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さて、昼休みが終われば、当然のことながら退屈な授業が始まる。
俺の席は窓側の一番後ろの席だ。日当たりもよく、一番隅っこの席になる。
午後最初の授業は数学の授業であり、教室前方の教壇に立つ白髪の男性教師から発せられる声はもはや呪文にしか聞こえない。
まあ、退屈なわけだ。
頬杖をついて、窓の外に視線を向けると白い雲がふよふよと浮かんでいる。
この街は竜の住む街と言っても、竜が飛んでいる姿というものは見れるわけではない。
窓の外では雲が一定方向にゆっくりゆっくりと流れていくだけだ。
階下に見えるグラウンドには誰一人おらず、体育の授業が行われていないことがわかる。
黒板に視線を戻すと、記号や数字が整列していてよく授業を聞いていないと、それぞれ何を意味しているのかわからなくなってくる。
頭の中では「眠いなら寝てしまえばいい」と睡魔さんが手招きをしている。
流石に爆睡するわけにもいかないので、その睡魔を振り払うかのように頭を何度か振るう。
それでも意識が何処かに旅立ちそうだったので、教室を見渡してみる。
教室の後方の席というのはこうして様子を伺うことが出来る。
男女色々な人間がいる。
みんな制服を身にまとっているが、髪の毛の色は黒とか茶色とか様々だ。流石に赤とか紫とか派手な色の人間はいないけれども。
それに制服を着崩して着用していたり、女子にいたっては指定のスカーフではなく何処かで用意たのであろうリボンを付けていたりする。
本人やそのグループではかっこいいとか可愛いとか思っているのだろうが、俺としては逆にそれがだらしなくてダサいとさえ思ってしまう。まあ、そんなことを口が裂けても本人たちの前で言えやしないが。
結局、俺には関係ないし本人たちが良ければそれでいいだろう。
そんな生徒がいる中、制服を模範解答のように着用して、髪の毛を染めていない人間には親近感がわく。俺がそういう人間だからな。
あのリンでさえ、あんな性格であってもちゃんとするところはちゃんとしている。もっとも、俺の親もリンの親もそのへんは厳しいからな。髪を染めようもんなら家から追い出されてしまうかも知れない。
それともう一人。俺の目にとまる女子がいる。
耳や首筋が隠れる程度の長さの黒髪を持つ、細身の女子生徒。
名前は立田川 流子だ。
見かける度に、肌の白さや手足の細さで、触れたら折れてしまうんじゃないかと思うほどの女子だ。
中学校の時からずっと同じクラスで、高校まで同じなうえにクラスメイトになったという奇跡。
恋愛小説とかだったら、そのまま恋仲になって――なんて、喜ぶ展開になるだろうけど、あいにく彼女とは一度たりとも話したことはない。
そもそも、立田川が誰かと話しているところをあまり見たことがない。
そんな立田川だが、いつも気になっていることがあった。
それは年に一度、ちょうど梅雨に入りかけのこの時期だ。
立田川は決まってこの時期に二週間ほど休む。中学校ときは毎年そうだった。
ぱたっと休み、二週間ほど経って何事もなかったかのように出席をし始める。
担任は担任で、長期の休みでも「立田川は休みだな」とこれいった反応はなかった。
もしかして、何か病気があるのかと思ったが、その時期以外は欠席を一切していなかった。
彼女には何か秘密があるのだろうか、なんて思ってしまう。
きっと、近いうちに立田川は休む時期になるだろう。
その前に一度聞いてみようか。
そう、立田川の後ろ姿をじっと見つめていると、
「おい」
「グェ」
グッと、後ろから襟を引っ張られた。首がしまって、変な声が出てしまう。が、周りには聞こえなかったようだ。
「んだよ」
振り返ると、天然パーマで赤ブチメガネという、どことなく印象が良くない男。言ってしまえば、チャラい感じが隠しきれてないやつが、俺の襟首を引っ張った犯人だ。
「いやいや、教室見回して何やってんだ? 気になってしょうがない」
「別に見回してねーよ」
嘘だけど。
「まあ、オレから言えるのは立田川だけはやめたほうがいい」
「は? なんでそんな話になるんだよ。柏木」
コイツは柏木 涼牙。
高校に入って、最初にできた友人である。
たまたま、コイツが後ろの席になったというのもあるが、ほとんどたまたまそんな関係になったといっても間違いない。
「結構分かるもんだぞ」
「流石、新聞部」
コイツは新聞部に所属している。
この学校には学校新聞とかいう、定期的に張り出されたり配布されたりする新聞がある。
入学式の時に配布されていて、生徒会長の恋愛模様や、教師の意外な趣味など怒られそうで怒られないように上手く書かれていた記憶は新しい。
で、コイツはなかなかの観察眼があるようで、新聞部の人間に勧誘されて所属を決めたらしい。
柏木も色々な調査が出来るとノリノリだったりする。
それもそうで、この街に竜が住んでいると信じてやまないやつなのだ。
部活では竜を追っていて、お陰で変人扱いされて友人らしい友人は俺しかいないとかどうとか。
言ってしまえば、サンタクロースをこの歳になっても信じてますと公言しているようなもんだからなぁ。
ちなみに、俺は帰宅部。
「まあ、荒谷の考えている事がわかりやすいってのもあるけどな」
「顔どころか後頭部に考えてる事があるってか……まあ、それよりも」
遠回しに単純と言われているようでイラッとしたが、
「柏木、お前立田川の事よく知ってんのか?」
授業中ってこともあるし、あまり周囲に聞かれたくないので出来る限り声を絞って尋ねる。
もっとも、教室後方の奴らは死体よろしく爆睡しているやつは多く、話が聞かれることはないだろう。
それで柏木は立田川のことを知っているのだろうか。
三年間同じクラスだった俺でさえあまり立田川の事をわかってないのに。
「知ってるも何も、噂になってるぞ。学校にいる間は、ほとんど自分の席でおとなしく座っていて、口を開くことはめったにないし、教師も授業中に当てることはないって。誰だって知ってるぞ?」
「そう……なのか」
確かに立田川は中学の時からそうだったが、高校入学した二ヶ月で誰でも知ってる情報になっていたとは。
まるでいてもいなくても同じような存在であるかのように。
「あ、ただな」
と柏木が続ける。
「成鐘がよく話しかけてるみたいだけどな」
「ん、あのリンが?」
そう答えると、柏木の眉間にしわが寄った。
「……って、オレはお前が成鐘を下の名前で呼んだことに興味があるぞ。もしかしてデキてるのか?」
「ちゃうわい。家が向かいで幼馴染なだけだよ。今更、名字で呼べまい」
「……そっか。爆発しろ」
という柏木の発生とともに、教室がシンとなった気がする。
あれ、爆発した?
なんて訳もなく、
「そこの二人、静かにしなさい」
教師がこっちに指をさしていた。
寝てるやつにも注意しろよ!




