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竜の住む街  作者: 瀬田まみむめも
第三章 流星群
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- 17 -


 *****


 月曜日になってしまった。

 週が明けて、高校生である俺は当然、学校へ行かなければならない。

 ちなみにサボるという選択肢は無い。

 朝のホームルームが終わった教室は、授業が始まるまでわずかな時間を楽しもうと、クラスメイト達が賑わっている。

 俺は自分の席でジッと座り、立田川の席を見る。

 だが、その席にも、教室にも立田川はいない。

 あの時の立田川は元気そうだったが、まだ学校には来れないらしい。

 いつか彼女から、学校に来れなくなる理由を聞ける事を信じている。

 リンの席を見れば、次の授業の準備をしっかりと済ませ、リンの元へとやってきていた女子たちと楽しそうに会話をしていた。

 リンの友人が立田川だけってことは無いだろうし、他の友人と喋っているのは全く不思議ではない。

 俺があそこに交じるように話しかけに行ける程の肝はない。

 となると、友人の少ない俺がやることは一つだ。

「よう」

「ん、おう、何の用だ荒谷」

 後ろの席にいる赤メガネ天然パーマの柏木に話しかけるくらいしかない。

 寂しい人間で悪かったな。

「荒谷から話しかけてくるなんて珍しいじゃないか」

「まあ、それだけ暇なんだよ」

 柏木の机の上には、まだ何も乗っていない。

 机の横のフックにはよく見る青色の学生カバンがかかっている。この学校は特にカバンは指定されていない。

「なんだよ。まるで暇つぶしに使われるみたいじゃないか」

「そういうこというなって」

 俺は腰をひねるだけでなく、身体ごと柏木の方に向ける。

 背もたれをまたぐように、椅子を逆に座る。

「流星群はどうだったんだ?」

「ちゃんと撮れたぜ。後は、現像して担任に写真を引き渡す。オレの使ってるカメラはフィルム式だからな」

「そっか。フィルム式だと、大変だな」

 現像って、自分でするのだろうか。

「まあ趣味だし、大変ではあるけど、苦ではないな」

「そんなもんか」

「そんなもんだよ、趣味っていうのは」

 確かに、そうかもな。

 アイツに会いに行くのは全く苦に感じない。竜に会うのが趣味なのかと聞かれたら、どうなのかとは思うが。

 にしても、柏木はすごい。

 新聞部として取材だけでなく、竜について調べていて、学校の依頼にも応えている。そうそうできるもんではない。

 本人に面と向かって言ったら、嫌がられそうだが。

「荒谷、何ニヤけてんだよ」

「っと、顔に出てたか。何でもない」

「そうか」

 口には出なかったが、表情ににじみ出てしまっていた。

「まあ、趣味言えど、一番の目的の竜については、ほとんどわかっていないんだがな」

「……そっか」

 と言ったところで、チャイムが鳴り授業開始が告げられる。

 ガヤガヤしていた教室が、少しずつ静かになる。

「柏木も頑張れよ」

「言われなくても、お前こそ頑張れよ。デートくらい誘えるようにな」

 誰をだよ。

 反論しようと思ったところで、教師が教室に入ってきてしまった。

 仕方なく、身体を戻し机から教科書や筆記用具を取り出す。

 いつの間にか、クラスメイトは全員、各自席に戻っていた。

 さあ、今日もまた、退屈な授業が始まるのだ。



 ……流星群の日、俺は立田川の隠れた部分をたくさん見たような気がした。

 学校ではおとなしくて、ほとんど誰とも話さないで過ごしてきた立田川。

 でも、本当は純粋で思った以上に活発で、それでいて可愛かった。

 そんな立田川の一面を知っているやつなんてこの教室にはほとんどいないだろう。

 さらに、立田川はあの竜を互いに知り合っている。

 これほど魅力的な存在は他にいなかろう。

 紫色の竜。

 竜に住む街と呼ばれながらも、竜の目撃情報が無い街だ。だが、隠されるように竜は本当に存在している。

 その事実を知っている人間はほぼいない。

 だが、俺は知っている。こういう優越感が俺は好きだ。

 そして、その竜をどうすれば認めてもらえばいいのかを考える。考えなしに街に龍が現れたら大騒ぎになるのは必須だ。さすがに考えねばなるまい。

 一人で考えるだけでは答えが出るものでないことくらいわかってる。

 それでも、俺は一人で考え続け、いつの間にか放課後になっていた。

 一人で着席しているが、もうほとんどのクラスメイトは部活なり帰宅なりして教室からは姿を消している。

 別に意識を何処かに飛ばしていたわけではないんだがなぁ……。

「ねぇ、タマキ!」

「わッ!?」

 真正面から声をかけられたのに、驚きすぎた。

 何やってんだ俺。

「ねぇ、生きてる? 今日、ずっと上の空だったけど」

 今までにないくらい心配されている。

 正面にはセーラー服でポニーテールなリンの姿があった。

「死んでたらどうするんだよ」

「蹴って生き返らす」

 いつも通り空を蹴っている。

 スカートでその動作はどうなのよ。幸い、他のクラスメイトはわずかで、こちらに視線が向けられてはいなかったが。

「……死んでたら生き返らないだろう」

 生きてる死んでるなんて、男女の会話としてどうなんだろうか。

「まあ、生きててよかった」

「で、わざわざ何のようだ?」

 放課後なんてリンはさっさと部活へ向かってしまうのに、こんな教室にほとんど人がいなくなるまで残ってるだなんて。

「あの子に会いに行かない? って誘いに来たんだけど、迷惑だった?」

「あ、いや、そんなこと無いしありがたい……が、リンの方こそ部活はいいのか?」

「いいのよ私は。色々、信用されてるから」

 信用されてるからサボっていいものなのか?

 その理由はよくわからんが。

「あ、理由は答えないからね。女の子の秘密」

「秘密ねぇ……」

 人差し指を唇に当てているけど、秘密が多すぎる。

「まあ、行きましょ。あの子が待ってるわ」

「そうだな」

 俺は荷物をバッグにまとめる。

 リンはすでにまとめてあるようで、自身の机までカバンを取りに行くだけだった。

 後ろの席のパーマ男は当然ながらすでに姿がない。

 写真を現像するって言ってたし、忙しそうだ。

「ということで、先に行ってるね」

「え、なんでだよ」

 バッグを持ち上げようというところで、一足先にドアの方へ向かおうとしているリン。

「だってさ」

 クルッと俺に向き直って、ポニーテールを揺らす。

「付き合ってるなんて勘違いされるの嫌じゃない」

 そう言い残して、俺の反応も待たずに走り去っていってしまった。

 あのリンの足に追いつくことは俺にはできない。

「……あ、ああ」

 急いで教室の外に出たが、さすが陸上部だけあって、すでに姿は見えなかった。

 この学校の廊下は長いはずなんだが。

 足は早いんだ。リンは。

 でもなんかリンのその言い方が俺の胸に刺さった、ような気がした。

 だからといって、いつまでも立ち止まってるわけにもいかないな。

 遅れを取らないように、俺も進み出す。

 俺は俺の速度、自分自身の速さで。


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