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竜の住む街  作者: 瀬田まみむめも
第三章 流星群
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「……」

「……」

 現在地は紫色の竜がいる壁のない建物の石段。

 俺もリンも黙っていた。

 どんな速度で歩いたのか、もしくは走ったのかわからないがずいぶん早く到着したらしい。結局、俺は追いつけなかったし、仕方を捉えることすらできなかった。

 そんなリンは、段差に座って、タオルで汗を拭っていた。さすが陸上部だけあって、準備に抜かりないといったところか。

 俺は立ったままに制服のワイシャツの裾を広げて空気を送り込む。汗を拭くだけの準備をしてないので、これくらいしかできない。リンからタオルを借りる……わけにはいかないだろう。

 山の上なので、学校の付近よりも気温が多少低いような気がする。風を身体に送れば送るほど、汗がどんどん引いていくのがわかる。

 落ち着いてきた俺は、リンと竜の両方を交互に見る。

 リンは首にタオルをかけて、時折顔を拭いている。

 竜は丸まったまま、寝息を立てていた。顔はこちらの方を向けて石畳の床に接している。目を閉じて、気持ちよさそうに呼吸していた。

 腹部は呼吸に合わせて上下しており、鱗が薄い部分にダイブしたら柔らかくて気持ちが良いのではないだろうか。

「タマキ、乗っちゃダメだからね」

「わかってるよ……というか、なんで思ってたことがわかったんだよ」

 竜の腹をジィっと見つめていたら、横からリンの注意が飛んできた。

「……いや、わかりやすすぎでしょ。そんなジッと、お腹見てたら」

「まあ、ごもっとも」

 否定することもできない。

「で、どうするんだ? アイツ、寝ちゃってるけど」

「起こすわけにもいかないでしょ。起きるまで待ってましょ」

 会いに来たはいいものの、すやすやと気持ちよさそうに寝ている竜。

 だからといって、無理に起こしたら逆鱗に触れそうだ。

「ほら、タマキもいつまでも立ってないで、座ったら?」

「ああ、そうするよ」

 促されるままに、俺はリンの側まで寄って腰を下ろ――

「ちょっと、アンタ、近い」

「……へ?」

 ――そうとしたところで、リンが叫んだ。

 と、同時にリンは跳ねるように一人分横にずれた。

 その様子を疑問に思いながら、その場で俺は腰を下ろした。

「へ? じゃなくてさ、なんで真横でくっつくように座ってくんの?」

 なんか怒られた。

「いやー、リンなら良いかなって思ったんだけどさぁ」

「よかないわよ! 友人や親友同士でも電車とかじゃない限りくっついて座らないから!」

「……」

 そう言われてよくよく考えるとそうだな。

 男同士でも、こんな広い場所で座るのに真横ってことはないなぁ。

「確かに」

「もっと早く気が付いて!」

 まさかリンからそんなことを言われてしまうとは思わなかった。

 全然、座る場所とか気にしなさそうだったし。

「で、タマキ」

「なんだ?」

 一呼吸置いてから、リンが声をかけてきた。

 壁のない建物だから、風がいたるところから身体を優しくなでていく。

 やっぱり、ここは街に比べたら随分と涼しそうだ。

「ずっと聞こうと思ってたんだけどさ、私のこと、どう思ってんの?」

「どうって……?

 引いてきた汗が、再び湧いて出てくるように熱くなってきた。

 急にそんなことを尋ねられるとは思わなかった。

「俺は……リンの事は、幼馴染だと思ってる」

「それだけ?」

「それだけだ。小さい頃からよく顔を合わせているから、クラスメイトの女子とは違って、とても話しやすい」

「そっか」

 俺の答えを聞いて、リンは黙り込んでしまった。

 何かまずいことを言ってしまったか? いや、言ってしまったなら間違いなくケ蹴りが飛んでくる。

 じゃあ、この沈黙は何だ?

「あのさ、リン」

「何よ」

 ぶっきらぼうな、ちょっと不機嫌そうな返事だ。

「リンは俺のことどう思ってんだよ」

「え?」

 目を見開いてポニーテールを揺らした。

 え、俺に尋ねて自分は聞かれないとでも思ったのか?

「なんで、ビックリしてんだよ。ほらほら、答えてみ。俺は怒らんから」

「私も………………幼馴染かな」

 随分と長い間を開けてその答えだった。

「そうか」

「ただ、やっぱり私は女子で、タマキは男子で……性別の違いは気にしちゃうよね」

「例えば?」

「ベタベタと一緒に歩いていたら、勘違いされないかなとか?」

「確かに」

 言われれば、男同士で歩いていればそんな噂にはならないが、リンはどうだ?

 いつも一緒だと、あらぬ噂が立ってしまうかもしれない。

「ただ、あの子を通して、タマキとよく話すようになったけど、一緒にいて楽しいと思ってるわ」

 意外だった。

 いつも雑に扱われているものだから、嫌われてるもんだと思っていた。

「俺も、そうかな」

 それは幼馴染だからか、それとは別の何かなのか。

 今の俺にはわからないなぁ。

 俺は尻を上げて、リンに少し近づ――

「近づいたら殺す」

「女の子がそういう物騒なこと言うもんじゃありません!」

「お母さんか!」

 ……。

 俺は諦めて、元の場所に戻る。

 ただこのやり取りもまた、立田川と二人きりのときとは違う楽しさがある。

 太陽の光が夕日に変わりつつあって、リンの顔が少し橙色に照らされて。

 その横顔は、見ていて安心ができた。

「ふぅ……」

「何ため息ついてるのよ」

「いや、静かだなって」

 竜は眠っているし、これ以上リンと話すことも多分ない。

 俺とリンの間にはやっぱりどこかたどり着けない距離感があるのだ。

 俺が近づこうとしても、今日の学校のリンみたいにずっと遠くに行ってしまうだろう。

「……ん?」

 などと考えていたら、ポケットに入れていた携帯電話がブルブルと震えていた。

「どうしたの?」

「いや、珍しく携帯が鳴ってる」

 俺に電話なんてかけてくるのは母親くらいで、年に一回あるかどうかだ。

 その携帯電話が鳴っているのだ。

 ポケットから取り出すと、画面には柏木の名前が表示されていた。携帯電話は本当に便利だ。

 何用だろうかと通話開始のボタンを押す。

『……オレだ。助けてくれ!』

「……は?」

 開口一番、わけがわからない。

 ただ、柏木の電話の向こう側で何かパチパチと何かが爆ぜているような音が聞こえている。

 そして、次の一言で俺の頭は真っ白になった。


 ――学校で火事が発生して、取り残された。


 柏木は真面目な口調で、そう言った。


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