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「お前……できるのか?」
地上でのざわめきをよそに、夕日の空に向かって高く飛ぶ竜に俺は尋ねる。
だが、彼女は答えずに真上に、真上に飛んでいく。
姿勢も垂直に近くなっているため、うっかり手を離したらそのまま落下してしまいそうだ。
「俺は信じてるからな」
学校の本校舎の屋上どころか、学校の敷地が一望できるほどの高度まで上昇してから、ピタッと止まる。
旧校舎から立ち上がる煙の量は凄まじく、熱気も伝わってくる。パチパチと爆ぜる音に、放水の音が加わっている。
「……お前、天気を操ったことはあるのか?」
彼女は答えない。
もしかしたら、今初めて自分の能力を聞かされたのか?
わからない。
もし不発だったら……という予感がよぎる。
俺はなんでも彼女ができると、過度な期待を押し付けていたのかもしれない。
「もし、無理なら、柏木だけでも――」
といいかけて、彼女は首を振った。
弱気な発言なんて聞きたくないと言わんばかりだ。
「……できるか?」
「グゥ……」
俺はその言葉を信じたい。
きっと、できる。それだけの力がある。竜の住む街の竜なんだから。
「俺は応援しかできないけど、頼んだぞ」
地上をもう一度見てみると、地上にいる全員が竜の姿を注目していた。
そして、遠くに見える校門で見覚えのあるポニーテールが目に入った。肩を上下させていて、息を整えているのであろうか。
今、リンが到着したのかもしれない。
そして、身体を起こして、両手を振っていた。
俺が返してもきっと見えないだろうが、俺も手を振り返す。
それに気が付いたからかわからないけども、口に両手を当てて何かを叫んでいた。
俺にはその声が聞こえては来ないが、応援してくれているに決まっている。
そのリンの叫びを直後、地上の人々からも歓声が上がる。これらの声は決して罵倒ではないはずだ。
もしも、罵倒であればすぐにリンがその人間まで駆けつけて、蹴り飛ばしているはずだ。
「失敗してもいい……でも、みんなが応援してくれているんだ。精一杯を見せてやれよ、お前がここにいて、生きているって見せつけるんだ」
「……ッ!」
首をポンと叩くと、竜は、空に顔を向ける。
――ウオオオオオオォォォォォォ!!
竜の咆哮が空を叩く。
街中に声が轟いて響く。
風が周囲に飛び散って、あらゆるものを揺らすような感覚がする。
人々の歓声が無になる。
静寂が広がる。
だが、変化があった。
オレンジ色の夕日が、徐々に陰ってきた。
うっすらとした雲が空と地上を分け始める。
「な、何だ……」
ゆっくりと空が灰色に染まり、周囲が暗くなっていく。
気温が下がって、ひんやりする。
俺は必死になって彼女にしがみついていた。もう吹き飛ばされないとわかっているのに。
いつの間にか、雲は厚くなり、ゴロゴロと音を立てる。
地上が少しずつ騒がしくなっていく。
その声の正体は何だ。わからない。
彼女の声に呼ばれるように雲が集まり、そして、
「あ……」
腕に当たったのは水の粒、これは!
「うわあああああ!!」
その直後、バケツを引っくり返したかのような大雨が降り出した!
地上の叫び声は、まさに急な土砂降りに遭遇したそれだった。
野次馬が校舎の方へと走っていく。
残ったのは消防隊員と教師、そして旧校舎で活動していたと思われる生徒たち、そしてリン。
俺は全身で雨を浴びながら、リンの姿を見つけると、リンもこちらに視線を向けていた。だから、俺は、
「やったぞ、コイツはやったぞ」
と、満面の笑みで親指を立てる。
リンもそれに応えるように腕を上げていた。
消防車の放水なんて比較にならないほどの雨が、あっという間に旧校舎の火の勢いを消していく。
もうこれなら安心だろう。
遠くからまた別のサイレンの音が聞こえてくる。
きっと、それで柏木は救われる、はずだ。
「ははは、俺たちがもう解決しちまったよ」
びしょ濡れになりながら、乾いた笑いを浮かべる。
「さあ、後はプロに任せればいいだろう」
「グゥ……」
同意するような声、その直後、ゆっくりと降下していく。
え、どこに行くんだ。
降りていく先は、他にはいない。
大雨でずぶ濡れになっているリン、その側に降り立った。
リン以外の人間は誰一人近づかず、警戒しているようだ。
「やったわね!」
リンが竜に抱きつくと、竜は気持ちよさそうに喉を鳴らしていた。
でも、いつまでもここにいたら多分収集がつかない。戻った方がいいだろう。
雨はもうすでに小雨になり、遠くの空は再びオレンジ色に戻りつつあった。
ここもいずれ雨が上がって、夕空が見えるようになる。
「さあ、帰ろうぜ」
「私は、歩いて……ひゃあ!?」
と、背を見せたところで竜は逃さなかった。
「うわッ、ちょ、やめ……!」
俺を乗せた時と同じく、リンを咥えて俺の後ろに降ろす。
直後、竜は羽ばたいて浮上していく。
「あ、待って、降ろして、いやああああああ!」
かなり取り乱しつつ、竜にしがみついているリン。
「こんな気持ちいいじゃないか。竜に乗る機会なんて、そうそうないぞ」
地上はもう小さい。戻ることはしないだろう。
「だ、だって……」
そして、リンはこう続けた。
――高所恐怖症なの!
と。




