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竜の住む街  作者: 瀬田まみむめも
第二章 遭遇
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 さて、いよいよ陽も落ちかかっている。

 オレンジから紫色に空が変わっている。

 リンもいることだし、暗くなる前に帰ったほうがいいだろう。

 そう判断した俺は、リンとともに立田川の家の敷地を後にした。

 去り際に、あの竜に「明日も来てやるからな!」と叫んだら、リンにどつかれたことを添えておこう。

 いつかアイツの心を開かせてやりたい。

 自分の中の決意はやっぱり変わらない。

 俺とリンは仲良く門の横の隙間から脱出しする。

 「リンもそこからかよ」と、つぶやいたら蹴られた。

 山から降りて、田園に囲まれた道を二人で並んで歩く。

「そういえば、リンはいつからアイツの事を知ってたんだ?」

 遠くの畑にはトラクターを操る老人の姿が見えて、この時間までご苦労なことだ。

「私は中学の頃から知ってたわよ」

「そんな長い付き合いなのか」

「そうよ、すごいでしょ」

 と、自慢げにリンは胸を逸して「えへん」と声に出す。

 その胸をじーっと見てたら、

「って、アンタどこ見てんのよエッチ」

「ぐえぇ」

 リンは胸を隠すように腕組しつつ、俺の横腹に膝を入れる。

 正直に言えば、他の女子に比べるとあまり成長が見られないというのが感想である。

「まあ……そんな昔から知ってたんだな」

「そうよ。流子もその時に出会って、仲良くなったの」

「立田川とはその時に出会って……って、待てよ」

「ん?」

 リンは首をかしげて答える。

「立田川とリンって、別の学校だし接点全く無かっただろ? どうして、立田川や竜と出会ったんだよ」

 俺と立田川は公立の中学に通い同じ学校だった。しかし、リンは私立の中学だった。出会うきっかけが思い当たらない。

「ん、えー……あー」

「おい、何考えてるんだよ」

 リンは人差し指を唇に当てて、空を見つめている。

「何か隠してることあるだろ」

 隠し事をするのは昔から苦手なんだよリンは。

 誤魔化そうとすると、いつもそうやってボロを出している。

「隠し事の一つや二つあって当然でしょ」

「立田川の出会いはそんなやましいことがあるのか?」

「……」

 あ、目を逸した。

「え、マジで?」

「いやいや、出会いはそんな隠すような事はないわ」

「じゃあ、言ってみろよ」

「……えっとね」

 もじもじと足を引きずる様に歩き始めるリン。

「あのね、中学の時にこの山登ってみたくなってね、道に迷ったの。そうしたら、いつの間にやら、流子の家の敷地だったみたいでね。たまたま、彼女に出会った。それだけ」

「ふぅん」

 道に迷うだけで、そんな入ってしまうのだろうか、とも思ったが、確かに山を上の方まで登ったらうっかり立田川の家の広場まで出てきてしまうかもしれない。

 誰にでもわかるような棒読みな反応を示してしまった。

「その反応ひどくない!?」

「すまんすまん……それで、さまよってる内にアイツと出会ったんだよな」

「そうね」

「リンはアイツを見てどう思ったんだ?」

「どう思ったって、可愛いって思ったわよ」

 なんだと。

 可愛いだって?

「格好いいじゃなくて?」

「まあ、格好いいでもいいんだけど、あの子、女の子だし」

「……え?」

 ソウダッタノ?

「え、男の子だと思ってたの? そりゃ、竜だって生き物なんだから、男の子も女の子もいるでしょう」

「そ、そうか」

 考えてみればそりゃそうか。

 勝手にオスだと思っていたが、オスメスあって当然なのか。

 メスだったとは不覚だった。

 流石リンだ。昨日出会ったばかりの俺よりも、よっぽど、アイツのことをよく知っている。

 田園風景もそろそろ終わりそうで、太陽は落ちかかっているがまだ明るさはある。

「あ、そうだ。竜だけじゃなくて、立田川の様子はどうなんだ?」

「へ?」

 随分と間抜けな声が返ってきた。

 そんなに驚くことだったか?

 リンが俺に対して「立田川に近づくな」という理由が、竜にあるのだとしたら、では立田川が休んでいる理由について教えてくれてもいいとは思ったんだが。

「隠し事の一つや二つがあるの。特に女の子にはね」

 片目を閉じて、人差し指を立て唇に当ててるリン。

 なんというか、上手くかわされてしまったなぁ。

 そればっかりは嘘をついているようには見えないし、それ以上を聞いても答えてはくれなさそうだ。

「まあ、また今度聞くことにするよ」

「答えられるタイミングだったらね」

 と、会話に一区切りがついたその時だ。

「お二人さーん」

「え?」

「何?」

 

 ――パシャリ。


 背後からの何者かの声に振り返った瞬間に、強い光が目に入った。

 この軽快な音には聞き覚えがある。

 光を放ったのは一つ目のレンズが特徴的な機械。その瞬間の映像を記憶するための機械だ。

「何すんのよ!」

 俺が冷静な判断を取り戻す前に動いたのはリンだった。

 その自慢の脚を素早く蹴り上げる。

 俺でも避けきれないその脚は――刺さらなかった。

 その機械を持っていた存在は、その脚に反応して大きく後ずさった。

 その直後にその機械を抱くように守っていた。その存在は俺たちと同じ学校で指定された制服を身にまとっていた。

「危ねぇな……なんてことしやがる!」

 その存在は天然パーマで赤いフチの眼鏡の男。

「柏木だったわよね。アンタ、こんなところで何やってんのよ!」

「オレは新聞部員、柏木だ。成鐘こそ何しやがる……オレのカメラに」

 一つ目レンズの機械で、さっきの音はカメラだった。

 そして、そのカメラを操っていたのは柏木、ソイツだった。

「別にカメラに直撃しなかったからいいじゃない……盗撮まがいなことをして」

 でも、柏木が避けなかったらその蹴り直撃してましたよね?

「スキャンダルの香りがあればすぐさま現れるのが新聞部員だ。にしても……まさか、荒谷と成鐘がこうして付き合ってるとは――」

「付き合ってねぇ!」

「付き合ってない!」

 俺とリンが同時に否定する。

「息ぴったりじゃないか」

「ちゃうわい!」

「ぴったりじゃない!」

「……」

 否定こそしてしまったが、ここまでタイミングよく返せるとは思っていなかった。流石、幼馴染と言ったところだろうか。

「まあ、柏木。お前の話は置いておくとしてだな」

「オレ的には続きがしたいのだが……」

「続けたら、次はカメラを蹴り壊すわ」

 リンが今にでも蹴りをできるように身構えている。

 その動作に天然パーマの男はやれやれと肩をすくめて、

「だぁ! わかったよ。この話はやめだ。お前ら怖いし」

「それでいいのよ」

 リン、怖い。

 というか、柏木のその言い方だと、俺も恐怖の対象になってないか?

 面倒だからそこの否定はしないでおこうか。

「で、柏木。お前はどうしてこんな畑ばっかりのところにいるんだ?」

 学校から距離はあるし、柏木の家も反対方向のはずだ。第一、もう学校の放課後の下校時間もとっくに過ぎているはずだ。

「今日は取材だ。学校外でな」

「竜についてか?」

「ああ、もっともオレはそれ以外に興味ないがな」

 そりゃそうだ……ん、じゃあ俺たちが写真撮られたのって?

「で、収穫はあったのか?」

「ほとんどなかったが、この時期になると聞きなれない生き物の声が聴こえるんでな……しかも、毎年この時期だ」

「…………アーヨカッタナ」

「なんで棒読みなんだよ!」

 俺とリンはその存在を知っているし、多分原因が俺たちになるので余計なことが言えなかった。

 ただ柏木、その情報は遅れている。なんてこと言ったら根掘り葉掘り聞かれかねない。

「おい荒谷、何か知ってるんじゃ無いのか?」

「いや、俺、知らない」

 めっちゃ怪しまれてる!

「まあ、私たちが何を知っててもいいじゃない。アンタはアンタで頑張りなさいよ」

 困っていると、リンが柏木の肩を叩いて励ましていた。

 ナイスフォロー、リン。

「まあ、成鐘がそう言うなら……今日のところは引き下がるかな。もう暗くなってきたし」

 そういって、さっと俺たちをすり抜けて街の方へと歩き始めた。

「あ、そうだ」

 かと思ったら、引き返してきた。

「んだよ。柏木」

「ベストカップルなお二人に朗報だ」

「殺す」

「殺す」

「……殺気だてるのやめてください」

 柏木の苦笑いを初めてみたような気がする。

「で、朗報って何だ?」

「そうそう、今週末、流れ星がたくさん見れるみたいだぞ。流星群ってやつだ」

「ん、それの何が朗報なんだ?」

「成鐘といい雰囲気になるチャンスだぞ、じゃあな!」

 次の瞬間には横から風を感じて、柏木は一目散に逃げ出していった。

 その風の発生源はリンであることに気がつくのにそう時間はかからなかった。

 なんなんだアイツは。

「全く、私たちをからかうだけからかって……明日、覚えてなさい」

 柏木の姿はもう無いため、届くことはないだろうが、覚悟をしておいてもらいたい。

「……でも、流れ星か」

 せっかくなら、あの竜と一緒に見れたらもっと仲良くなれるのではないかと思った。

「あ、タマキ」

 その思考を読み取ったかのようにリンが声をかけてきた。

「ん?」

「今週末、あの子に会いに行っちゃダメだよ」

「え、なんでだよ」

 せっかくのいいアイデアを。

「なんでもよ……とにかく、あの子には会いに行かない。いい?」

「……あ、ああ」

「本当に……本当にお願いね」

 今までに無いくらいの念押しだった。

 どうしてかわからない。リンの切実な思いが、まるで込められているようだった。


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