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竜の住む街  作者: 瀬田まみむめも
第三章 流星群
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 学校を通り過ぎてしばらく進むと、畑が広がる道に出る。

 車の通りがある道は少しの街灯があるが、横に一本入るだけで、全く街灯がなくかなり暗い道になっていた。

 立田川の家まで行く舗装されていない道は当然、街灯なんてものはない。携帯電話を懐中電灯の代わりにして道を進む。

 こんなところでうっかり転落してしまったら、大変なことになる。

 空は満月の月が輝きだしていて、真っ暗という程ではない。

 山を進み、立田川の家の門をするりと抜けて石畳のスロープを進む。

 本当に静かで、幽霊が出てきてしまっても信じてしまいそうだった。正直に言えば、この暗さが怖い。

 しかし、その怖さは広い草原に出るまでだった。

「うわぁ……」

 思わず感嘆の声が上がってしまう。

 空が、綺麗だった。

 大きな満月が辺りを照らし、星々が瞬いて、いくつかは線を描いて消えていく。

 地面の草が揺れて、石畳が月の光を反射して白く輝いていた。それはまるで月の光を吸収して吐き出しているような美しさだった。

 ここまでくれば携帯電話の光すら必要がなかった。

 外なので暗いのは否定できないが、不思議と安心感があった。

 石畳を進んで社を目指す。

 アイツはいるのだろうか。

 紫色の大きな竜はいるのだろうか。

 早くあのパープルドラゴンの姿が見たかった。

 こんな神秘的な光景にいる紫色の竜という景色を見てみたかった。

 自然と歩みが早くなる。

 社が見えて、道を外れる。

 壁のない建物にアイツがいるはず。

 アイツが――

「――ッ!?」

 いるとずっと頭の中で考えていた。

 しかし、実際の光景とは全く異なっていた。

 思わず足が止まる。

 距離にして数メートルだが、それが遠くに感じられた。

「……嘘、だろ」

 壁のない建物に、あの巨大な竜の姿はなかった。建物の周辺にもそれらしき存在は認められなかった。

 しかし、しかしだ。その代わりに、建物の中心に一人、人間の、少女の、一人が、そこにいた。

 一糸まとわぬ姿で、首筋が隠れる程度の黒髪の少女。髪もその真っ白な肌も月明かりに照らされて輝いていた。俺にはあまりにも刺激が強すぎる、そんな状況だ。

 背を向けて顔が見えないものの、俺はあの少女が誰なのか知っている。ずっと、会いたかった存在。

「立田川!」

 立田川 流子、彼女だった。

 俺が叫ぶと、ビクッと身体を震わせて、身体の前で腕を組んだ立田川が振り向いた。

 立田川の背はやや小さく、子どもみたいな体型だとは思ったが、一糸まとわぬ姿でもやはり思った通りではあった。

 彼女の顔は怒りでも悲しみでもなく、少しだけ微笑んでいるそんな表情だ。

 俺の呼びかけに振り向きはしたが、何も答えずにこちらをずっと見つめている。

 どうして、立田川が裸でこんな場所にいるのだろうか。アイツはどこに行ったのか、疑問しか無い。

 キョロキョロと周辺を見渡していると、立田川が空を指差して、

「……さっき飛んで行っちゃったよ」

 そっと、一言喋った。

「え、飛んでいった?」

 聞き返すと、立田川は確かにコクリと頷いて肯定した。

「アイツ、飛べるんだ……」

 立田川に一歩近づく。

「本当は飛べるんだよ。でもね、恥ずかしがり屋で、人には見られたくないの」

 ただ立田川。お前が指差した方向は俺が来た方向なんだ。

 それなら、すれ違ったら気がつくはずだ。

 それとも、いつの間に見逃してしまったのだろうか。

「立田川はずっと、あの竜の事は知っていたのか?」

「うん。わたしが生まれた時からずっと、ずっと一緒にいるんだ」

 まあ、立田川の家の竜であるならば、立田川が知らないわけは無いか。

 全裸の立田川は、暑そうにも寒そうにもしていない。

 俺は……暑い。

「元気そうだな」

「うん……えっ、わぁ!?」

 俺は腰に巻いていた上着を取って、立田川に投げた。

 急すぎて困惑してたものの、立田川は上手くキャッチできていた。

「とりあえず着てくれ。目のやり場に困るんだ」

「わたしは慣れてるんだけど……あ、ううん、ありがとう」

 慣れてる……?

 口を滑らせたみたいに否定していたけど、裸が慣れている?

 立田川はどういう人生を歩んでいた?

 昔からミステリアスではあったけど、会話をする度に疑問が増えていく。

 立田川は俺の上着に腕を通して羽織ってくれた。

 何故か正面のジッパーはそのままだが、まあいいか。

「土で汚れてるかもだけど、悪いな」

「ううん、平気」

 サイズも大きいみたいで、どこか不服そうであったけど、少なくとも隠すべきところは隠してほしかった。

「そっか……アイツ、ここの竜はいないのか」

 飛んでいってしまったと言うからにはここにはいないということだろう。

 何処かに飛んでいっているなら、目撃情報はありそうだが……。柏木の満月の日は見ない、という情報も気になるところだ。

 満月の日は見えなくなって、何処かでやってる竜の集会でもあるのだろうか。

「……あのさ、珠希くん」

「なんだ?」

 ん、下の名前?

 立田川はうつむいて、手をポケットに入れてモジモジとしている。

 しばらくして、ピタッと動きを止めてから、立田川は顔を上げて俺を見る。

「竜の代わりに、わたしと星を見るのは、イヤ……かな?」

「……え?」

 学校にいたときの立田川とは違って、どこか親しげがあった。

 急な提案に俺の思考が追いつかなかった。まさか、立田川からそんな提案をされるとは、思いもしなかった。

「ダメ、かな?」

 すぐに答えなかっただろうか、不安そうで消えて無くなりそうな声で聞き返してきた。

「いやいや、すぐに答えられなくてすまん。立田川がいいんだったら、付き合うぜ」

 どうせ、今日はアイツに会えなさそうだし、ちょうど立田川にも会えた。

 立田川がいいなら、もっと話がしたかった。

 絶好の機会だ。

「……ありがと」

 さっきの微笑みとは異なる、満面の笑顔とでも言うのだろう。そんな顔をする立田川は学校で見たことがなかった。

 その笑顔はまるで、見た全員が幸せな気持ちになれそうな……簡単にいえば可愛い笑顔だった。

「そんなに嬉しいか?」

「……」

 コクコクと何度も首を縦に振って答える。

 そして、立田川は石畳の段差に腰を下ろして、

「横、どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 横に座るように促してくれた。

 立田川の横に腰を俺は降ろして、二人で並んで空の月を眺めた。


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