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竜の住む街  作者: 瀬田まみむめも
第二章 遭遇
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 さて、その次の日も俺はアイツに会うために、立田川の家の敷地に侵入していた。

 放課後の夕方。

「……」

 鱗が輝く紫色のアイツは、昨日や一昨日と違い起き上がっていた。

 それはまるで俺を待っていたかのように……と言うのは考えすぎか。

 急にアイツが心を開くということはあるまい。

 アイツがいる建物でどっしりと構えているアイツの姿を見た瞬間に、そう思った。

 ちなみに、今日は俺一人だ。

 昨日は、リンの所属している陸上部がたまたま活動しない日だったために、鉢合わせしてしまったが、基本的に平日で活動しない日はない。活動しない日がないというより、雨が降らなければ毎日でも活動しているように感じる。

 ……いや、雨の日も校舎で筋トレをしていたのを思い出した。

 昨日の今日なので、リンには一言声をかけてんだが、その時でさえ「週末はダメ、絶対」と釘を差された。

 どれだけ、週末コイツと会わせたくないのだろうか。

 何かしらの理由はあるのだろうが、教えてもらえる雰囲気すらなかった。

「……グゥ」

 おっと。

 アイツを目の前にして、考え事をしてしまっていた。

 心配そうな声で俺を呼びかける。

「悪い悪い。ってことで、今日も来てやったぜ!」

 俺は笑みを浮かべて竜の顔に向かって指をさす。

 すると、

「グオォォォォォォ!!」

「うおぉ!?」

 竜はバサッと翼を広げて首を天に向け、大きく吠えた。

 あまりに声量が大きいものだからそのまま後ろにひっくり返るかと思った。

「ど、どうしたんだ?」

 何か気に障るような事をしてしまったのであれば謝らないといけないし、その吠えた意図がわからない。

 一呼吸分、竜が吠えた後、その首が俺まで伸びて、

「グゥ……」

 鼻先を俺の腹にこすりつける。

 怒っても悲しんでもいない、そんな声だった。

 安心、してるのか?

「昨日までガン無視だったくせに」

「キュー……」

 だから、意地悪を言ってやると、情けないといえば情けない声が返ってくる。

「おいおい、そんな声を出すなよ」

 俺がいじめてるみたいじゃないか。

 この場面をリンに見られたら何をされるか……。

「意地悪言って悪かったよ……そんな、嬉しいのか?」

 ずっと俺の身体に顔をこすりつける紫竜の姿。

 俺はゆっくり手を伸ばして、顔をなでてみる。

 鱗だらけですごくザラザラとしている。だからといって、湿っていて不快ということはなく、サラサラとしている。

 夕日を反射して綺麗に輝いているのがまた美しい。

 せっかくだから角も触ってみたいのだが、俺の腕が伸びない限りは無理そうだった。近くで見てもやっぱり大きいのだ。

「グルルゥ……」

 喉を鳴らしてまるで猫みたいだ。

 こうしてなでているだけでも気持ちが良いものなのだろうか?

 俺は竜じゃないし、わからないなぁ。

「ただ、今日リンはいないんだがな」

「……」

 あれ、知ってた?

 てっきり、落ち込んだ様子を見せるかと思ったんだが。反応は想像していたよりも薄かった。

 まあ、リンがいない方が俺にとっては都合がいいんだけどな。リンがいるとコイツ言いにくことだって、言いやすい。

「それで、聞きたいことがあるんだが」

 俺がそう話を切り出すと、竜は顔を離した。

 少し遠くになった竜は俺と目を合わせたまま逸らさない。

「お前って、空飛べるんだよな?」

 竜の背中から生えてる翼、これがお飾りでした、なんて事は無いだろう?

「……」

 目の前の巨体は何も言わずに、建物の外まで歩き始めた。

 全身が壁のない建物の外に出たら、顔を天に向けて、空をジッと見つめている。

 そして、畳まれていた大きな翼がゆっくりと広がっていく。

「おお……」

 翼はしっかりとした骨格で、その骨格の間は薄い膜で覆われていた。翼の大きさは身体の半分ほどでとても巨大だ。

 その翼を、

「――ッ!?」

 一つ羽ばたかせた。

 その瞬間、竜の周辺に衝撃波のような風というには激しすぎる空気の流れが発生した。

 思わず腕で目の前を多い、吹き飛ばされないように踏ん張る。

 あまりにも強い風が全身を吹き抜け、ゆっくりと収まる。その直後に再び風が吹いては収まり、吹いては収まりを繰り返す。

 どれだけの時間、俺は耐えればいいのか。

 気を抜いたら本当に浮き上がってしまいそうだ。

「くッ……」

 飛ばされないことだけを考えている内に、風が吹いてこなくなった。

 腕を降ろして、ゆっくりと目を開ける。

 目の前には竜が一匹、先程どまったく同じく、翼を広げた姿勢でこちらに顔を向けていた。

 あれ、飛んでない?

「グゥ……」

 落ち込んでいる。

 そんな感情が読み取れる、そんな声だった。

 何かを語ろうとしているのか?

「……飛べないのか?」

 俺の質問に竜は首を横に振って、その場で身体を丸めてしまった。

 尻尾をゆらゆらと揺らして、落ち込んでいるようだった。

「ゴメンな……そんなことも知らないで無理を言って」

 近寄ると、首を伸ばして首を横にまた振った。

 そっか。

 石畳の地面から出て、草の生い茂った地面に座り込む。

 今日は少しだけ風が強く、伸びた草がゆらゆらと揺れている。

 街から離れているためか、空気が美味しくも感じられる。

「あのさ」

 聞いているのか聞いていないのかわからないが、声をかける。

 もっと俺はコイツと仲良くなりたかった。

 そのための提案をしたい。

「一緒に、流れ星見ないか?」

 週末の流星群。やっぱり俺はコイツと見たい。

 本来なら、人間の女の子を誘えば、いい感じのシチュエーションになるのだろう。だが、あいにく俺には誘うような相手はいない。リンはノーカウントだ。幼馴染だし。

「……」

 目の前の竜は答えない。

「で、時期なんだけどさ。今週末――」

「グァ!?」

 竜が飛び起きた。そんな俊敏な動きができるのかという速度で。

「うお、びっくりした」

 丸くなった姿勢から、四本の足で立つ姿勢になり、口はあんぐりと開いている。

 まるで人間みたいな反応もできるんだな。コイツは。

「それで、今週末はどうなの? 流星群」

「……」

 声こそ出さないが、首は全力で「ノー」と答えている。

 え、ダメなの?

 リンが週末会いに行くのはダメであることと関係あるのだろうか。

「えー、そんなにダメ?」

 全力で首を振り続けている竜。

 すごく可愛らしい。リンの言わんことがわかったような気がする。

「……でも、俺は来るぞ」

「キュー」

 そんな声を出してピタッと動きが止まり口を閉じる。

 俺はそんなんでやめるような人間ではないがな。

 そして、無言のままお互いに見つめあう。

 じーっと、俺は竜の双眸を見つめて、アイツもそうだ。

 しばらく無言の時間が過ぎた後。

「グゥ……」

 竜がまるでため息のような、そんな声を上げて身体を再び丸めてしまった。

「じゃあ、週末はいいんだな。夜来るからな!」

 了承が出た。ということにしておこう。

 そう解釈するぞ。

「ちなみに、リンには内緒だぞ」

 お願いだぞ。絶対だぞ。


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