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「……まだダメか」
俺たちは竜のいる壁のない石の建物までやってきた。
昨日とは違い、屋根のある建物まで竜は移動してた。
だが、相変わらず苦しそうに眠っていて、昨日から良くなっている様子はない。
息は荒く、意識ははっきりしているのかわからない。
肌は湿っていて、近づくと熱気を感じるほどだった。
状態が悪くなっているわけではない、だからと言って良くもなっていない。
「大丈夫かな?」
竜を目の前に俺はリンに話しかける。
「知らないわよ! ただ、確かにこのままほっておくのもね……」
二人揃ってお手上げ状態で、弱気になる。
根拠もなく、大丈夫だなんて無責任な事も言えない。
辛そうなアイツに何もできないのがとても悔しかった。
「俺が無理やりアイツに力を使わせちゃったからかな」
「……そうかもね」
俺の弱気な発言をリンはそっと呟くように肯定する。
「でも、私は間違ってないと思ってる。この子がなんとかしてくれなかったら、もっと悪い結果になってたと思う」
「え?」
「だって、柏木が助かったのこの子のおかげなんでしょ? 消防車だけじゃ火の勢いは弱くならなかったんでしょ? この子だって、嫌々で力を使うような事はしない子なんだから」
「……」
そうだ。
嫌だったら、コイツはずっとここにとどまったはずだ。
人前に出て、火事を収めるために自分の意思であの力を使ったはずなんだ。
その結果、こうなってしまった。
ならば、コイツだって後悔はしていないはず。
でも、結局苦しませるという事になってしまったんだ。
そう考えると、俺自身の罪悪感は抜けきれない。
「ほら、元気出して!」
「イテェ!!」
急にリンが回し蹴りで俺の背中を蹴飛ばした。
「何すんだよ!」
「気合い入れよ。いつまでも落ち込まない。タマキまで落ち込んで体調悪くしたらどうすんの。ほら、元気出たでしょ」
「……ったく」
俺は頭をかいて、ため息をつく。
すぐに足が出るクセさえ直せば、もっと可愛げがあるんだろうけど。
ただ、
「リンはすごいな」
「はぁ?」
リンは眉間にしわを寄せた。
「リンはみんなに元気を与えてくれてる。コイツにだって、柏木にだってなんだかんだ言って励ましてる。それに俺にだって」
「そうかなぁ」
「そうだよ……まあ、すぐに足が出るのはたまにキズだけど」
「それは余計よ」
「グッ……」
蹴られた。腹を。
その後、リンは空を蹴っている。風切り音が聞こえてくる。
誰に見せつけているのかも分からないが、それがリンなのだ。
「それでいて、リンなんだろうけどな」
「どういうことよ」
ただね。とリンは続ける。
「タマキだって、すごいと思うよ」
「そうか?」
「だって、私にできなかったことをなんだってやってのけちゃったんだもの」
「例えば?」
「あの子を街まで出すこと。私にはできなかった。守ることしか考えられなかったし、どうしてもここから動こうとしなかったの」
懐かしそうに竜の身体を見上げている。
「この子との関係も長いから、アンタみたいに誘ったことがあるの。でも、その話をすると寝たふりしちゃってね……でも、タマキはすぐにこの子と仲良くなって、街まで出した。それだけじゃなくって、人助けもした」
「……なら、すごいのはこの竜だよ」
俺は何もしていない。
自分の目的のためだけに、やってほしいことを押し付けただけ。
全くひどいやつだと思う。
でも、リンの目にすごいと映ってるのであれば、それも間違っていないのだろう。
そのことだけは絶対に否定をしてはいけない。
「じゃあ、みんながすごんだな。みんながすごいから、火事を解決して、今の状況がある」
「そうよ……今はこの子だって休んでるだけ。また、元気になる、絶対ね」
「そう、だな」
俺は苦しそうに呼吸をしている竜の顔に近づいて、撫でる。
「お前はすごいやつなんだ。だから、今は休んで元気になってくれよ」
俺の声に、竜の喉の奥の方で声がした気がした。
気のせいかもしれないけど、きっと声は届いたはずだ。
「さ、早いけど帰りましょうか。明日もまた来ましょう」
「ああ、そうだな……ということで、おいとまするな」
軽く挨拶をして、俺たちはこの場所を後にする。
早く元気になって欲しい。
ただただそれを願う。
あの日見た、朽ちていった星に願いを込めるように。
***
次の日も、その次の日も毎日のように会いに行くも、元気になる様子はなかった。
常に荒く呼吸をして眠っている。
顔を見てすぐに帰る日を繰り返した。
週末の休日も同じ様子で、回復の様子は見れなかった。
そして、柏木の方も溶けたカメラからフィルムを回収する作業が難航しているようだった。
でも、諦めていない様子で、学校中の部活動を駆け巡ってるらしい。
どうにかして無事にフィルムを回収する方法を探るために。
柏木もすごいやつだった。




