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「……」
あ、気まずい。
リン以外の女子が隣にいる。という状況は今まで経験してこなかった。
しかも、屋外で隣同士に座っている。さらにその女子は、俺の上着一枚しか身にまとっていないときたもんだ。
横は人が一人座れるくらいのスペースを開けて入るが、二人きりという状況には変わりない。
風が吹くと、立田川の髪が揺れる。その度に、心臓の鼓動が早くなる。気がした。
さて、いざ二人きりになってしまったが、何から話し出そうか。
全然思い浮かばずに、ずっと立田川の横顔を眺めているだけになってしまっている。
「どうしたの? 珠希くん」
「うぉ」
立田川から声をかけてきた。
心配そうにこちらの様子を伺っていた。
「いや……こうやって、女子と並んで話すなんて機会がなかったからさ。緊張しちゃって……それに――」
しまった。
「……それに?」
「イヤナンデモナイデス」
「……?」
首を傾げる立田川。良かった。
立田川は裸を見られるのを慣れていると言っていたからといって、裸の女の子が横にいるのは気まずい。そんなことを直接立田川に言うわけにはいかまい。
「まあ、本当に気にしなくていい。あ、ほら、流れ星だ」
「え、えっ、どこ?」
俺はとっさに空に浮かんだ光の筋を指差す。
立田川は一生懸命探すが、次の瞬間には消えてしまっているのが流れ星だ。
「消えちゃったなー」
一つ見つかったらすぐに次が流れてくるかと思ったら、そうでもなかった。
「ぷー」
「ほらほら、怒るなよ」
頬を膨らませて抗議する立田川も可愛らしい。
そんな立田川の背景になっている夜空に、また流れ星が浮かぶ。
「あ、また流れ星が」
「え、どこどこ?」
見つけた瞬間にはもう消えてしまう。
「あー、消えちゃったなぁ」
「……ひどい」
「あ、ががががが」
俺の口に立田川は両手の人指す指を突っ込んで引っ張った。
イテテテテ。
そんな口の内側から頬を引っ張らないで。
「……わたしは慣れたもん。男の子と一緒にいるのは」
え、いつのタイミングの質問の答えだ?
慣れたって、いつの間に?
立田川は俺の口から指を外して、膝を抱えて空を見る。
「今度はわたしが見つけるもん」
目を動かして、流れ星を探すが、今は微動だにせず瞬いている星しか夜空に存在していなかった。
「立田川って、面白いな」
「えっ」
星を見ていた視線が、俺の方に向く。
「なんというか、純粋で子どもっぽくて」
「……ば、バカにしてる?」
「そんなこと無い。俺はもっと、立田川と仲良くなりたいと思ったよ」
「そ、そう……?」
あれ、うつむいちゃった。
もしかして気に障るような事を言ってしまったのだろうか。
「……あのね、わたし怖かったの?」
「怖かった?」
「竜の姿を見られて、気が付かれて、恐れられるのが怖かった。だから、わたしはみんなのことを避けてたの」
「そう、だったのか」
だから立田川は一人で孤立しているように見えていたし、実際そうだった。
周りを気にしているようなそんな性格も、立田川は怖かったのか。
竜がここにいることが知られることが。
「俺は、怖がる必要なんてないと思うぞ」
「え?」
「だってさ、ここは竜が住む街なんだぞ! そんな街に、本当に竜がいて何が悪い」
「……」
立田川はびっくりしたという表情のまま、俺を見つめる。
「まあ、怖がる人はいるだろう」
「……そう」
とても残念そうで、落胆している。
俺が言いたいのはそうじゃない。
「……でも、喜ぶ人の方が多いと、俺は思う。嫌がる人なんて無視して、慣れちゃえばいい。立田川が怖くったって、慣れちゃえばいいんだよ。すぐに色々慣れているんだろ?」
何をとは具体的には言わないでおくが。
「そう、かな?」
「ああ、それに俺はアイツが……竜がここに閉じこもっているのはもったいないって思うんだ。立田川は?」
と、尋ねてみると、目を閉じて考え始めた。
あまり長くはない沈黙の後、
「……もうちょっと、時間が欲しいかな」
「そっか」
なら答えを急ぐ必要は無いだろう。ゆっくり、考えていけばいい。
「あ、珠希くん、流れ星」
「お、本当だ」
「ぶぅ……」
あ、意表をついたつもりだったな。
残念だが、立田川が見つけた流れ星は俺も見つけることができてしまった。
どうか、この時間がずっと続けばいいのに。
一瞬でも、俺はそう考えてしまった。
楽しい。立田川が横にいて、こうやって何でもない話をするのがとても楽しい。
「あ、また」
「え、どこだ?」
立田川が指差す方向には、俺が気がついた時には夜空しかなかった。
「やった」
と、立田川は小さくガッツポーズをして、笑っていた。
「珠希くんに勝った」
「えー、勝負だったの?」
「ふふッ」
「ははは」
あー、やっぱり楽しい。
隣にいる女子が違うだけで、人間が違うだけで、こうも楽しさが違うものか。
リンに見つかったら、なんて言われるだろうか。
何度もお願いされたのに無視してここに来てしまって。蹴られるだけじゃ済まないんだろうな……もしかしたら、リンもここまで来てしまうかもしれない。
でも、どうして今日、リンはここに来ないようにと言ったのだろうか。立田川が関係するのだろうか?
今の俺には答えが見つかりそうにない。
「あ、そうだ」
「何?」
「星が流れてるんだし、願い事はしないのか?」
せっかくならそういうことをしてもバチは当たらないだろう。
「うーん……星に願っても、叶わないから」
「夢、ねーな」
「うん、そう思う」
確かにそうだ。
わかってる。星に願った程度じゃ、何一つ願いが叶わないってことくらい。
でも、いいじゃないか。わかった上で、口に出して願い事を言う。
だから、俺は立ち上がって、一歩前に出る。
大きく息を吸って、タイミングよく星が燃えた。
俺は願う。
――アイツと立田川が幸せになれますように。
と。




