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「いやああああああ、死んじゃうぅぅぅぅぅぅ!!」
……。
「ああああああぁぁぁぁぁ!!」
……。
「うるせぇ!」
「ッ!? お、落ちる!!」
ちょっと頭を叩いたくらいでオーバーなリアクションだ!
そんな感じで、現在は空の上。俺とリンは竜に乗っている。
学校が少しずつ、遠くなっていく。旧校舎の煙ももうほとんど立ち上がってない。
リンは半ば強引に竜に乗せられてしまったのだが、現在しっかり竜の身体を全身で掴んでいる。そうそう離して落ちることはないだろう。
ガクガクビクビクと身体を震わせて、時折「死ぬ……死んじゃう……」と声を漏らしている。
リンが高所恐怖症だとは思わなかった。
学校に走って向かったのは、高所恐怖症が理由なのだろう。帰りも走って立田川の家の敷地まで行くつもりだったのだろうが、気の毒に乗せられてしまった上にそのまま降りる暇もなく空を飛び始めてしまったのだ。
高度がどれだけかは分からないが、確かに高所恐怖症だったら恐ろしい高さ出ることに違いない。
空はオレンジ色が藍色になり、夜空に変化しつつある。
濡れた身体には少し寒いが、心地よい風が身体をなでていく。
「まあ、とにかく。コイツのデビューは成功したんじゃないかな」
「ああああ」
「一昔前のゲームの主人公かよ」
「いいいい」
重症だった。
リンは答えられそうにない。
ただ、火事を利用したとは言え、竜のいい姿を皆に見せつけることができた。
雨を降らして、火事を収め、柏木も救うことにも成功した。最高の出来だった。
大雨で逃げ惑う野次馬たちもいい反応だった。
これを成功と言わずしてなんという。
チョイチョイ。
「ん? どうした」
震えるリンが、俺の肩を指でつつく。
「なんかこの子、すごくフラフラしてない?」
「え?」
リンが震えてるだけなんじゃないの? と返そうとしたが、確かに揺れている。
行きはこんな不安定ではなかった。
高度こそ保てているものの、進む速度は行きの半分ほどで、左右に大きく揺れている。
「おい、大丈夫か?」
「……」
竜に尋ねてみるが、呼吸がかなり荒かった。声を出して答える余裕もなさそうだ。
「……ヤバいかもな」
「ええ!?」
俺の声に安定した飛行をしようとしたのか、一瞬だけ揺れが収まったがすぐに揺れだす。
それだけでなく、ゆっくり落ちている。水平に見える空が少しずつ高くなっていく。
このままではどこかに墜落するのではないか?
「おい! まだゴールじゃないぞ!」
「やめて、冗談でしょ!?」
だが、その声も虚しく羽ばたく翼の動きが止まり高度も下がっていく。そして、進む速度が加速する。
……もしかして、雨を降らせる能力で力を使い果たしてしまったのか?
「掴まれ!」
「え、あ、ひゃあ!?」
俺は反射的にリンを抱える。
竜も俺たちの事を心配して真っ逆さまにはなっていないが、ジェットコースターよろしく急な角度で落ちていく。
立田川の家の敷地が見え、あっという間に壁のない建物の姿が現れて、
「うわああああああ!!」
凄まじい衝撃とともに緊急着陸する。そして、俺とリンは竜の身体から離れて、地面に放り出されてしまった。
「お、おう……」
「ぐぇ……」
前者が俺で後者はリンだ。
竜が衝撃を殺してくれたおかげか、地面に何度か転がっただけでなんとか大きな怪我はなさそうだ。
俺は大の字になって、空を仰ぐ。
リンは、両手両足をついて、もう起き上がろうとしてた。
どうにか、戻るべき場所には戻ってこれたようだ。
全身に痛みはあるけど、どこも動かないという場所はない。
こんな満身創痍な高校生二人がどこにいるのだろうか。
だが、俺たちよりも心配するべき存在がいる。
「あ、アイツは……!?」
最後の力を振り絞って俺たちをここまでなんとか運んでくれたんだ。
顔を竜の方へと向けると、着陸した姿勢のままぐったりとしている竜の姿があった。
首も顔をべったりと地面に付けて、大きく荒く呼吸をしている。
リンはひと足早く起き上がり、ゆったりとした足取りで彼女の元へと寄っていく。
「どうだろう……ここまで調子悪そうなの見たことない」
スカートから伸びる足は傷だらけになっていた。
多分、俺も同じくらいボロボロなんだろうな……。
そう思いながら、ようやく身体に力が入るようになったため、ゆっくりと身体を起こして、俺も竜の側へ行く。
「大丈夫か? おい」
軽く竜の身体に触れてみる。
「な……」
湿っている。
鱗の隙間の皮膚から出ているのだろうか、身体は熱く体液の正体は分からないが、触ってしまってもすぐに蒸発してしまうし、人間が触っても無害そうだった。
汗か……?
しかし、竜の身体についての知識は持ち合わせていない。
柏木……に連絡を取るのも躊躇させる。アイツもきっと今頃、救出されてそれどころではないだろうし。
「なあ、リン」
「……」
顔だけ俺に向く。
リンも竜の身体をなでている。
「どうすればいいんだろう」
竜は眠っているかのように目を閉じているし。
「私たちにできることはないわ」
「だよなぁ」
目の前でこうして苦しんでいるというのに、何もできないのか。
「ただ、竜は生命力が強いって聞いたことがあるの。だから、休ませてあげれば自然に回復すると思う」
「それは、誰から?」
「流子よ」
「そうか」
立田川の方が、よっぽど竜に詳しそうだしな。
「じゃあ、立田川に聞いてみるのは?」
「え……あー、多分連絡付かない」
「そっか……」
理由っぽい理由を探すかのように言葉をつまらせてた?
まあ、リンがそういうなら本当に連絡は出来ないだろう。
「このままおいていくのは心苦しいが、俺たちは邪魔にならないように帰るしかないのか」
「そうね。それがいいと思う」
苦しそうだが、俺たちにできることはもうないのだ。
それなら、静かに休んでもらうしかない。
石畳に置いてきていた荷物を手に取って、帰る準備をする。
ここも雨が降ったようで、カバンはびしょびしょだった。
「じゃあ、帰るか」
「ええ」
俺とリンは並んで、もう一度竜の姿を見る。
「元気になれよ!」
そして、俺は竜に叫んで、この場所を後にする。
竜の反応はなかったが、伝わっていると信じたい。
明日にはまた元気な姿を見たい。
そう願って、俺たちは帰路につくのであった。




