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「え……立田川!?」
目をどんなに開いても開き足りないほどに俺は目を見開いていただろう。
紫の竜の姿は本当にどこにもなかった。
ただただ、驚愕していた。
「……」
そこにいたのは紛れもなく、立田川だった。
しかも、あの日会った時と同じく、全裸だ。
立田川は俯いて悲しそうで不安げな表情を浮かべていた。
腕は下げたままで、ただ立っていた。
首筋が隠れ、肩に髪がかからない程の美しい黒い髪。
肌は真っ白で、身体は細身。
触ったら壊れてしまいそうな少女がそこにいた。
どこから現れた……のではない。
俺はゆっくりと彼女に近寄る。
立田川は俺に目を合わせようともせず、だからといって逃げようともしていない。
「……」
「……」
そうか。そういうことだったのか。
立田川はずっと一緒だったんだ。
竜と立田川は全く同じ存在で、ずっとここに住んでいて、柏木を救ってくれたのは立田川だったんだ。
どうして学校に来れないか。あの日、また立田川が会えなくなるって言っていたのか。その答えがここで繋がる。
人間の姿をした立田川には確かに会えないよな。それに学校も登校できるわけがないんだ。
この時期に決まって学校に来なくなる答えがこれだったのだ。
俺の身体が震える。
恐怖なんかではない。
立田川との距離は手を伸ばせば届くだけの距離だ。
下を向いている立田川の表情はもうわからない。
俺はそっと両手で立田川の肩をつかむ。
立田川の身体が震える。
とても湿っていた。汗をかいていて、身体が熱かった。
そうだよな。あんなに暴れる程だったんだもんな。
「立田川……」
名前を呼ぶと、顔を上げてくれた。
その顔は蒼白で、目は真っ赤で今にも泣きそうだった。
俺が声をかけられる言葉は、これだ、
「よく頑張ったな」
「えッ……」
しゃっくりのような短い声で驚いている彼女。
その目から、涙が一筋こぼれた。
「格好いいじゃないか! 立田川もすごいやつだったんだな」
「あッ……ああ……うわぁぁぁぁぁぁ!!」
立田川の感情が溢れ出した。
俺の胸に飛び込んで、叫ぶように泣いていた。
立田川の体温が、呼吸が、涙が伝わってくる。
どれだけ溜め込んでいたのかわからない。
それでも、立田川を今までわかってやれていなかったことが悔しかった。
そっと、彼女の背中を撫でる。
今は、思いっきり受け止めようじゃないか。
立ったまま二人が密着したままで、気がついたらいつの間にか立田川が自分から離れていた。
口をギュッと結んで、目からはまだまだ涙が溢れ出している。
「ねぇ、珠希くんは……わたしを、拒絶しないの?」
立田川の問いかけは、それだった。
「……はぁ」
俺はどうしてもため息をついてしまった。
そんな、この前答えたじゃないか。
「俺の答えは変わらない。立田川が……竜がどんな姿であっても、接し方は変わらない」
一拍おいてから、
「流石に、竜と立田川が同一人物だったのは驚きが隠せなかったけどな」
冗談っぽく言う。
「珠希くん……」
「俺はお前が羨ましいよ。竜になって空を飛んで天気まで変えられるなんて……俺にはできなくてお前にはできる。すごいじゃないか!」
嘘なんてない。俺の率直な感想だ。
「……わたしは、拒絶されちゃうと思ってた。だって、人間が竜になっちゃうんだよ! 変だよね!?」
立田川の頬を伝う雫が、地面に吸い込まれていく。
彼女の叫びが、竜の衝撃の様に力強い。
どれだけの不安が立田川の中にあったのか。
竜になってしまうことなんてそうそう人に言えるようなことではない。
……きっと、リンは知ってたんだ。事情を。
だから隠そうとしていた。
確かに、人が別の姿になるなんて聞いたことが無い。怖がる人もいる。ましてやでかい竜だ……立田川が抱えていた物を、俺には想像ができない。
「でもね……珠希くんや、リンも……そんな竜の姿のわたしを見ても、全く怖がらないでいてくれた。アレがわたしっていうのを黙ってて申し訳なかったけど、本当に拒絶されるのが怖かった」
俺はただただ彼女の言葉を聞いていた。
今まで言えなかった想いをぶつけてもらっていい。
何度も相づちを打って、話を受け止める。
「小学生の時にね、初めて怖がられて気持ち悪がられて、拒絶されたことがあったの……その時から、ずっとこの体質のことが言えなかったの。だからみんなからずっと距離を取ってたんだ、バレないようにって。珠希くんも、気にしてくれてたのはわかってた……何度も信じたいって思ったけど、やっぱりできなくて、さっきも怖かった」
「そっか……それは怖かったな」
そっと、頭を撫でる。
「うん、ごめんね……でも、珠希くんなら、大丈夫だって思えた。今もこうして優しくしてくれてるし……」
「ああ」
「珠希くんを乗せて飛んでた時、珠希くん……」
と、顔を赤くして俯いてしまった。
言葉もどんどん小さくなって。
俺は思い出す。
あの時、なんて言ったっけ。
……。
……。
……。
――好きだったのかもしれない。
「……あ」
あの時、竜の姿をした立田川が落ちかけたのはそういうことか。
俺も自分の口に手を当てて、立田川から視線をそらす。
立田川本人に伝わらないとばかり思ってたから喋ってしまったけど、その本人に直接告白してたんじゃねーか。
「慣れていきたい!」
「できるさ、立田川なら!」
「うん、ありがとう……だから、今は、もうちょっと……グスッ」
立田川がその場で膝をついて崩れて号泣していた。
今はきっと、そっとしておいたほうがいい。
声を上げて泣いている立田川をそっと、眺めていると、背後から何かが迫ってくる音が聞こえて来た。
「タマキィィィィィィ!!」
次の瞬間には、見えている景色が揺らぎ身体全体に衝撃が走った。




