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「おい、起きてくれ! ちょっと、助けて欲しい」
近寄って、紫色の巨体に話しかける。
彼女の顔は石畳の床に有り、目はうっすら開けてこちらを眺めていた。
いつから起きていたのだろうか、もしかしたら俺とリンの会話を聞いていてくれていたのかもしれない。
「なあ、どこまで話を聞いていたのかは知らないが、手を貸してくれ。正直、何ができるかわからない。でも、お前と一緒なら柏木を――俺の友人を助けられるかもしれないんだ!」
しかし、俺の言葉を聞いた途端、興味なさそうに目を閉じてしまった。
協力はしてくれないというのか。
「ダメなのかよ! その翼で飛んだんだろ? 図体がデカイだけじゃなくて、やれることもあるんだろ? なあ!」
すがるように、彼女の首元に身体をこすりつける。
鱗がザラザラしていて、とても痛い。
竜の顔からは、うっすらシャンプーのようなどこか人間みたいな匂いが、俺の鼻孔を突く。
ちょっとドキドキしてしまうその香りは、女子の髪のそれに近い。
でも、なんでだ? なんて、考えていても仕方ない。
その様子を見ているリンは口をへの字にして睨んでいたが、何か口を挟もうとはしていない。
「学校で火事なんだ。街まで行って、助けてくれないか? お前だって、街の人たちに存在を知ってもらうチャンスなんじゃないのか?」
違う。俺のやりたいことはそうだったが、今はそうじゃない!
「頼む。柏木が今、苦しんでいるかもしれないんだ。遅くなったら命に関わるかもしれない。俺たちの足じゃ遅すぎるし、何もできないんだよ!」
遠くからサイレンの音は、聞こえない。
ここからは聞こえないかもしれない、もしくはまだ学校の近くまで消防車が到着していないかもしれない。
どちらにせよ、柏木が心配だ。
「頼むよ……おい……」
身体から力が抜けていく。
やっぱり無力なのか。
何もできないのか。
俺にはコイツを動かすことはできないのか。
竜は目を閉じてゆっくりと呼吸をしているだけだ。
その呼吸も、どこか俺を面倒臭がっているようなそんな息遣いだった。
「ふざけるんじゃないわよッ!」
突然の大きな声に俺も竜も身体がビクッと跳ねた。
そこの声はリンで、ドンッと一歩踏み出す。
「アンタはいつまで甘えてるわけ?」
リンの視線の先は竜だった。俺に怒ってるわけではないようだ。
「私はね、アンタのことを知ってから守らないとってずっと思ってた。でもね」
こんな気迫のリンは……見たことない訳ではないけど、珍しい。
学校で立田川に迫った時以来か?
「タマキにバレてから、今、気持ちが変わったわ」
また一歩踏みよる。
竜の顔が少し持ち上がる。
「守るっていうのは、アンタのその姿を見せないようにするだけじゃない。もっと、のびのびと何も気にしないでこの街で過ごせることなんだって、違う?」
まるで今まで溜め込んでいた想いを吐き出すようだった。
「いつもおどおどしてて、言葉が通じなくなったら、そういう態度を取って……都合のいいような反応してんな! 甘えるな!」
リンの両手が竜の顔をつかむ。
竜はびっくりしてるのか、口がポカンと開いている。
俺もどうすれば良いのか、全然わからない。
「私だってね。ずっと思うくらいしてたわよ! 街に出られないかって……でも、アンタがまた嫌われるのが怖かったの。心を閉じてしまうんじゃないかって」
また?
過去にそんなことあったのか?
「でもね。タマキは違った。アンタのことを全部受け入れて、アンタのためになんでもしようって、そういうバカだった!」
おう、バカで悪かったな。
「私一人じゃどうしようもなくって、でもタマキは一人でなんでもかんでもしようとしてた……それが悔しかった! もし、私が嫌われても、タマキがいるんだもん。なら、言うわ」
え、そんな事思われていたのか。
「アンタは、アンタがやりたいことをしなさい……いや、街に出て好きなだけ飛び回るだけの権利があるの!」
だが、竜は一切動こうとしない。
「いつまでも塞ぎ込んで閉じこもってんじゃないわよ!」
ついにリンがキレた。
鋭い回し蹴りが竜の首筋に刺さる。
ついでに俺が吹き飛ぶ。
細かい鱗がキラキラと舞う。
「クラスメイトの一人も救えないで何が『竜の住む街』の竜なの! 私だって、アンタの味方のつもりなの。アンタの事を嫌うやつがいたら、私だって蹴り飛ばしてやるんだから! 安心しなさい……さあ!」
リンは急に優しい笑みを浮かべて、学校のある方角を指さす。
すると、今まで置物のようだった竜がのっそりと動き始めた。
壁の無い建物の外まで、竜は歩いて、
「グオオオオオオ!!」
天に向かって、吠えた。
衝撃が周囲に広がって、ゆっくりと収まる。
そして、
「え?」
彼女が俺たちの方に顔を向けて、ジッと見つめていた。
「乗れって言うのか?」
俺の質問に、紫色の竜はゆっくり顔を縦に振った。
そうか、決心がついたんだな!




