街を離れることになった」

 柏木も今まで溜め込んでいたのだろう。

 胸でつかえていた全てを吐き出すかのように、語る。

「高校は無理して戻ってきた……でも、名前も知らないヤツを探すなんて困難を極めていた。あまりにも情けないだろう? いつも自身に満ち溢れているように振る舞っていたが、実はそんなことなかった」

 柏木がむせて咳き込む。

 数回咳き込んでから、ツバを吐いて言葉を紡ぐ。

「だから、もう一度、出会うために竜を探し続けていた。中学から新聞部に所属してな。きっと、竜に出会う先に再び傷つけてしまった少女――立田川に会えると信じて。そりゃあ、周りから奇異の目で見られたさ。存在しないハズの空想上の生き物を探していたんだもんな……それで気がついた。立田川も同じように、奇異の目で見られるのが怖かったんだって」

 柏木……お前、そのために新聞部員をやってたのか。

 それだけ追っていたから、情報収集の能力に長けていた。

 周りの目を気にせず、自分を保つだけの精神の強さをつけて。

 その苦労はどれだけだったのか。

 ただ興味だけで動いていた俺が恥ずかしくさえ思った。

「やっと、傷つけてしまった女子にたどり着いた……立田川、お前だったんだな。遅くなってすまなかった、許してくれとは言わない。でも、謝罪をさせて欲しい」

 頭を深く下げる。

 首のカメラが乱暴に揺れているが、全く気にせず、誠意を込めて謝っていた。

「竜になった立田川が嫌いで逃げ回ってたわけじゃない。確かに見た時は怖かった……その後、謝るだけの勇気が出なかったんだ。情けないけど、その勇気を出して見つけるまで時間がかかってしまった」

 唐突に頭を下げられ、キョトンとしてる立田川に助け舟を出すように、リンが立ち上がった。

 スカートの裾を軽く叩いてから、大股で柏木に向かっていく。

 俺は何もできずにリンの様子を伺うことしかできないが、リンのことだ。悪いようにはしないだろう。

「柏木」

 柏木の正面に立って、名前を短く呼ぶリン。

 リンは片足のつま先で地面を何度かつついて、

「――リン!」

 膝を蹴り上げた!

 俺がリンの名前を叫んで止めようとする前に、だ。

「大丈夫よ」

 そのリンの膝は柏木の宙で浮いているカメラに触れるか触れないかというところで止まった。柏木も見えているはずなのに、ピクリとも動かなかった。

 新しいカメラであっても、大切な物のはずだ。いつも自分の命より大切に扱ってるような代物を守ることさえしなかった。柏木の覚悟はそれほどだった。

「このために脚を鍛えてたんだけどね……その必要もなかったみたいね」

「……怖」

 思わずつぶやく。その足で俺は何度も蹴られたわけではあるけど。

「ちゃんと覚悟はあったみたいね」

 そう言って、リンは俺たちの所に戻ってきた。立っている俺たちを見て、立田川も立ち上がるが、何かを口にするわけでもなかった。

「なあ、柏木。顔を上げて答えてほしいんだが、なんでここにいるんだ?」

 疑問だった。

 柏木は顔を上げて、いつも見せる新聞部員の表情になる。

「そりゃ、尾行していた」

「尾行? 誰をだ」

「成鐘だが」

 柏木がリンを指差すと、リンもつられて自身を指差した。

「私? え、いつから? 気が付かなかった」

「気が付かれないように着いていくのが尾行ってもんだ。陸上部のミーティングがあることは知っていた。それが終わった後、陸上部が練習を始めているのに、成鐘は急いで学校を出て、山がある方向へ歩いていった。それをオレは部室から見逃さなかった」

「うッ……」

 そこまで行動が見られているとは思わなかった。と言わんばかりに、リンの額に汗が浮かんでいることに気がついた。

「最近、荒谷と成鐘がよく一緒に行動してたしな。竜の一件もあった。ついていけば何かあると思ったら、予想が的中した。まさか、立田川の家の敷地まで入ってたとは思わなかったぞ……お陰で土だらけだし」

「まあ、そのお陰で柏木は昔の償いができたわけだな」

 俺が間に入る。

 リンは「このストーカー」とつぶやいていたが、気にしないでいいだろう。

「ところで、成鐘。ここ最近、陸上部をよく休んでるって耳にしたんだが、それと関係あったりするのか?」

「え……まあ、そうね。意外と、流子の事情を知ってる人は多いの。担任だったりね。で、勉強に遅れが出ないようにって、プリント持っていったり、流子の様子を見に行くお願いをされてるのよ。だから、部活は休んでも大目に見られてるの」

 だから、頻繁に竜の姿の立田川のところまで来ていたのか。

 毎日活動が行われている陸上部を休んでいる理由について納得できた。

「まあ、私の話はいいのよ。で、流子。柏木がここまで謝ってたんだけど、ちゃんと答えてあげないと」

「あ、うん……!」

 両手をそれぞれ握って、胸の前で構えた。

 気合を入れるようなポーズで、何歩か柏木に寄った。

「……」

 立田川がうつむく。それでも、柏木は黙ったまま、立田川の顔を見つめている。

「柏木くん」

「おう」

 ボソッと消えてしまうような声で、柏木の名前を呼んだ。

 柏木も短く返事をする。

 その返事から少し間を置いてから、立田川が顔を上げる。

「あの……今からでも、もう一度、お友達になってくれますか?」

「ああ……でも、いいのか?」

 微笑みかけるような立田川の表情に対して、柏木の表情は驚いたようなそれだった。

「だって、わたしのために、ずっと竜のこと、調べてたんでしょ?」

「……ああ」

「だから、この前のわたしの活躍……恥ずかしいけど、学校で広めて欲しい」

 それが、立田川の願いだった。

 竜の姿の自分をもっと知ってもらいたい。

 踏み出すための一歩として。

「当たり前だ。竜を追い求めるものとして、最高の記事を書いてやる!」

 自信に溢れた笑みが、やっぱり柏木には似合っている。

 でもさ。

「フィルムはどうなったんだ? 一週間くらい苦戦してたみたいだけど」

「オレを誰だと思っていやがる……カメラこそ、新しくすることにはなったが、撮ってきたものに失くしたものはない!」

「じゃあ!」

「竜の写真、バッチリだ」

 その言葉に、俺は拳を差し出していた。

 柏木は一瞬、戸惑っていたが、すぐに自身の手で拳を作って、ぶつけてきた。

「ついでに、お前と立田川がとっても仲良いってことも記事にしてやるよ」

「え、ちょ……!」

 ああ、いつもの柏木だ。

 立田川は耳を赤くして俯いてしまい、リンは苦笑いをして「諦めなさい」と両手を上げた。

「悔しいけど、オレは遅すぎた……お前に譲ってやるよ」

「は……んん?」

 譲るってどういうことだ?

 という、疑問やくだらない会話を繰り返している間に、車のエンジン音が近づいてきていることに俺たちは気がついた。


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