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そして、再び月曜日がやってきた。
立田川が学校に来ることはまだ無い。
他にも学校での変化はこれと言って無く、竜の事を考えるばかりだ。
柏木も、授業中以外教室から姿を消していることが多かった。
放課後になると、柏木はやはりどこかに姿を消していた。
今日もリンを誘って、竜のところへ行こうと誘ったところ、
「今日は部活のミーティングがあってどうしても外せないの」
と断られてしまった。
陸上部のミーティングは月に一回行われてるって言ってたっけ。
時間はあまりかからないとのことで、終わり次第、竜のところへ向かうとのことだった。
なので、現地で合流しようということになった。
だから今日は俺一人で先にアイツのところまで行くことになったのだ。
風が優しく吹いて、空は少しだけ夕方に変化しつつある青空。
壁のない建物に相変わらず、竜の姿があった。
「……大丈夫か?」
苦しそうに呼吸しているのは変わらない。
汗はかいていなさそうだが、首がだらしなく地面を這っていて、顔が石で出来た床にべったりくっついている。
「……グゥ」
目を閉じていて、意識があるかわからなかったが、弱々しい返事があった。
今は起きているようだ。
先週もずっとこんな感じで、起きているか寝ているかわからないような状態が続いていた。
弱々しい声で、明らかに大丈夫ではなさそう。
「ゴメンな、俺が無理に力を使わせたばっかりに……」
「キュー……」
彼女は重そうに顔を上げて、首を横に振る。
リンがいないとはずっと彼女に謝っている。
どうしても、俺はこうなってしまった事に責任を感じてしまっている。
きっと、彼女も俺が悪いだなんて思っていないはずだ。
それでも、
「ゴメンな」
謝らずにはいられない。
ところで、今日は彼女の肌に触れても湿っていない事に気がついた。
「今日は汗をかいてないんだな。もしかして、少し良くなったのか?」
「……」
おや?
急に静かになってしまった。
「グ」
「お、おい!」
そうかと思ったら、何かに驚いたかのように今まで閉じていた目が見開かれた。
その直後、ここ数日動きが見えなかった彼女が身体を震わせて、四つの足で立ち上がる。
「お、おい、どうしたんだ!?」
うっかり潰されないように距離を取る。
おぼつかない足取りで、この建物から外に出ようとしていた。
お前は、どこに行くつもりなんだ?
急に何かに追われるかのように、逃げるように、急ぐように移動している。
でも、その身体では俺の足で簡単に追いついてしまう。
「どこに行くんだよ」
立ち止まらず、首だけこっちを見て顔を横に振る。
俺に何を伝えようとしてるんだ。
お前は何から離れようとしているんだ。
一歩一歩確かに、建物から離れていく。
俺も思い出したかの様に動き出すが、
「グォォォォォォ」
覇気のない叫びを上げる竜。
俺は動けなかった。
でも、その竜の姿は近くはないが遠くはない距離にいる。
ここで立ち止まったら彼女はいなくなってしまうのではないか。
最後の姿を見せないために、どこかに行ってしまうのか。
そんな……はずは……。
否定が出来ない。
俺の胸が痛む。
結、何もしてやれることがないじゃないか。
「クソッ! 行くな!」
重たくなっていた俺の足がようやく動いた。
彼女より、先に前に出る。
そして、身体を抱いてやる。
「どこにもいかないでくれ! まだ、お前とやりたいことなんていくらでもあるんだ」
彼女は嫌がるように身体を震わせる。
でも、その力は残っていないのか、俺に怪我をさせないようなのかは分からないが、全力ではなかった。俺を引き離すにはあまりに力が入っていない。
「それにリンだって来る。お前がいなくなったら、寂しいんじゃないか?」
「グ、グゥ……!」
彼女は身を引いて逃れようとする。
絶対離すもんか。
「それとも、俺が無理をさせてしまったからか? 嫌いになっちゃったのか?」
目の前から彼女が消えるのだけは嫌なんだ。
だが、
「――ッ!?」
「うッ」
彼女は首を巧みに操って、俺を身体から引き離した。
その衝撃で身体を地面に叩きつけられるが、建物の外は原っぱの地面なので、怪我をすることはなかった。
でも、そのスキに彼女が少しずつ離れていく。
それでもゆっくりだ。追いつくことは簡単だ。
もし飛ばれたら、流石に追いつけないが。
後ろに下がるだけでなく、彼女は身体を反転させようとした。
その時だ。
「グッ……」
膝を折って、地面に倒れ込んだ。
俺はようやく身体を起こす。
そして、
「グウォァァァァァァ!!」
――咆哮とともに、彼女は光り輝き出した。
何が起きているのか全く理解が出来ない。
鱗の隙間という隙間から光が漏れ出すように発光しているのだ。
顔を天に向けて咆哮している。
苦しんでいるような叫びを上げながら、地面を踏みしめ土がえぐれる。
石の壁を削りパラパラと粉が舞う。
尻尾が空を踊り、暴れているのだ。
その衝撃が俺の身体に伝わってくる。
アイツが距離を取りたかったのは俺を傷つけないためだったのか……!?
こうなってしまうことを知っていて、アイツは俺から離れようとしていたのか。
なのに、俺は気がつくことができなかった。いや、気がつけるわけがないのだ。
あまりにも俺はアイツのことを知らなさすぎた。
俺には何もできないのか……?
いや、
「俺はここにいる。頑張って、耐えてくれ……!」
耐えて、それでよくなるのかなんてわからない。
でも、俺にできることは応援することだ、
彼女のそばにいて、声をかけてやる。
竜は吠える。
暴れる。
地面をえぐる。
壁を削る。
彼女は少しずつ動きがゆっくりになり、身体から溢れる光が強くなっていく。
「グ……」
その竜の姿がぴったりと止まり、
「オオオオオオォォォォォォ――!!」
その光が、閃光となり周囲を包んだ。
あまりの眩しさに俺は手で顔を覆う。
静寂が続き、何が起きているのかもわからない。
指の隙間を通して入ってくる光が少しずつ弱くなっていく。
……。
無音の時が続き、俺は指を広げて目の前の光景を確かめる。
もう光は収まっていて、竜の姿はない。
「――ッ!?」
だが、そのかわりに、
「え、な……なんで……?」
竜のいたはず場所に立っていたのは、
――立田川 流子、彼女の姿だった。




