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「……マジで?」
『マジだ。大体の人間は避難できているが、オレは不覚にも取り残された』
パチパチという音は炎の音か。
柏木は思ったよりも危険な状況かもしれない。
「で、柏木、今どこなんだ?」
『旧校舎って言えばわかるか?』
「あー、知ってる知ってる。部活でよく使われる建物だろ?」
旧校舎。基本的にはほとんどの生徒は存在しか知らない、校舎から少し離れた場所に立っている建物だ。
その建物で授業を行われることはない。しかし、部室として使われているし、地域の人たちに貸し出してもいたはずだ。
帰宅部の俺には全く縁がなく、入ったこともない建物。それでも、存在だけは知っている。
リンが不思議そうな表情でこちらを伺っているが、すまんもうちょっとだけ待ってくれ。
『そうだ。その旧校舎の二階の一番奥の部屋を使っていたんだが、気がついた頃には火の手が回っていた』
「他に脱出する経路はないのか?」
俺の表情に気がついたのか、リンが近づいて俺の電話に耳を近づけている。
『残念だが、旧校舎の階段は建物のど真ん中に一つしか無くて、もうすでに通れそうにない』
「マジか……」
どんな状況なのか、耳で聞いても頭が理解できていない。
「それで、消防車は?」
『旧校舎の周囲に教師がいるから、もう通報されているはずだ。だが、まだ時間かかりそうだ』
呼ばれてすぐに到着したら、俺まで電話をかけてくるなんて事ないはずだ。
柏木は火事だというのに随分冷静だ。だからといって、急に発狂して取り乱すような人間ではない。
リンも何かを察したようで、俺に目線を送っている。
「二階なら飛び降りられないか?」
『いや、コンクリだし飛び降りたら大変なことになる。窓からアピールしてるが、生徒は取り乱してるし、すぐに助けてくれそうにない』
「で、なんで俺に電話かけてきたんだ?」
『まあなんだ。オレもそんな友人多くないし、助けてくれそうなヤツに電話してみた』
「分かった。助けに行く」
『消防車の到着を待……は?』
俺は通話終了のボタンを押した。
「ねぇ、柏木がどうしたって? ……すごい汗だけど」
すぐにリンが尋ねてきた。そんな汗をかいてたのか。
「旧校舎で火事が起きて、取り残されたって」
「……マジで?」
「マジだ」
俺は立ち上がって、眠っている竜の方を見上げる。
そして、歩き出そうとした瞬間、腕を掴まれて静止する。
「何だよ、リン」
座ったままのリンは目を閉じて、ゆっくりと目を開けた。
「アンタ、何をするつもりなの?」
そんな、決まってるだろ。
きっと、リンも俺の答えをわかっているはずだ。それでいて聞いてきている。
――アイツと一緒に柏木を助けに行く。
はっきりと伝える。
無言の時が続いて、風が吹いてから、
「……本気?」
リンが口を開く。
「ああ、本気だ。それに、街に竜がいることを知ってもらう絶好の機会だと思う」
俺の答えにリンは怒りも笑いもせず、
「あの子に何ができると思うの?」
「なんだってできるはずだ」
「本当に? 飛べないし、仮に学校まで行けたとしてどうやって柏木を助けるっていうの?」
「アイツは飛べる。俺は知っている。学校まで行ったら、柏木を背中に乗せればいいだろう」
「じゃあ、学校にいる人達――いや、街の人たちが拒絶したら?」
「大丈夫だ。それに、もしそんなやつがいたら、俺がぶん殴ってやる」
そう言って、拳を見せる。
まあ、リンの脚に比べたら、全然鍛えられていないんだけど。
「……大した自信ね」
「全く、俺もそう思う」
出来る限りのできることを述べたが、どれ一つ上手くいく確証がない。むしろ、上手くいかないことしかない。
それでも、柏木が大変なことになってるんだ。わざわざ電話をかけてきてくれた。
だから、出来る限りのことはしたかった。
それに、大変な時だからこそ、竜がピンチに駆けつけたらとても格好いいだろう?
「ふふッ」
リンは短く笑った。
そして、俺の手を掴んだまま立ち上がる。
その笑いはやはり怒りでも悲しみでもないが、喜んでいるというわけでもなさそうだ。。
「何がおかしいんだよ。時間がないんだ」
「本当にタマキはバカだね」
「ああ、俺はバカだよ。柏木の危機を利用して、竜をこの街に放とうって言うんだから」
そんなこと、知ってた。
アイツ……紫色の竜を見た時から、俺は大馬鹿野郎であるなんてこと知っていたさ。
「こんな真面目な話になるなんて夢にも思わなかった」
「全くだ。俺もそう思う」
もしかしたら、夢なのかもしれない。
気がついたら朝で、竜に出会ったこと、立田川と話したこと、全てが夢なのかもしれない。ちょっと怖いけど、いや、これが夢なはずはないんだ。
「無駄話してる時間はないんだ」
「そうね。いいわ……できるもんなら、あの子を叩き起こして説得してみせなさい」
「ああ!」
数十センチの距離だが、俺とリンは眠っている竜へと駆け寄っていく。




