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竜の住む街  作者: 瀬田まみむめも
第三章 流星群
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 ……我ながらこっ恥ずかしい願いを口にしてしまったと思う。

 あまりに恥ずかしくなって、一歩後ろに下がろうとする、が。

「ぬおッ!?」

 石の段差であることを忘れて、足が引っかかってバランスを崩す。

 まともに受け身を取れずに、身体の背面、後頭部を叩きつける。

「痛ってぇ……」

 格好つけようとした結果がこれだった。

「だ、大丈夫!?」

 立田川はすぐに立ち上がって寄ってきてくれた。寄ってきてくれたのは嬉しいけど、俺は思い切り見上げることになる。

 ぬぅ、俺には刺激が強い。

「だ、大丈夫だ!」

 様々な照れを隠すかのように、痛む身体に鞭打って、跳ねるように立ち上がる。

 その反動を利用してドスンと石の段に座るが、尻から衝撃が全身に伝わり、更に痛む結果となった。

 これ以上、格好悪いところは見せられないと全力で我慢をするが、どうしても顔がゆがむのは仕方ない。

 立田川は俺のことをチラチラ心配そうに見つめてくるが、先程座っていたところまで戻ってくれた。

「俺のことはともかく……俺の願いはどうかな?」

「え、と、ちゃんと星まで届いたのかな?」

「うーん、一回しか言ってないから、届かないかも知れないなぁ」

「夢、無いね」

「立田川が言うことか!?」

 月明かりに照らされて、薄暗いけど真っ暗ではないこの空間。

 確かにそこには立田川がいて、俺がいて、二人で楽しく会話をしている。

 だが、そんな楽しい時間もずっと続くわけではない。

 流石に夜中まで家を出ている訳にはいかないのだ。家族が心配する。

 夜も更けてきてしまったし、帰らないといけない時間だ。

「よいしょっと」

 俺は立ち上がって、立田川の正面に立つ。

「俺はそろそろ帰るよ」

「あ、うん……」

 立田川は引き止めるでもなく、まとっている俺の上着をそっと脱ぎ始めた。

「っと、いいよ。寒かったら困るだろ? 今度会った時に返してもらえればいいよ」

 それに俺の目のやり場に困る。

「でも……」

「いいから」

「うん……わかった」

 意地でも、と言わんばかりに脱ごうとしてた立田川がようやく諦めてくれた。

 やれやれ。

「最後にさ、一つ教えて欲しいことがあるんだけど」

「……なに?」

「なんで立田川はこの時期になると学校を休むんだ? 中学の時からずっとそうだったから、気になってたんだ」

「……」

 ギュッと、立田川は自分の身体を抱いて、顔を埋める。

 俺は急かすわけでもなく、立田川が顔を上げるまで待つ。

 そして、

「……ごめん、まだ言えないかな」

「そっか、わかった」

 それなら、言える時になるまで待てばいい。

 気になるといえば気になるけど、無理して聞くことはできない。

「ねぇ、珠希くん。わたしからも、一つ、いい?」

「ん、何だ?」

「あのね……もしも、竜が悪い子で、珠希くんにひどいことをしようとしたらどうする?」

「そりゃ、決まってるだろう」

 前にリンに答えたそれと全く変わることはない。

「悪いことは悪いと教える。アイツにはそんくらいの知能はあるはずで、アイツはいいやつだ。だから、俺の目の黒いうちは、ダメなことはダメと教えてやる。何度だってな」

「……優しいね、珠希くんは」

 ニコニコしている立田川。

 そんな答えで良かったんだろうか。

「優しいのかな、俺って」

「そうだよ、きっと。だから、わたしは珠希くんのそういうところ、好きだよ」

「好き……って、どの?」

 と尋ね返すと、不思議そうな表情をする立田川。

「好きは、好きだけど」

「そ、そっか……」

 正直、意図がつかめなかった。

 でも、好意を向けてくれているということは理解できた。

 純粋な好きなんだろう。

 でも、なんか照れくさい。

「どうしたの? 珠希くん」

「いやいや、なんでもないさ」

 動揺はどうしても隠せないし、嘘をつけるほど俺は器用ではない。

「あ、もう一個、聞いていい?」

「ああ、どうぞ」

 急に立田川は真面目な顔をした。俺も、それにつられて向き直す。

 それはまるで決意を固めたようで、聞きにくい事を口にするかのような口調で、


 ――竜が人間になったとしたらどう思う?


 冗談みたいな質問だった。

 でも、立田川の真面目な質問だ。俺も相応の返しをしないとならない。

「どんな姿でも関係ないだろ?」

「へ?」

 面をくらったように、ぽかんと口を開けたまま固まってしまった。

「竜の姿だろうが、人の姿だろうが、アイツはアイツに変わりはしないだろ? まあ、急に姿が変わったらびっくりするかもしれないけど、その時だけだ。よっぽど、人の姿の方がコミュニケーション取りやすいかもな」

 こんなところか。

 姿がわかっても、心は変わらない。

 俺はそう信じてる。

 昔なじみの人間だってそうだ。急に髪を染めて外見が変わってしまったとしても、そいつのことをよく知っていれば、以前のそいつと何ら変わらないことにすぐ気がつくことができる。

 外見が変わるから、最初はびっくりするだろうけど、最初だけだ。

 徐々に慣れていく。慣れていけばいい。

「……うん、ありがとう」

 ボソリとつぶやくようなお礼の声だった。

「お礼を言われるようなことだったか?」

「竜のことを認めてくれてると思ったから、かな」

 照れくさそうに、小さな声だったけど、確かにそれは立田川の声で。

「もっと、竜の存在を認めてくれる人が増えるといいな。俺はそう思う」

「……」

「まあ、今度会った時に、答えを教えてくれよ。立田川のさ」

「……うん」

 俺はもう一度だけ立田川の顔を見てから、クルッと背を向ける。

「今度こそ俺は帰るよ。今日、立田川に会えて良かったよ」

 手を上げて、歩き出す。

 これからこの建物を離れて、山を下るのだ。

「じゃあ、立田川。また、学校……で?」

 数歩進んで、別れの挨拶をと思ったところで、後ろからドスッと突き飛ばされるような衝撃を感じた。

 でも、そんな力は入っておらず、身体がよろめいたが転倒するほどではなかった。

 その衝撃と同時に、腰の辺りにギュッと圧迫感があり、腹の辺りを見ると細くて白い腕がそこにはあった。

 背中には柔らかい感触が俺を包み込むようだった。

 正体は考えるまでもなかった。

「突然、どうしたんだよ、立田川」

 抱きつかれているため、振り向く事はできないが、立田川の体温がしっかりと俺に伝わってくる。何しろ、俺の上着一枚しか着ていないのだから、なおさらだ。

 顔も俺の背中にピッタリくっついているのか、息遣いも背中を通して伝わってくる。

「珠希くんは、わたしがどうなっても、どんな時でも、今日みたいに接してくれる?」

 こもった声だが、周辺は静かなので、しっかりと俺の耳まで届いていた。

 声は震えているし、今にも泣きそうな声で、俺はやれやれ心配症だな、と小さなため息が出た。

「……ったく、そんな俺が信用出来ないか?」

 本当は立田川の顔を見たいが、今は無理そうだ。

 ずっと彼女は身体を密着させて、離そうとしていない。無理に引き剥がそうとも思わないし、したくなかった。

「どんなに変わっても、立田川は立田川だろう? さっきも言ったけどさ、竜は竜、お前はお前だ。どんなことがあっても、俺は立田川に対して接し方が変わるなんて、そんなことはしないさ」

 腰にかかっていた力が弱くなった。

「もし、急に変わったらびっくりしちゃうかもだけど、その時は許して欲しい。その後は、いつも通りに今日みたいに色々話したい。それでいいか?」

 今度はスッと、背中が涼しくなった。

 振り返ると、立田川は泣いていて、確かにそこに立っていた。

「……ありがとう」

 何度俺は感謝されるんだ。

「待ってるから、珠希くんを」

「え?」

「あっ……あの竜がね」

 立田川が目元を拭って、ニコッとしていた。

「じゃあ、立田川は?」

「わたしはまだ……もうしばらく学校に行けそうにないから」

「そっか、じゃあ風邪ひくなよ」

「うん」

 胸に手を当てて、微笑んでいる立田川のその姿を、俺は脳裏に焼き付ける。

 きっと立田川も人には言えない秘密があるのだろう。

 誰にでもある秘密が。

 俺は詮索をそれ以上せずに、今度こそ、立田川に別れを告げた。

 そのうち、また何事もなく立田川は学校に登校してくる。

 その時は、今度は、これからはちゃんと声をかけてやるんだ。

 彼女のその笑ってる顔を、また見たいから。


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